(ゾンビマン&タツマキ/一撃男)

犬も歩けば棒に当たるだなんて諺がある。
あれは確か【でしゃばると思わぬ災難に遭う】という戒めのような意味を持っていたはずだが、この場合は違うはずだ。
私にでしゃばった記憶は無い。ただ普通に過ごしていただけ。
それなのにいつだったか、あのハゲマントとかいうヒーローに『なまえも歩けば怪人に出会う』とか鼻で笑われたことがある。
あのときは冗談じゃないと殴りたくなったが、今まで歩んできた人生で数え切れないほどこんな目にあっていれば、あのハゲマントの言葉を否定することはできなかった。
しかし、正しく言うと、『怪人に出会う』ではなく『怪人に襲われる』である。
そう。例えば、こんな風に。

「来ないでって言ってるでしょ!!」

「そんなこと言われても!お前を襲わなきゃ気が済まないんだ!」

「これだから怪人は!!!」

人通りの少ない道を全力で走りながら、後ろにいる怪人へ叫ぶ。
昔からいつもこうだ。
何らかの目的があって暴れている怪人も、ただふらふらと歩いているだけの怪人も、全員が全員、その悪の執行対象を私へと変更する。
そして今回の件もそれに当てはまっていた。

「(足が遅い怪人で助かった…いやまだ助かってないけど)っ!?」

腕を何かに掴まれ、そのまま後ろへ引っ張られる。
痛みを感じるほど強い力ではなかったが、その足を止めるには十分な力。
振り返った先には怪人しかいないはず。
つまり、この腕を掴んでいるものは。

「あんた腕伸びるの!?」

「ああ!怪人だからな!」

ミョーン、と数メートルは伸びている怪人の腕に目を見張る。
それだけではない。
私の腕を掴む手は既に手の形にはなっておらず、腕輪のように変形していて、どう頑張っても抜け出せそうになかった。

「それじゃ、捕まえたところで大人しく…」

「無理無理無理!!」

首をブンブンと横に振るが、一般人である私と怪人では力の差は歴然。
助けてと叫んだところで人気の無いこの場では誰の耳にも届かないだろう。
一歩一歩こちらへ近付く怪人に恐怖を感じながらも腕の拘束を解こうとした、その瞬間。

「っ!?」

空間が、捻じ切れる。
初めは恐怖で視界が歪んだのかと思った。
しかし、そうではない。そんなものではない。
怪人が宙に浮き、その伸びていた腕が弾け飛び、その風圧に目を閉じかけた次の瞬間、目の前から怪人の姿は消えていて。

「一体何が……」

「ったく…またあんた?」

「!」

この声は、と進行方向を振り返った。
地面には誰も立っていない。
ふわりと重力を無視するそれは、私の目線に合わせた位置に君臨していて。

「タツマキさん!」

「一体何度怪人に襲われれば気が済むわけ?その体質を自覚してるなら少しは鍛えたりボディーガード雇ったりしなさいよ」

「助けに来てくれたんですね!ありがとうございます!」

「別にあんたのことなんか助けにきてないわよ!怪人がそこにいてたまたまあんたがそこにいただけでしょ!!」

「ええー……」

――――戦慄のタツマキ。
S級ヒーローである彼女は、序列2位という数多くいるヒーローの中でも上位の存在である。
その序列は飾りでなく、あの程度の怪人なら赤子の手を捻るも同然。
自身が得意とするその超能力の力は強大で、同じS級ヒーローだとしても戦って勝つ見込みは薄い。
緑色の巻き髪に、三白眼。体のラインを浮かび上がらせる黒いドレスに実を包んでいるタツマキは年上であったが、その見た目はとても幼い。
だがそんなことを言ってしまえば私も先ほどの怪人のように超能力で吹っ飛ばされてしまいそうなので口を慎んだ。

「タツマキに先を越されたか」

「?」

「あ!」

軽快な足音とともに、聞き覚えのある声が聞こえたので先ほどまで怪人が立っていた場所を振り返る。
彼の視線の先には怪人が倒れているのだろう。じっと横を見ながらこちらへ走ってきて、ある程度の距離になると目があった。
それがタツマキさんと同じような「またお前か」という視線だったので、何も言えず苦笑いを返す。

「どうも、ゾンビさん」

「いやだから、その呼び方はやめてくれと…」

ゾンビマン。
数少ないS級ヒーローの一人であり、その序列は第8位。
彼にもタツマキさん同様数え切れないくらい助けてもらっている。
ゾンビさんが困ったような表情を浮かべたあと、「フン」とタツマキさんの呆れが頭上から降ってきた。

「なにがS級ヒーローよ。助けにくるのが遅いんじゃないの?それにこれくらい私一人で十分だから。さっさと帰れば?」

「えっ!タツマキさんやっぱり助けに来てくれたんですか!」

「違うわよ!!」

「違うのか?じゃあ俺がそいつを助けなくてはいけないのか」

「私の手柄もっていかないでくれる?」

「やっぱり助けてくれたんですね!」

「違うって言ってるでしょ!!!」

怒りのあまり目が吊り上がってるタツマキさんを苦笑いで見上げていれば、いつの間にか隣に来ていたゾンビさんが「どうすればいいんだ」と首を傾げる。
というか先ほどまで目線の位置を合わせてくれていたのにいつの間に少し上に浮かんだのだろうとその可愛らしい容姿を見つめた。
少し上に浮かんだといっても頭1つ分程度なので、ギリギリ下着は見えない。というか見えたらゾンビさんがこうして平然と見上げていられないと思う。ゾンビさんがそこらへん紳士っぽいという理由もあったが、第一に、タツマキさんに吹っ飛ばされるだろうから。

「そういえばなまえ。これで今月何回目だ?」

「え?あー……12回目?」

「おいおい…まだ上旬だぞ。仕方ない」

何の回数かは訊かなかったが、それが"怪人に襲われた回数"というのはすぐにわかった。
確か今月に入ってから今日ので12回目だったはずだ、と数を思い出しながら口にする。
私の体質に目を付けた(というか目に付いたのだろう)ヒーロー協会が怪人に襲われた回数を測定し、色々と調べるのだそう。
ゾンビさんはそれにあんまり乗り気ではなさそうだったが、私の口にした数が予想以上だったのか溜息をつきながらポケットに手を突っ込んだ。

「ほら、これ持ってろ」

「……これは?」

渡されたのは手の平に収まるくらいの小さな機械。
真ん中に1つボタンがあるくらいで、とてもシンプルなものだった。

「それを押せば8位以下のS級ヒーローに連絡がいくようになっている。お前の体質のことが漏れたら困るからA級には連絡してない」

「え…こんなもの貰っちゃっていいんですか?」

「協会側はS級ヒーロー達を一般市民一人に借り出すということで渋っていたがそうも言ってられないんでな。8位以下ということで手を打ってもらった」

そういうところを正直に言うところはゾンビさんらしいな、と思いながらも先ほどまで軽かったはずの機械がなんだか重たく感じる。
そんな重要な物を貰ってしまっていいのだろうか、と眉間に皺が寄った。
確かに今日はたまたまタツマキさんが来てくれたからいいものの、いつも彼らヒーローが駆けつけてくれるとは限らない。

「(でも、これは…)」

受け取れないだろう、と顔を上げて。

「ちょっと、何それ」

タツマキさんの一際低い声に、驚いて反射的にそちらを見上げた。

「私、そんなの聞いてないんだけど?」

「…お前はS級2位だ。関係ない」

「はあ?」

空気が振動する。
それがタツマキさんの怒りを現しているというのはすぐにわかった。
しかし、ゾンビさんは流石S級とでもいうべきか、ビビっている様子はない。

「協会からも最初に『タツマキはこちらの仕事があるから無理だ』と言われてたしな。それにお前だって乗り気じゃないだろ?」

「ばっかじゃないの?アンタたち全員に連絡がいくよりも私一人に連絡がきたほうがさっさと終わるに決まってるじゃない。それになんで8位なのかも納得いかないわ。その連絡メンバーをあなたのランクまで上げたとかじゃないの?」

「馬鹿を言うな。協会がキングを出すまでも無いと判断したにすぎない」

「はんっ、そんなものこうしてやるわ」

「あ、おい!」

「あっ!」

二人のピリピリとした会話に少しだけビビっていた私は反応が遅れ、手の平から離れていく機械を再び手の平へ収まらせることが出来なかった。
そして、私たちの頭上でその機械が捻じ切れる。

「まったく、協会の奴ら…私が直接言わなきゃわかんないのかしら」

「おいタツマキ。俺が穏便に事を運んだんだから変なことするなよ」

「指図しないでくれる?普段の活動しながら怪人の一人や二人倒すことくらいできるのよ」

「あ、あの、二人とも…私は別に連絡手段がなくても大丈夫なんで…」

「いいからお前は黙ってろ」

「誰が口を開いていいって言ったかしら」

「(うぐぐ……………)」

嘘みたいな話ですが


(どっちが悪かわかりゃしない)



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