03
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「………………………」

魚をまな板の上に置いたはいいものの、どうしたものかと用意されていた椅子に座る。
死んだ魚のような目―――というか死んだ魚そのものなのだが、その濁っている目としばしにらみ合って。

「(おなかすいた)」

ぐうぅ、と小さくおなかが鳴る。
何日も食事を取らないことは前に何度かあったし、耐えられないわけでもない。
しかしそれは辺りに食料が無いだけで、目の前に食料があるのに食べないなんてことは今まで無かったのである。

「……………………」

試験官は『スシを作れ』という試験課題を出した。
そして、ここにある調理器具は何でも使っていいし、手に入る食材ならなんでも使用していいとも言っていた。
――――味見をしていけないとは一言も言っていない。

「って何食ってんだお前!?」

「……………………」

自分に与えられた白飯でオニギリを作り口に運んでいたら、三口目を運ぼうとしたところで向かい側で調理していた右頬が腫れあがっている男に指を差された。
先ほどまでサングラスのようなものをかけていなかったっけか、と曖昧な記憶に首を傾げながらも男を見上げる。
その指はオニギリというよりも私自身にむいているようだったが、よくわからず首を傾げた。

「何って……オニギリだけど…」

「そうじゃねえ!」

男の目の前にも似たような白飯の塊があったのでオニギリというものを知っているのでは、と思いながら口にしたが、そういう意味ではなかったらしい。
つまり、私が"何で"オニギリを食べているのかということを訊いていたのだろう。

「お腹空いちゃって」

「のんきな奴だな…」

「そういうあなたはスシ、出来たの?」

「ああ!勿論だ」

自信アリ、とでも言った様子で男はガッツポーズをして、出来上がった料理を更に乗せて不敵に笑う。

「オレが完成第一号だ!名付けてレオリオスペシャル!さあ食ってくれ!!」

おそらくスペシャルの前につけたのが彼の名前なのだろう。
受験番号403番はそう高らかに宣言すると、ソファに足を組んで座っているメンチの前に立った。
目の前で料理に取り組んでいた他の受験生達も、彼らの様子を伺うように手を止める。
にしても塩が無いと味気ないな。美味しいけど。

「食えるかぁっ!!」

無情にも、男の自信作はメンチに放り投げられる形になる。
その後ろに飛んだ料理を先ほどブタを70頭丸ごと平らげた男がキャッチし、何の躊躇いもなく口へ運んでいた。
いやだから食べすぎだろ。

「くそー、自信作だったのに」

「ひゃんへんふぁっはへ」

「いつまで食ってんだテメーは!」

残念だったね、と言いたかったのだが、タイミング悪く口の中にオニギリの最後の一口を突っ込んでいたため上手く喋れずに終わる。
男は料理を放られたのもあってイライラしているようで、まだ調理していないほうの魚と睨みあっていた。
そして、男に続き次々と他の受験者たちがメンチへ自分なりの"スシ"を持っていく。
私は白飯の入った器を確認し、あと1個はオニギリが作れるな、と手を伸ばそうとして。

「ざけんなてめー!!!!!!」

「!?」

突然の大声に、ビクッと肩が揺れる。
この声は恐らくメンチのものだろう。何がそんなに気に障ったのだろう、と白飯に伸ばした手を引っ込めてそちらを向く。

「もーハゲのせいで、作り方がみんなにバレちゃったじゃないの!!こうなったら味だけで審査するしかないわね」

「…………………………」

どうやらあの忍者男がスシの食材だけでなく調理方法までバラしてしまったらしい。
先ほどまで戸惑いに満ち溢れていた受験生達は突然同じような調理をし始め、持って行ってはメンチにつき返されるというのを繰り返していた。

「(あー…………)」

これは無理だな、と溜息をつく。
寿司に詳しくない私でも、それをきちんと作るには大変な修業をつまなくてはいけないことを知っている。
ましてや、プロであるハンターに「美味しい」と言わせなければならない味だなんて、自分達素人に作れるはずがないのだ。
諦めたように最後の白飯をオニギリの形に作っていき、椅子に座ったまま事の成り行きを眺めることにした。

「二次試験後半の料理審査、合格者は0!!よ」

眺めることにした―――のは良かったのだが、その結果はまったくもって良いものでは無い。
合格者は0。
つまり、この場にいる70名全員が今年のハンター試験、不合格となってしまったのだ。
私としては試験課題を変えてもう1度やるのかと考えていたのだけど、ハンター試験というものはそう甘くないらしい。

「まさか本当にこれで試験が終わりかよ」

「冗談じゃねーぜ……!!」

やはり、全員納得がいっていないようだった。
各々不満を小さく零し、ざわざわと動揺が水面に小石を落としたように広がっていく。
そして、その不満が爆発するのはすぐのことだろう。
丁度いい焼き加減になった魚を取り出し、口へ運んだ。

「納得いかねェな。とても、ハイそうですかと帰る気にはならねェな…オレが目指してるのはコックでもグルメでもねェ!ハンターだ!!しかも賞金首ハンター志望だぜ!美食ハンターごときに合否を決められたくねーな!」

「それは残念だったわね」

「何ィ!?」

「今回のテストでは試験官運がなかったってことよ。また来年がんばればー?」

メンチの言い分にキレた男は、ふざけんじゃねェと怒鳴り散らしながら彼女に向かっていく。
その結果は見なくともわかったため、向かい側の調理台の上に残っていた白飯を誰にもバレないようこっそりと頂いた。
パァンと破裂音のようなものが聞こえたのは驚いたが、まさか試験官が受験生を直接殺すことなどしないだろうと白飯を口へ運ぶ。
しかし。

「(どうしたものか……)」

ハンター試験は全員不合格で終了。となると、メンチの言った通り来年頑張るしかない。


「しかし受けるのは来年にしませんか?」



喉に刺さりそうだった小骨を、白飯で流し込む。
ついでに隣の料理台の上にも残っていたので、こっそりと貰っておいた。

「(再来年…)」

遠すぎる、と眉間に皺を寄せる。

「賞金首ハンター?笑わせるわ!たかが美食ハンターごときに一撃でのされちゃって。どのハンターを目指すとか関係ないのよ。ハンターたる者、誰だって武術の心得があって当然!あたしらも食材探して猛獣の巣の中に入る事だって珍しくないし、密猟者を見つければもちろん戦って捕らえるわ!」

かなり苛立っているようで、大きな出刃包丁をいくつもメンチはくるくると操り、受験生達全員へ向けて口を開いた。
骨だけになった魚を見下ろし、これは恐らく食用ではないんだろうな、とオニギリを頬張る。
身が固いし何より骨が多すぎる。あとよくわからない臓器も出てきたりなんかして流石に食べずにレオリオスペシャル第二号にこっそりと混ぜておいた。

「武芸なんてハンターやってたら、いやでも身につくのよ。あたしが知りたいのは未知のものに挑戦する気概なのよ!」

『それにしても、合格者0はちとキビシすぎやせんか?』

「ぐふっ!!!」

ゲホッ、ゲホッ、と白飯が変なところに入って盛大にむせる。
今まで前を向いていた受験者達が驚いたようにコチラを振り返るのがわかったが、構っている暇は無い。
それに、突然の声に意識もすぐにそちらを向くだろう。
とりあえず今は気管に入りかけている米粒をどうにかして、早く身を隠さなくては。

「あ!あれは、ハンター協会のマーク!審査委員会が!!」

ゴオンゴオンという音からして、飛行船で"彼"はやってきたのだろう。
そちらを見ずとも、"彼"が地上へ降りてきたのがわかった。
飛行船は未だ上空を飛んでいたが、"彼"ならばそこから地上へ飛び降りるのはわけないだろう。

「何者だこのジイサン」

「てゆーか骨は!?今ので足の骨は!?」

『合格者0』というメンチの発表時と同じくらい、受験者達に動揺が広がっていた。
出来るだけ気配を消し、受験生たちの後ろに隠れるものの、"彼"はそんな私を見透かしていそうで、もう食事は喉を通らない。

「審査委員会のネテロ会長。ハンター試験の最高責任者よ」

メンチがそう静かな声で"彼"を紹介するのを、建物の影で聞いていた。



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