(鬼灯/鬼徹)

自分の何倍以上もの大きさである門を見上げながら、どうしたものかと首を傾げる。
誰かに言うべきか、それとも勝手に行ってもいいか。
別にここに住んでいるわけではないし、私の所在は決まったところにはない。
だから別にいいか、と結論を出して。

「あら。なまえじゃない。どこか行くの?」

「リリス。…今帰ったところみたいだね」

レディ・リリス。
ここEU地獄を仕切るサタン王側近であるベルゼブブ長官の夫人。
御付きのスケープもいるので、またどこかから帰ってきたところなのだろう。
スケープがその大きな門を開けるよう指示すると、ゆっくりと門が開かれた。

「ちょっと日本の地獄に行ってみようかと思って。ほら、リリスが面白いところって言ってたから」

「あら残念。ってことはもうしばらくEUには来ないのね?」

「どうだろう。あんまり面白くなかったらまたこっちに遊びにくるかも」

「そう。あ、この魔法のカードいる?三日くらいなら貸してもいいわよ」

「いや…遠慮しとく」

そう苦笑いを返せば、リリスは残念そうにその『魔法のカード』を煌びやかな鞄へしまう。
魔法のカードといっても、その代金の請求はサタン王側近であるベルゼブブへいくのだから、気軽に貸し借りするものではないだろうとリリスへ背を向けた。

「よっと」

侵入成功、とでもいうように地面に片膝をついてから満足気に立ち上がる。
今絶対顔がどやっていたと思うので、誰にも見られてないといいな、と数秒前の自分を恥ずかしがった。
別に所在を持たない私がどこの地獄にいようが何の罪にもならないのでこうしてこっそり侵入しなくてもいいのだが、誰かの案内を受けるよりも自分の目で見ておきたいというのが本音である。
それにもし見つかったとしても人間でない地獄の使者たちには私の正体はすぐに見破られるので問題ないだろうと歩き出した。

「あっついな…」

私を襲う暑さと眠気に顔を横に振り、着ていた上着を一枚脱いでそこらへんのよくわからない池に放り投げた。ら、一瞬で溶けた。

「日本の地獄こわい」

なんだあれ、と可哀想なことになった上着を見なかったことにして足を進める。
靴も着ている服もEU地獄の雰囲気に合わせたものをリリスから貰っていたので、少しばかりこの気候には合わないようだった。
すると、針がいくつにも突き出ている山に足を踏み入れようとしている人間が視界に入る。
あんな薄着で、しかも裸足。痛くないのだろうかと足を止めて首を傾げながら見つめていれば、やはりというべきかとても痛そうに呻き声をあげていた。

「(なるほど。あれが日本の地獄の1つ)」

だとすると先ほどの池もその類か、とどんどん山の頂上へ昇っていく人間を見上げながらその薄手の服を見様見真似で着ていく。
服を交換してあげた人間は嬉しそうに針の山を登ろうとしていたが、あのような分厚い底の靴でもあんな鋭く大きな針が相手じゃ防ぐのは無理な話である。

「やっぱりチョロイなあ」

人間というのは騙しやすい、と白い服を着て裸足のまま地獄を歩く。
むしろ私に騙すしか能がないというほうが正しかったが、細かいことは気にしない、とスキップをしかけて。

「オラァッ!!」

とあるスタンド使いもびっくりの低く力のこもった声が聞こえたと思い振り返ってみれば、こちらへ一直線に飛んでくる金棒。

「って、」金棒!?

文字にするのも避けたい頭蓋骨がひしゃげたような音に、自分の顔面にその大きな金棒が直撃したことを理解する。
頭や身体を少し遠くの大岩に思いっきりぶつけたものの、こういう類は私に何のダメージも与えない。
それは遠い昔からの罰のせいであるが、まあ、今はそんな説明は必要ないだろう。
というか、この金棒と現在の状況について私に今すぐ説明が必要だと思う。

「最近の亡者はすぐに逃げ出そうとする根性なしばかりで困ります」

「……………?」

私と少し離れた場所で転がっていた金棒を拾いながら、見たことのない男は溜息をついた。
突然攻撃してきてなんて奴だ、とその男を見上げ、ああなんだ、と静かに息を吐く。
黒髪に三白眼。私が着ている真白い服とは正反対に真っ黒な洋服に身を包んでいたが、そんなものよりも目立つ、額に生えている1本の角。
これが日本の地獄で亡者たちに罰を与えている"鬼"か、と彼の謝罪の声を待ちながら立ち上がった。
きっと遠目から見て亡者と同じ格好をしていた私が本当に亡者だと勘違いしたのだろう。
だが、彼も地獄の使者ならこうして近くで見れば私が何者かを理解するはずだ。同時に、金棒などで与える罰が意味を成さないことも。

「何、勝手に」

「う、あっ………!?」

「立ち上がってるんですか?」

何が起こったのかがわからなかった。
胸倉を掴まれたと思ったら、どこかの池の中へ沈んでいて。
そこで初めて、先ほど浮遊感を感じたことを思い出す。
―――放り投げられたのだ。
あの突然金棒を投げきた鬼に、思いっきり。
池の中を見渡してみれば、他の鬼たちに私同様投げ込まれたのか、亡者たちが苦しそうにもがきながらその身体を池の中へ溶かしていた。
私は勿論溶けることはない。
しかし池の中にずっといるのもいい気分ではないので急いで浮上する。

「おや。復活するのが早いですね。これは痛めつけがいがある」

「っ!」

顔を上げたところに再び先ほどの鬼がいて、ゴミ屑でも見るような目でこちらを見下ろしてきた。
そのまま腕をつかまれ、引き上げられる。
一瞬間違えたことに気付いたのかと思ったが、先ほどの鬼の言葉を思い出し、そうじゃないと男を見上げながら結論を出した。

「ちょ、ちょっと。私が誰だかわからないの?」

「はあ?知るわけないでしょうそんなの。生きている頃どんな人間だったかなんて地獄じゃ関係ないんですよ。ここはあなたたち人間が望んでいる"平等"そのものです」

「ま、待って。あなた"鬼"でしょ…?」

「見てわかりませんか?なんならあと百回くらい金棒で殴ってあげましょうか」

「一回じゃないのね…」

すっかり濡れてしまった髪と服を見下ろしながら、思考を巡らせる。
EU地獄の悪魔も、ギリシャ冥界の渡し主ですら私の正体を見ただけで知ることができる。エジプト冥界には行けないが、きっとあそこの神や悪魔だって同じはずだ。
それなのに、日本の地獄の"鬼"だけが見抜けないはずがない。
私の正体を見抜けないのは私が騙す対象である"人間"だけ―――

「(もしかして)」

私にどんな罰を与えようか考え込んでいる鬼を見上げて、彼にバレないよう口端をあげる。

「ねえ。あなた、名前はなんていうの?」

「鬼の名前なんか知ってどうするんです?呪術でもしますか?ええいいですよ。出来るもんならやってみてください」

「嫌だなあ。亡者の私が鬼のあなたにそんなこと出来るわけないじゃないですか。すいません、私、自分の地獄に戻りますね」

「ええ。いいですよ。でも戻る前に、とりあえず五百回は殴っておきます」

「増えてる!」

ハロー神様
こちら地獄


(なかなかに騙しがいのある鬼を見つけました)


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