09
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「ああ!そろそろ帰ってくる頃だと思ってましたよ!!」

建物に入ったところで、シュニは聞き覚えのある声に立ち止まる。
陽は落ちかけていたが、まだ夜ではない。

「(えーっと…)ヒルストンさん」

「パリストンです」

シュニの視界の先には、万人受けするであろう笑顔を浮かべたパリストン=ヒルが立っていた。
これからどこかへ行くのか、それとも帰ってきたところなのか。
どちらとも取れない位置にいる彼の後に続き、隅の方にある椅子へと座った。

「"頼み事"のほうはどうでした?」

「ダメでした」

「あー、それは残念だ。あ、でも気を落とさないで!ボクはそんなことでは怒りませんから」

その返事が来ることを予想していたかのようにパリストンは微笑む。
『成功した』といえばその笑顔が一瞬崩れるのだろうなとシュニはチラリとその笑みを盗み見たが、すぐに視線をパリストンが持っている書類に落とした。

「それで、ハンター試験なんですけど」

「え?」

「いえ。そろそろあなたも受けたいと思う時期かと思いまして」

「…………………」

その全てを見透かしているような瞳に、何度目かわからない寒気が背筋を掠める。

「しかし受けるのは来年にしませんか?」

「来年…?」

「ええ。今年は少し忙しくて試験内容に関われませんでしたから」

そういうことか、と視線が自然とパリストンから逸れた。
ハンター試験というふるいにかけられる必要はない――――ただハンター試験を"受けた"という事実さえあればあとはどうにでもなると、彼は笑みだけでそれを語る。
確かに目の前の彼ならばそんなことをするのは簡単だろうし、それを断る理由もシュニには無かった。
しかし、この場合は言うタイミングが少し遅かったというべきだろうか。

「試験を受ける気はありませんよ」

「……?そうですか」

その答えは意外だったとでもいうようにパリストンは少しだけ表情を崩した。
しかしその表情もどうもワザとらしいものだったのでどうすれば彼の表情が崩れるのかを考え、答えが出ないその思考をすぐにやめる。
―――――試験を受ける気はない。
その言葉は嘘ではなかった。
わざわざ自分の分もエントリーしてくれたイルミには悪いが、シュニは試験の日、会場には行かないと決めていたのである。
イルミがいるからでも、その日に予定があるからでもない。
ハンターというものに興味があったが、ネテロに言われた言葉がずっと頭の隅に残っていたのだ。


「お前さんはハンターにならないほうがいいのう…」



その理由が、綺麗な笑みを浮かべる彼なのかどうかは知らない。
ポケットに深く沈んでいる携帯は当分鳴ることはないだろう。
外はもう闇に包まれていた。
ここら辺は治安が良いというのにいつの間にか周りには人がほとんどいなくなっている。
一瞬鋭い風が吹き、シュニの長い髪が視界を遮った。
乱れた髪を直そうと右手を上げて。

「――――――あれ?」

なんで私、自殺志願マインドレンデルなんか持って――――










「その武器は―――いい武器だ」










突然の声に、シュニは慌てて振り返った。
そして視界に入った男の姿に、息を呑んだ。
死に衣装のように真っ白な着物は痩せ身の身体に張り付いていて、亡霊でも目にしているような気がした。
否―――そうとしか思えない。

     ・・
「何で――此処に」

「『何で此処に』。ふん」

奇妙な狐の面を被った男は、シュニが必死に搾り出した言葉を反復する。

「取るにたらん質問だ。俺がどうして此処にいるかなんてことはどうでもいい――久しぶりだな。零崎謎織めいおり

「愛織だ」

「『愛織だ』。ふん」

狐はシュニの言葉をまたも反復し、しかしその言葉などどうでもいいと言った風に話を続けた。

「まあ――お前が謎織か愛織か、悲識かなしき数識すうしきかとか、そんなことは俺にとっちゃあどうでもいいことだ。同じことだ。何の違いも無い」

「…………………」

混乱する頭でも、殺せる、とだけは確かに思った。
どうしてこの世界にこの男がいるだとか、どうして自分に声をかけたのだとかはもはや確かに『どうでもいい』。
殺せばいいのだ。この男さえも。
だけど、どうしてか、手を出せない。
殺すことしか自分には無いはずなのに、それでも何故か、殺せない。
殺してはいけないような、そんな気がした。

「どうして、此処にいる」

なんだか気持ちが悪かった。
なんだか気分が悪かった。
こいつはなんて―――最悪なのだろう。

「緋の目というものを知っているか?」

「―――?」

それが答えだろうか、と眉間に皺を寄せながらも男の言葉に耳を傾ける。

「感情が高ぶると目が綺麗な赤色になるという奴らの目だ。それが欲しくてな。ほら、これだよ」

男が持っていた瓶のようなものの中に、二つの目玉が入っていた。

「な、あ………?」

それだけのために。
それだけのために、世界を超えてきたというのか。
なんて高慢な。
なんて傲慢な。
なんて罪悪な。
なんて最悪な。

「それじゃあ俺は帰るぜ」

「ま、待て」

「『待て』。ふん」

男は振り返り、その表情のわからない顔をこちらへ向ける。
狐の面が、じっとシュニを見つめる。

「お前が元の世界に帰るのは不可能だ。零崎愛織」

「どういう意味だ」

「世の中には様々なルールがあるのさ。主なルールが『能力は1人1つまで』。そんなものだよな。世の中は」

「……………」

男が何を言いたいのか、シュニにはわからなかった。
しかし男は構わず言葉を続ける。

「お前はこの世界に来たことで対価を1つ支払った。それでお終い。終了だ」

「何故、そんなことがわかる」

実験ためしたからに決まってるだろ」

「なっ…………!」

「勿論1人や2人じゃない。何百何千といった人間を使ったが、どいつもこいつも1回が限界だった。2回目をした瞬間、死んだよ。まあ俺の娘なら5回くらいは持つかもしれないが―――お前には無理だ」

ならば何故お前が、と聞いても、最悪だからという答えが返ってくるだけだろうとシュニは口を閉ざした。
コチラへなんの躊躇いもなく背中を向ける男は隙だらけだというのに、足が地面に縫い付けられているかのように動かない。
今この世界が"どちら"であるかがわからなくなるくらい、男の存在は不安定なものだった。
このタイミングで姿を現したのも、零崎一賊であるシュニの目の前に現れたのも、男にとってはただの『偶然』で『必然』で『当然』だったのだろう。
考えたところで――――辿り着く先は全て最悪。

「俺を殺すか?零崎愛織」

「勿論」

シュニはなんの躊躇いもなく頷いた。

「そうか。でも"世界"が違うとなれば、いくら零崎だろうと無理な話だろう」

首だけで振り返る仮面の奥で、男が薄気味悪い笑みを浮かべているのがわかった。
わざとらしく考える素振りをするソレは、どこから見たって"世界"にいて良い存在ではない。
人類最悪。狐の男。―――因果からはじきだされた存在。

「そうだな。地獄というものがあるのなら、最悪そこで落ち合うことも出来るが」

「…生憎、地獄に行く予定は無いよ」

「ふぅん?どこか他に行く宛でもあるのか?」

シュニは答えない。
右手に握られた大鋏が獲物はどこだと刃を光らせるが、その刃が男へ辿り着く未来は当分来なさそうである。

「それじゃあ、零崎愛織」

縁があったら、また会おう。

人類最


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