(糸島軍規)

糸島は自身の部屋のベットの上で寝転がりながらとある漫画を読んでいた。
その顔には笑みが浮かんでいるので、恐らく楽しんではいるのだろう。

「遊びにきたよ」

「ん?窓からではないのか」

「そういうの不審者っていうんだよ」

しかし、部屋への扉が開き、第三者の声がすると今まで読んでいた漫画などどうでも良いかの如く行動を切り替え、置き上がった。
先程まで読んでいた漫画は無造作にベットの上に置かれ、糸島はそちらを少しも見ようとはしない。

「アイス買ってきた」

「そうか。ありがとう」

糸島はベットから降り、カーペットの上に座る。
アイスを糸島に差し出したなまえも糸島の向かいに座り、自分の分のアイスを袋から取り出した。

「外暑いね」

「夏だからな」

「どこか遊びに行かないの?」

「どこか遊びに行きたいのか?」

質問に質問で返され、なまえはアイスを口に頬張りながら少し考える。
糸島もその大きな口でアイスを食べるが、特に味に興味は無さそうだった。

「特にないかな。猫美ちゃんと屋久島くんたちの大会はもう終わっちゃったし」

「しかし夏休みはまだまだ長いぞ」

「よく言うよ。万年夏休みみたいなところあるのに」

なまえにしては言うな、と糸島はなまえの言葉に関心したように頷く。
なまえはどうして頷かれたのかがわかっていないようで、アイスをもう一口頬張りながら不思議そうな表情を浮かべた。

「まあ、あれだな。せっかくの高校生での夏休みだ。何か思い出作りをしないとな」

「なにそれ」

「さっき読んだ漫画でそういうシーンがあった」

「ふぅん」

さっき読んでた漫画というとそれか、となまえはベットの上に置かれている漫画へ視線を向けたが、遠いのと角度が悪いのとでその漫画のタイトルなどはこちらから見えない。
そういえば、となまえは糸島の部屋にある本棚へ視線を動かす。
大きな本棚にはたくさんの漫画が入れられていた。少年漫画は勿論、少女漫画まで取りそろえてある。
他にも色々と漫画ばかりがそこにあったが、なまえはふと知っているタイトルがあったのを見て首を傾げた。

「あの漫画、最新刊出てなかった?」

「ん?」

なまえが指差した先。
糸島がそちらへ視線を向けるが、如何せんなまえの指と本棚の間には距離があり、なまえが正確にどの漫画を指しているのか糸島にはわからなかっただろう。
しかし糸島は大した興味もないといった風に頷いて、「多分な」とだけ答えた。

「多分?」

勿論、なまえはその答えに疑問を抱く。

「その漫画が気になったときに出ている巻数だけ買うから、そのあと出た巻は買ってない。本屋に行ってもタイトルを忘れてしまうからな」

その割には買う漫画は被らないが、と自信満々に言う糸島。
しかしなまえはそんな糸島が信じられないようで、驚いたように糸島と本棚を見比べていた。

「そんなことより、思い出だなまえ」

「思い出って……どこ行くの?遊園地とか?」

「外は暑いだろう」

「外は暑いよ」

家の中にいても、夏の風物詩ともいえるセミの鳴き声がうるさいくらいに聞こえる。
糸島の部屋はクーラーが効いていて、しかもアイスを食べているのだから快適だ、となまえはアイスをもう一口頬張る。

「部屋の中でできることだ」

「……大富豪とか?」

「二人でやるのは流石にな」

どうやら既に糸島はアイスを食べ終わっていたようで、手にしていたゴミを自室のゴミ箱へ入れる。
なまえのほうは半分ほどまだ残っているが急ぐ様子も無くゆっくりと食べていた。

「……………………?」

糸島は静かに立ち上がると、なまえのほうへ歩いて行く。
そのままゆっくりなまえの隣に座り、そんな糸島をなまえはアイスを食べながら眺めていた。
先ほどよりも近くなった糸島の顔がなまえの方を向く。

「こういう思い出はどうだ?なまえ」

糸島の右手がアイスを持っているなまえの左手を掴み、アイスを口の中から取り出す。
なまえの視線はそのアイスへ流れたが、糸島はじっとなまえを見ていた。

「……と、いうと?」

なまえは視線をアイスから糸島へ戻す。
なまえの言葉を受けて、糸島の弧を描いている口がゆっくりと開いた。

「さあ。どうだったかな」

「…え?」

「さっきの漫画はここまで読んでなまえが来てしまったからな。ちょっと待っててくれ」

そういうと糸島は掴んでいたなまえの左手を離し、立ちあがろうとする。
それを慌ててなまえは糸島の腕を掴んで制し、不思議そうに振り返る糸島に首を振った。

「……読まなくていいよ」

「しかし思い出が」

「読まなくていいの」

なまえはそれだけ言うと、溶けかけのアイスを静かに頬張った。


読みかけの漫画


(アイスがいくつあっても暑い)



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