(デス・ザ・キッド)(フランケン・シュタイン)(ジャスティン=ロウ)

「左右対称は美しい。お前もそう思うだろ?」

「さあ。よくわかんない」

「ふむ。そうか。まあこれから知っていけばいいことだ」

「何が言いたいの?」

「つまり、なまえ。お前の魂は左右対称で美しいということだ」

「……口説いてるの?」

「変なことを言うな!俺は真実を言ってるだけだ」

視線を手元の本に落としたまま会話を続けているというのに、目の前の少年は何も思わないようだ。
彼は私自身よりも私の魂に用があるのだろう。私の代わりに彼の話し相手になってあげればいいのに、と魂に語りかけたところで返ってくるのは鼓動のみ。
自分自身なのに薄情な魂だ、と本の内容が頭に入っていなくともページをめくる。

「魂には色々な形がある。強大なものや不気味なものさえあれど、左右対称で綺麗なものなど滅多に存在しない。左右対称をこよなく愛すこの俺の魂ですらも」

そんな魂が気に食わないのか、目の前の彼の眉間に皺が寄った。
本から視線を上げなくともそれがわかるくらいに、死神の息子である彼の存在は近くにある。

「キッド。そういう話じゃなくて、ほら、学生らしい話をしようよ」

「俺はなまえの魂をずっと見ていたいだけだ。会話なんてのはオマケだろう」

「…キッド。わかってる?私、契約で死神とあなたは殺せないけど攻撃は出来るんだよ?」

「なまえこそわかってないな。ここは地下じゃないしお前が俺を攻撃する理由がないだろう」

キッドの言葉に開きかけた口をゆっくり閉ざした。
彼は、契約を含めた全てを把握したうえでこうして私に近付いてきている。
私に力があることを知りながら、その力を振るえないことを盾にして、規律にあるまじき卑怯を全面に押し出してくる。

「魂には決まった重さがあるそうだ」

「……『そうだ』?」

魂を狩る側の発言とは思えないそれに、そこで初めて私は顔を上げた。

「実際に測ったことはないからな。それに、あんな色々な形をしている魂が全て同じ重さとは思えん」

首を傾げ、斜め上へ視線を送るキッド。
黙っていれば女子生徒にモテるであろうその容姿に、見惚れたわけではないが目が逸らせなかった。
そんな私を知ってか知らずか、ジロリ、と黒い瞳が動く。

「お前が21g欲しい」

「え?」

「きっとその左右対称の魂なら、きっちりきっかり21gに違いない。安心しろ。リズやパティには喰わせず俺が保管しておく。世界で一番安全な場所だ」

「(あー………)」

先ほどの『重さ』というのは21gなのか、とキッドの説明不足の文章の奥を読み取る。
確かに、神狩りと呼ばれているわりには、他人の魂の重さなど気にしたことがなかった。

「なあなまえ。父上ではなく俺と契約しよう」

「契約?どんな」

「契約の内容か?うーん…そうだな」

しばらく考えたあと、キッドは笑顔で私が持っていた本を掴み、後ろへ放り投げる。
規律を司る狂気が生みの親だというのに、彼の表情には規律の"き"の字も有りはしない。

「それはとりあえず、なまえの魂を手に入れてから考えることにする」

死神の息子は流石というべきか、綺麗な左右対称で笑った。



「あーーーー」

頭がボウっとする。
もしかして寝ていたのだろうか、と頭を横に振れば、いつもの嫌味な顔が視界に入った。

「ずっと静かだと思ってたらなんだその間抜けな声は」

「私、もしかして寝てた?」

「さあな。いつも通りの間抜け面だったことしか覚えてない」

「顔見るとか気持ち悪い」

「むしろ俺がお前の顔を見て負った心の傷を代償してほしいな。慰謝料払えよ」

「うるさい」

まだぼんやりとする頭でこいつの声を聞いていると背筋がゾクゾクするのでやめてほしい、と頭を横に振ってそれを理解するように促した。
熱でも出たかのようなそれに、実際に熱があるんじゃないかと額に手を当ててみるものの、そんなことは無いようだ。

「そういえばジャスティンがお前に何か用がありそうだったな」

「ジャスティン?って…えーっと……」

こちらの訴えに気付かなかったのか無視したのか(恐らく後者だ)、とっくに授業が終わっている教室でひたすらに赤ペンをクルクルと回しているシュタインはどうでもいいと言った風に口を開く。
ジャスティン。ジャスティン……聞いたことはある。彼も確かクラスメイトだ。どんな人だったっけか。特徴。特徴は。

「…ああ。思い出した。あのいつも音楽聴いてる」

「なんだ、お前ジャスティンと仲良くないのか」

「仲良いもなにも、あんまり喋ったことないよ」

「そうか?ジャスティンとお前は気が合うと思うが」

授業中の席もそんなに近く無いし、職人と武器という関係であっても彼と関わったことはなかった。
別に避けているというわけでも、ましてや嫌いというわけでもない。
ただなんとなく、彼と私は関わらなくともこの世界を生きられる存在なんだろうと頭の隅で思っていた。

「ていうか、私に一体何の用が?」

「知らない。『そこでアホ面さげて寝てる』って言ったら起こすのは悪いからって帰ってった」

「へえ。いい人だね」

「俺が?今更そんなわかりきったこと言わなくても」

「ええめんどくさ」

授業が終わった教室にこれ以上いる理由もないと、引き出しの中から教科書やらノートやらを出して鞄に仕舞おうとする。
というかなんでシュタインはこんな誰もいない教室でペン回しをしているんだろう、とそちらに視線をやらないまま口を開いた。

「ていうか、シュタインは教室で何してるの?」

「お前の寝顔を見てた」

「……………………」

「酷い顔してるぞ」

「誰のせいだと」

表情一つ変えずに自分の手に持っている赤ペンをじっと見下ろすシュタインは、一瞬だけこちらへ視線を送って再び赤ペンへ視線を戻していた。
そんなにその赤ペンが気に入ったのだろうかと考え、そういえばなんで自分は寝ていたのか記憶を遡る。
普段授業中に居眠りをすることはない。昨夜だって夜更かししたわけでもない。しかし、昼食後のこの授業で、急に眠気が襲ってきたのだ。
開いていた筆箱へその機能をいつも果たしていない筆記用具を入れ始めながら、珍しいこともあるものだとあくびをかみ殺す。

「…あれ?シュタイン、もしかして私のペン盗んだ?」

「そんな趣味の悪いこと俺がするわけないだろ。そこらへんに落ちてるんじゃないのか?」

「………まあいっか。インク無くなりそうだったし」

まだぼんやりとする頭で机や椅子の下を探すのが面倒になり、鞄に全部自分の物を入れて立ち上がった。
瞬間、クラリと頭が揺れたため、倒れないよう慌てて机に手をついて身体を支える。
しかしそんな私を心配するでもなく、シュタインは相変わらずペンを回していた。

「俺ならペンは盗まないけどな」

そういうシュタインの言う声が酷く遠い。
貧血に似た症状に、寒気までしてくる始末。
これは早めに帰って安静にしてるしかないな、とまだ席から立とうとしないシュタインをチラリと見た。
あれ。赤ペンって、あんなにインクの色赤黒かったっけ。





「なあ!ジャスティン!デスサイズ同士、これから飯でも行こうぜ」

「ガウガウガウガウ!」

「………………………」

話が終わり、死神が鏡の中から姿を消すとテスカがジャスティンへと話しかける。
他のデスサイズたちはそれぞれ既に部屋を出ようとしていて、マリーは眠いのか梓の後ろであくびをしていた。
先ほど死神が話している最中も音がだだ漏れているイヤホンを耳にしていたジャスティンに、彼の言葉は届いているのだろうか。
それに、どうして彼が誰とも接しようとしないジャスティンに構うのかもわからなかった。
しかしそれも私には関係の無いことだと、その日も一日が終わる。

「おお神よ…!私をお導きください……!」

ジャスティンが口を開いているところをあまり見たことが無いというわけではない。
音楽を聴いているとはいえ、別に喋らないわけではないらしい。
テスカ以外のデスサイズや生徒、死武専の先生に話しかけられればきちんと受け答えをしているし、死神のことだって他の誰よりも崇拝しているように見える。
――にも関わらず、いつ何時もイヤホンを外さないことには少しだけ疑問を抱いたが。
とりあえずテスカと猿里華が彼に嫌われているだけなんだろうと思う。

「………………………」

しかし、不思議だ。
彼は私に一向に話しかけてくる気配が無い。
確かにデスサイズでもない私と喋る必要は無いが、彼が私に用事があったことは人づてに何度か聞いているのだ。
だが、私は一度も彼からその"用事"というものをきいたことがない。一体なんだというのだろう。
そんなことを考えるようになってから、なんだか彼の存在が夜のように侵食してくる。

「………………………」

なんでシュタインは、あまり喋ったことの無いジャスティンと私が気が合うと思ったんだろう。

「………………………」

いつからジャスティンは、私が好きな本を読んでいるんだろう。

「………………………」

どうしてジャスティンは、私と同じペンを持っているんだろう。

「――――――ねぇ、ジャスティン」

その解答権は、彼にある。


さぁ、盲目的な愛を!


(手の平の上の恋はきっと綺麗な左右対称)
(少しずつおまえを自分の元へ連れて来る)
(あなたが気付いたときには既に私のモノ)


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