05
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「(もうちょっと食べていたかったな…)」
シュニは小さく溜息をつくと、手に持っていたホットドッグを一口かじる。
もぐもぐと口を動かしながら、誰も居ない廊下を歩いていた。
自由行動になってから数時間は経過しただろうか。食事をしているメンバーが総入れ替えになってもシュニはまだあの場で食事を続けていたのだが、とある人物が来て早々に引き上げたのである。
「(301番………)」
彼が"ギタラクル"と名乗っていることを知らないシュニは、そう番号で呼ぶしかなかった。
彼があの場に入ってきたのを目撃し、固まったシュニは、その数秒後に慌ててあの場を出て行ったのである。
「(ていうか人間の食べ物とか食べるの?あいつ)」
裏社会の人間にも見た目からしてぶっ飛んでいる奴らは多数いたが、あそこまで"得体が知れない"ということを全面に押し出した奴はシュニが知っている中にはいなかった。
直接の関わりは無いとはいえ、出来る限り関わらないでいよう、とホットドックをもう一口かじる。
×
「………………………」
一方、受験番号99番のキルアはゴンとの探索―――というよりもネテロとの対決を終え、汗だくのまま飛行船内の廊下を静かに歩いていた。
お腹が空いてないといえば嘘になるが、今はどうもそんな気分ではない。
「(くそ…スッキリしないな……)」
ネテロは右手と左足をほとんど使わず、自分とゴンの攻撃や動きを軽々と避けていた。
既に足の痛みは引いていたが、あそこまでハッキリと"勝てない"というのを実感したのは久しぶりのことである。
ゴンと共にああして遊んだのは楽しかったが、やはりゴンと自分は違う。
「うわっこいつ汗だくだぜ」
「おい、ボウズ。ぶつかったら謝りな」
ドン、と他の受験者に曲がり角でぶつかったことも気にせず、キルアは黙って歩いて行く。
彼らの存在などどうでもいいかのように。
しかし彼らはキルアが子供であることもあり、なめられたともとれるその行動に納得がいっていないのだろう。
キルアを振り返り、その手を伸ばそうとして。
「(ま。仕方ないか)」
彼らの顔や首に、亀裂が入る。
キルアは振り返らない。
「(あれ以上やってたら、殺してでもボールとりたくなっちゃうもんな)」
グシャ、と地面に何かが落ちる音。
うるさい二人の声はもうしない。
これでやっと静かになった、とキルアは一旦目を閉じて息を静かに吐いた。
そして、ゆっくりと目を開ける。
「!」
少し遠くで、ホットドックを食べている人物が視界に入った。
なんでこんなところで、と思ったが、食堂が混んでいたのかもしれない、とコチラへ歩いて来ている人物に気付かれないよう観察する。
「(というか――――)」
いつからそこにいたのだろう、とキルアは記憶を遡る。
あの二人に気を取られていたわけではない。
それでも、この通路にホットドックを食べている人物がいたことなど気付かなかった。
その人物はというとキルアの視線に気付いているのかいないのか、キルアのことなど気にせずホットドックを口に運んでいる。
否―――多少は気にしているのだろう。
通路の真ん中を歩いていた人物は、キルアに気付くとキルアとは逆の方へぶつからないよう寄ったのである。
「……………………」
「……………………」
そのまま二人は会話をすることもなくすれ違い、キルアはそこでふと思い出した。
キルアの後ろ―――フードをかぶっている人物が通る道には、先ほどまでうるさかった二人がバラバラになって死んでいる。
面倒にならなければいいけど、とそのフードの下の顔を思い出して溜息をついた。
クラピカは勿論、キルアも――そして恐らくゴンも、あのフードの下の人物が受験生であることは知っていて、顔も覚えている。
それは彼女だからという理由ではなく、受験生の顔はある程度覚えているのが受験者の間では普通だった。
変装しているとはいえ、彼女の正体を見抜けない者はそういないだろう、と何故今更になって顔を隠すのかを不思議に思いながら気付かれないよう後ろへ視線を送る。
「っ………………」
彼女は、平然と通路を歩いていた。
ホットドックを口に運び、足を進め、そこに"何も無い"かのように振舞っていて。
彼らの存在など、当の昔に終わっているとでもいうように。
「(何を――――――)」
動揺しているんだ、とキルアはいつの間にか足を止めていた自分にハッとする。
ハンター試験受験者ならば、死体を見慣れている人物がいてもおかしくない。
だからあれ程度のことで騒いだり反応を示さないのは当然のことだ、と止めた足を無理矢理動かした。
「………………………」
違う、と頭の中で首を横に振るが、何が違うのかがわからない。
それに、彼女について考えるのも馬鹿らしいと再び目を閉じて思考を切り替える。
これといって秀でているわけではないし、44番のように要注意人物というわけでもない。
そんな最終試験まで残っているかどうかも危うい人物まで気にかけているようでは楽しめない、と試験関係者が配っていた毛布を手に取り、適当な場所へ座り込む。
眠るつもりなどなかったが、身体を休める必要はあるだろうと静かに息を吐いた。
×
『皆様、大変お待たせいたしました。目的地に到着です』
時刻は朝の9時半。
予定の時刻よりも遅かったが、受験生たちはその分休めたようでゆっくりと起き出す者や動き出す者、じっと次の指示を待つ者とそれぞれが準備を始めていた。
「えっもう……」
シュニはというと、7時には既に起きており、今までずっと食事をしていたのである。
他の受験者たちに視線を送られたりもしたが、シュニは気にせず料理を次から次へと口へ運んでいた。
今は食後のデザートを食べているところで、突然のアナウンスに慌てて皿の上のケーキを口へと突っ込む。
試験会場へと降り立ち、キョロキョロと辺りを見渡すが、そこにネテロの姿は無い。
「ここはトリックタワーと呼ばれる塔のてっぺんです。ここが三次試験のスタート地点になります。さて、試験内容ですが、試験官の伝言です」
そう説明するネテロの秘書は、どうやら試験官ではないようだ。
しかし流石ネテロの秘書。受験者達の威圧感にたじろぐことなく、笑顔で淡々と与えられた仕事をこなしている。
「生きて下まで降りてくること。制限時間は72時間」
頑張って下さいね、とだけ言うと、彼は飛行船に乗り込んで行ってしまった。
あとに残された受験生たちはそんな飛行船を見送り、どうしたものかと辺りを見渡す。
試験官たちへ質問をしないのは、ハンター試験が"そういうもの"だと理解しているからなのだろう、とシュニは彼らを観察した。
「(下―――――)」
塔だというが、側面は窓一つないただの壁。
一流のロッククライマーだという86番は飛んできた鳥に食べられてしまい、壁を伝って降りるという選択肢はすぐに消える。
かといって空を飛べるはずも無く、階段もないここからどうすればいいのかシュニはふと後ろを振り返った。
「あれ……………?」
なんだか、先ほどと光景が違うような。
「……………………」
もう1度辺りを見渡す。
そして、すぐにその違和感に気が付いた。
「(人数が…減ってる)」
鳥に食われた彼を除き、もう3人くらいいなくなっているだろうか、とシュニは自分の足元をよく観察する。
誰もコチラを見ていないことを確認してその場にしゃがみこみ、軽く手を触れた。
「あっ」
ガゴンッ、とその床は下へめり込み、シュニはバランスを崩して頭からその中へ飛び込んで行ってしまう。
「っぶな!!」
なんだ今の、と混乱しながらもきちんと着地を成功させたシュニは、そのままゆっくりと上を見上げた。
しかしシュニの身長では手を伸ばしても天井へ触れることが出来ず、小さく息を吐いて今どういう状況に自分がいるのかを理解しようと前を向いて。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「カタカタカタカタカタ」
向かなきゃ良かった、と全力で後悔した。