01
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先ほどから、低い機械音しか耳に入ってこない。
まあ高い金属音よりはマシだろう、と既に空になった皿を見下ろした。

「(……もう少し頼んでおけば良かった)」

あとどれくらいで辿り着くのだろう、とどんどん変わっていく数字を見上げ、なんとなく思い出す。
―――緋の目。
気になって調べてみたものの、あまりちゃんとした情報は手に入れられなかった。
普通に過ごす分には不便がない世界ではあったが、何かを深く知ろうとするにはそれ相応の証が無いとダメらしい。
ポケットからここまでの道のりが書かれた地図を取り出し、溜息をつく。

「(ハンター試験)」

受けるつもりは無かったし、来年も受けようとは思わなかった。
しかし、あの男――――人類最悪が一体この世界で何をしたのか。
それを知ったところであの男を殺せる可能性などゼロに近いが、だとしてもそうしないという選択肢は無い。

「……………………」

ようやく地下100階に辿り着いたらしい。
B100と書かれた文字を見上げ、椅子から立ち上がった。
エレベーターの扉が開いた瞬間、こちらへ集まる無数の視線。
怯えたフリをするべきだろうかと考えている間に、全員がこちらから視線を逸らしてしまった。

「よっ、お嬢ちゃん」

今はどのような状況なのだろうかと確認するため人にぶつからないよう歩いていたら、突然後ろから聞き覚えの無い声。
試験の関係者だろうかと振り返って、その左胸につけられているナンバープレートに彼が試験を受ける側の人間だということを知る。

「新顔だよね君」

「うん」

「ならわからないことは何でも教えてあげるよ」

それは有りがたい、ときちんと彼に向き直る。
見た目からして結構な年齢だと思うのだけど、向き合ってみると私が彼を見下ろす形になった。

「オレはトンパ。よろしく」

「どうも」

差し出された手に一瞬だけ視線を落とし、笑顔で挨拶を返す。

「今、みんなどういう状況なの?」

「ああ。試験官が来て試験内容を発表するのを待ってるのさ。まだ時間じゃないからね」

「ふぅん………」

気まずそうにトンパと名乗った男が手を引っ込めるのが見えたが、気付いていないとでもいうように辺りを見渡した。
――――知った顔は無い。
ネテロさんのところで何度か見たことのある緑色の肌の彼がナンバープレートを配りに来たが、彼と私には面識がないのでまあいいだろうと400と書かれたそのプレートを受け取った。
左胸につけて下さいと言われ、慣れない手付きで洋服にプレートをつける。
これ、やはり無くしたら失格だったりするのだろうか。

「今年の試験内容は?」

「さあ…それは毎回試験官の口から直接教えられるんだ。種類は本当に様々なものだから、その場その場で対応していかないとまず受からない」

なるほど、『なんでも教えてあげる』という言葉は嘘ではなかったようだ。
しかし、彼は試験を受ける側の人間なのにどうしてここまで詳しいのだろう。
それとも私が知らなすぎるだけだろうか、と彼のナンバープレートに書かれた"16"という文字に視線がいく。

「髪が腰くらいまで長くて、黒髪で、不気味な雰囲気纏ってる目線だけで人殺せそうな男の人見なかった?」

「え?」

かなり最初の方からいたなら、もしかして"彼"のことを見ているかもしれないと最後の質問を口にした。
恐らく彼はこうしてエレベーターから出てきた人物を見ては声をかけているのだろう。
周りの人間があからさまに彼を見ないようにしているのだ。この界隈では有名な人らしい。

「いや…髪長い奴とか不気味な奴とかは大勢いるからよ。そんな情報だけじゃわかんねえな」

「そっか。ならいいんだ」

まあもし来ているならあとで会えるだろう、と彼に別れの挨拶をしようと口を開いて。

「おっとそうだ」

「?」

何かを思い出したように自身のポケットをあさり始めたトンパは、膨らんでいたポケットから2つ缶ジュースを取り出した。
何の文字も書かれていないシンプルなデザインのそれを、1つ私へと差し出す。

「お近づきのしるしだよ。お互いの拳闘を祈ってカンパイだ」

「ありがとう」

飲み物をくれるなんて良い人じゃないか、と先にジュースを飲むトンパを目の前に、受け取った缶ジュースのプルタブ部分に指をかける。
一体どんな味なんだろうなあ、と缶ジュースを開けて。

「(…………………あ)」

このジュースが普通のジュースでないことに気付いた。

「どうした?飲まないのかい?」

せっかくあげたのに、とわざとらしく落ち込むトンパに、どうしたものかと笑顔の裏で考える。
今回のハンター試験では、まず『目立たない』ことを心がけようと思っていた。
勿論ハンターになるなと言ったネテロさんには試験を受けることは内緒にしていたし、何より他の受験者に目をつけられると厄介である。
少なくとも試験に合格するまでは、今までネテロさんが隠し通してきてくれた私の情報が少しでも世に出回ることは避けたい。
だから、この"普通でないジュース"を"普通"に飲めてしまうのは、今はまだまずい。

「(どうしようか……)」

あれだけ喜んで受け取ってしまったんだ、今更「飲めない」と言って返すのも不自然だ。
炭酸なら「炭酸は飲めないんだ」と言えばいいものの、残念ながらこのジュースは炭酸ではない。
こうなったら飲んで具合の悪くなったふりでもしようか、と考えた瞬間。

「わっ」

ドンッ、と誰かが背中にぶつかった。
その拍子に手から缶ジュースが離れ、地面を液体が染めていく。

「あ…………」

自分的にはありがたいことだったが、飲み物を無駄にしてしまったことに少しだけ悲しくなった。
一体誰がぶつかってきたんだ、と振り返って。

「カタカタカタカタカタカタカタカタ」

なんかやばい奴がいた。

「あ、あの」

「カタカタカタカタカタ」

「いえ…なんでもないです」

「カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ」

なんだあれ。やばいだろ。色々とアウトだろ。いいのかあんなのが試験受けても。
何度でも言おう。
なんだあれ!?

「ああああの人、ていうか人?誰!?」

「お、俺も知らねえよ…声すらかけらんなかったんだ……」

良かった、あれがこの世界の常識じゃなくて。
未だにバクバクと鳴っている胸を押さえながら、男(だよね?)の去った方向を振り返ったが、既に姿は見えなかった。
身体中に刺さっている針だか杭だかと、完全にイってしまっている目。本人はオシャレのつもりなのか髪型は格好良く決まっていたが、他全部がそれを台無しにしている。

「というかジュースごめん」

「あ、ああ…いいよいいよ。それじゃ、俺は他の新人にも声かけてくるから」

「うん。それじゃ」

地面に広がる液体を片付けようともせず、トンパはエレベーターの方へと歩いて行った。
私もこの缶を拾ったところで邪魔になるだけなので、見なかったことにして会場内を歩く。
しばらくして遠くで悲鳴のようなものが聞こえたので何事かと振り返ったが、別に試験が始まったようでもないらしい。
と、いきなりうるさいくらいのベルの音が鳴り響いた。
他の受験者も、音の発生源を見る。

「ただ今をもって、受付時間を終了致します」

最初に視界に入ったのは、くるりとした特徴的な髭。

「では、これよりハンター試験を開始いたします」

その言葉に、明らかに全員の雰囲気が変わる。
なるほど、と華奢な体つきをしたスーツ姿の男を観察した。
他の受験者も彼を観察しているのだろうが、そんな視線には慣れっこだとでもいうように気にしている様子はない。

「こちらへどうぞ」

そんな静かな声と共に、暗く、奥がどうなっているのかわからないような暗闇へ全員を招き入れる。
こちらに躊躇なく背を向けて歩き出した彼に、受験者達もぞろぞろと歩き始めた。

「さて、一応確認いたしますが…ハンター試験は大変厳しいものがあり、運が悪かったり、実力が乏しかったりするとケガしたり死んだりします。先程のように受験生同士の争いで再起不能になる場合も多々ございます。それでも構わない――という方のみついて来てください」

先ほどの悲鳴は受験生同士の争いだったのか、と男の言葉に状況を今更ながら理解する。
まあここにいる大半が悪人面だ。争いなど日常茶飯事なのだろう。
ふと、先ほどの針人間が頭に浮かび、そのことに驚いて首を勢いよく横に振った。
あいつ、夢に出てきたら嫌だなあ。

「承知しました。第一次試験、405名。全員参加ですね」

「……………………?」

再び視線を男に戻し、感じた違和感に首を傾げる。

「申し遅れましたが、私…一次試験担当官のサトツと申します。これより皆様を二次試験会場へ案内いたします」

「二次……?ってことは一次は?」

「もう始まってるのでございます」

「?」

「二次試験会場まで、私について来ること。これが一次試験でございます」

決して声を張り上げているわけではないのに、サトツの声は辺りに響き渡る。

「場所や到着時刻はお答えできません。ただ私について来ていただきます」

「……………………」

先ほど感じた違和感はこれか、と少し小さくなった試験官の頭を見て目を細めた。
サトツと名乗った彼の歩くスピードが、段々と速くなっている。つまり、一次試験の内容は。

「(持久走―――……)」

少しぽっちゃりとしていた体系のトンパを思い出し、走れるのだろうかと首を傾げた。


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