08
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車内はシュニ1人が乗るにはかなり広いもので、シュニはとりあえず奥に座ったもののなんだか落ち着かなかった。
それが運転をしているゴトーにも伝わったのか、ゴトーはチラリと鏡越しにシュニへと視線を移す。

「なにそわそわしてんだ」

「えっ、いや…別に」

「気が散るから大人しくしてろ」

「ううう………」

「?」

会話の途中でいきなりシュニがくぐもった声を出したので、何事かとゴトーは鏡越しのシュニを観察した。
後方に意識をやっていたとしても、車の運転をミスすることはない。
しかし普段、ゾルディック家の主たちを乗せて車を運転することもない。

「どうかしたか」

「酔った……」

「はぁ!?」

ゴトーが驚いたようにハンドルを切れば、そのままシュニは遠心力に身体を預けるようにシートに倒れる。

「お前、まさかとは思うがここで吐くなよ?」

「ううう…大丈夫ううう……」

「全然大丈夫な声じゃねぇんだが…」

はあ、と今度は溜息のようなものを盛大に零した。
特にシュニに心情を隠すつもりはないらしい。
酔わない運転方法などを知らないゴトーは、とりあえずといった風に車の速度を少し下げた。

「……お前に訊きたいことがある」

「え?」

「喋ってたほうが気が紛れんだろ。いいから答えろ」

バックミラーでシュニの様子を確認してみれば、窓ガラスに手をついて外を食い入るように見つめている。
外の景色を見ていた方が酔いにくいことを知っているのか、それともただ単に気を紛らわせているのか。
ゴトーはどちらでも良かったが、外から中の様子が見れないガラスになっていて心底良かったとシュニの顔色の悪さを見て思う。
殺人の依頼を受けるゾルディック家に幽霊がとり憑いているなどといった変な噂が立ったら大変だ。

「どうして俺が、ゾルディック家の執事だとわかったんだ?俺はあのとき、テメーに名前しか名乗らなかったはずだが」

「あー…」

シュニはゴトーの言葉に思い出すように声を出す。
出したのだが、ゴトーにはどうも吐きそうなのを我慢している声にしか聞こえず、後ろが気になって仕方なかった。

「あの日のお昼、実はイルミみたいな人を見つけて…ちょっと追いかけてたんだ。そしたらゴトーくんに絡まれたわけなんだけど」

「みたいな人?」

「確信は無かったけど、なんとなく」

「確信の無いまま乗り込んだのかよ……」

ゴトーがイルミとの関係を聞いてくるかと思われたが、そんなシュニの予想は外れる。
その表情からゴトーが何を思っているのかはわからない。
怒っているかどうかはわかるのにな、とシュニは視線を再び窓の外へと向けた。

「もうゾルディック家には来るなよ」

「出来れば行きたく無いけど、そうそう彼らとの縁を切れそうに無いかな…」

勿論ゴトーくんもね、と具合の悪そうな顔のまま微笑むとゴトーは物凄く嫌そうな表情を浮かべる。
シュニとイルミが知り合いであることを知った以上、ゴトーは下手にシュニへ手出しすることが出来なくなった。
勿論自分の命が危険に晒されれば抵抗もするだろうが、それで自分が助かったところでその後無事に執事を出来るかどうかはわからない。

「(チッ…ったく、めんどくせえ……)」

絶対に表には出せない本音を飲み込み、ノロノロと走行する車は目的地へと到着した。
ゴトーは慣れた手付きでシュニが座る近くの扉を開き、シュニが出てくるのを待つ。
まさかそんなことをしてもらえると思ってなかったので、シュニは驚いたようにゴトーを見上げていた。
しかし早くしろとでも言わんばかりにゴトーが睨んでくるので、シュニは慌てて地面に足をつける。

「ありがとうゴトーくん!」

「降りるなり元気な奴だな…」

思い切り伸びをするシュニを横目で見ながら、ゴトーは静かに扉を閉めた。
ゾルディック家の執事として、こういったことはキチンとしなければならないのだろうとシュニはそんなゴトーの視線を無視する。

「ああそうだ」

車を降りて車酔いが治ったのか、シュニは何かを思い出すように言葉を零した。

「あの夜、ホテルにいた人もゾルディック家の人?」

「…………………」

ゴトーの目が、スッと細められる。
彼はシュニの言葉に反応を示すつもりは無かったのだろう。
シュニはその冷たい視線に、気付かなかったフリをしようかと一瞬考えたが、同じように彼は見破るだろうと言葉を続けた。

「でもさっき屋敷にはいなかった…よね?多分」

いなかった、とシュニは断言できない。
ゾルディックを姓にもつ彼らの気配を的確に捉えたのは、彼らが視界にいるときだけ。
観光バスのガイドの説明と照らし合わせるとまだゾルディック家の人間はいるようだが、シュニがまだ会ってない彼らの気配も同様に捉えることは出来ないかもしれないのだ。

「さあな」

「…………………」

まあ、返ってくるのはそんな返事ではないかと、シュニは予想していた。
しかし実際に返ってくると(しかも予想以上の冷たい表情で)それはそれで悲しいな、と苦笑いを零す。
ゴトーの表情は変わらない。

「さっさと行け」

「…じゃあまたね、ゴトーくん」

そう言って、シュニは駅への道を歩いて行った。
振り返ることは無かったし、ゴトーは人ごみに紛れるシュニの姿をすぐに見失い、それでも何故かシュニが行った方向に背を向けることは躊躇われる。
数分後、ゴトーは駅まで来た速度の倍以上の速度を出し、ゾルディック家と戻って行った。



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