08
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「(あと45時間―――)」

地面に座り壁に背中を預けたまま、シュニは数字をコロコロと変えていく大きな時計をぼんやりと見上げた。
まだまだこの三次試験が終わるまでは時間がある。
こんなことならゆっくり降りてくれば良かったと考え、次いで、あのギタラクルと長時間二人でいるなんて耐えられないと顔をしかめた。

「………………………」

先ほど何故かこちらへ手を振ってきた顔に奇術師のようなメイクをしている男は手にしているトランプを器用に操り時間を潰している。
どうして先ほど手を振られたのかシュニは未だに理由がわかってなかったが、それ以上にこちらへ絡んでくることもないのでまあいいかと視線を再び時計へ戻した。


「その武器は―――いい武器だ」



狐の面を身につけたあの男。
人類最悪――――西東天。
まさか世界が違うここで出会うとは考えてもいなかったが、よくよく考えてみれば自分をここへ飛ばしたのはあの人類最強だ。
人類の最もに達した彼らなら、世界を越えたとしてもおかしくはない。
だからこそ、彼の『帰る』という言葉に何の疑問も抱かなかった。
彼は―――彼らはもうとうの昔に世界から追放された存在だというのに、あの世界に存在を赦されていたはずの自分が『帰れない』という事実。

「(まあ…でも)」

シュニは既に、この世界に来て存在を拒絶されたときから、理解していたし諦めてもいた。
そのあとで受け入れたし望むことはなかった。
帰っても帰らなくても同じことだ。違いはない。
ただ1つだけ心残りがあるとすれば、人類の最もに達した三人を殺す機会が限りなくゼロに近付いてしまったということだろうか。

「……………………」

何か武器を具現化しようとして、やめる。
まだこの後にいくつハンター試験が残っているのかはわからない。
ここで意味も無く目立つこともないだろう、と静かに目を閉じた。
人類最強。狐の男。緋の目。ハンター協会。会長。幻影旅団。ゾルディック家。ハンター試験。副会長。
この世界に拒絶されて、最初はイルミの祖父だというあの男だった。次いで、ハンター協会の会長であるアイザック=ネテロ。そのあとは殺した中に何人かいたかもしれないがあまり覚えてない。印象に残っているのはゾルディック家の執事であるゴトーと、ハンターであるモラウとノヴ。もしかしたらカイトもそうなのかもしれない、とまで考えて、ある男の顔が浮かんだ。

「(――ジン=フリークス…)」

ジンの伝言はきちんとこの携帯電話の元の持ち主へと伝えることが出来た。
彼はジンの言葉を口にした自分に少しばかり驚いたような表情を見せたが、すぐに綺麗な笑みを顔に貼り付ける。しかしそれは、いつものような笑顔ではない気がした。
そんな笑みを見たせいか、彼から何か言葉があると思ったのだがそのあとはいつも通り報酬の話のみで。
任務の成功や失敗で報酬が変更されることは滅多にないので、シュニの部屋にはまたわけのわからない物が増えたのだった。
恐らくこの世界では価値のあるものなのだろうとしばらく眺めているが、いつも飽きて触れることなくシュニはそれらから興味を失っていた。

「……………………」

きっと彼もそうだと、何の証拠もないままシュニは確信する。
自分の―――彼らの持つ、不思議な能力。
この能力を家賊に見せたときやこの世界に来てから頭の中をしめていた疑問は、幸か不幸か、人類最悪によって解決した。
人類最悪は何度も"試した"と言った。何十人という規模ではなく、もっと大きい規模で、世界を渡るという実験を行なってきた。
恐らく自分にこの力を教えたあの人は元々ここの世界の住人だったのだろう――――そこまで答えをだして、なんて最悪な奴だとここに本人がいないにも関わらずシュニはフードの下で嫌悪感を露にする。
そんなことをして、世界がどうなってしまうかなどあの男には関係のないことなのだ。関係があったとしても、あの男には興味がないのだろう。だからこその最悪。まったくもって、気分が悪い。

「なあ、ちょっといいか?」

「?」

ふと近くで声がしたので、シュニは何事だろうかと顔を上げる。

「あ、良かった。起きてたんだな」

そう言うが早いか、話しかけてきた男は断りもなくシュニの横に腰を下ろした。
そこで初めてしっかりと男の顔を見たシュニは、確かこの男は、と胸に張られているナンバープレートへ視線を落とす。

「(294番……)」

スシを知っていたらしいあの男か、と再び視線を294番の顔へと戻した。

「俺はハンゾーってんだ。あんたは?」

「………えーっと、何か用があってきたの?」

ハンゾーと名乗った294番は人当たりの良い笑顔でシュニに接したものの、こんな雰囲気の中よく誰かに話しかけることが出来たな、とシュニはハンゾーが見ていなければ苦笑いを浮かべたいところだった。

「あっそうそう。あんた、なんで突然顔隠したりなんかしたんだ?」

「……………………」

どうしてそれを、とシュニはフードの下で疑問符を浮かべる。
その疑問は『どうしてわかったのか』というものではなく、『どうしてそれを気にするのか』というものだったが、ハンゾーには伝わらなかったらしい。
そんな、ここにいる誰もが知っているであろうシュニの変化を、聞いているこっちが赤面しそうなほどの堂々とした雰囲気で口に出す彼に、シュニは1つの結論を出した。

「(…関わらないでおこう)」

「あっ、ちょっと」

素早く立ち上がり、足音もなくシュニはハンゾーから離れた場所の壁へと寄りかかり、そのままズルズルとその場に座り込む。

「っつうか、あんたが降りてきたルートってどんなのだった?」

「うわっ」

「ちなみに俺はさ、」

てっきり諦めるかと思っていたハンゾーがついてきたので、シュニは驚いて少しだけ声を漏らした。
そんなことはどうでもいいのか、ハンゾーはペラペラと聞いてもいないのに自分が降りてきたルートの話をし始める。
誰もそんなハンゾーに関わりたくないのか、シュニの方は見向きもせずに各々自分なりの方法で時間を潰していた。

「(どうせ暇だし…まあいいか)」

そんなに長時間話しているわけでもないだろう、とシュニはハンゾーの話を適当に相槌を打ちながら聞き流していた。
そのハンゾーの話がおよそ10時間以上に及ぶことを、ここにいる誰もが未だ知らない。



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