(花京院典明)
「(あー…またやってしまった)」
なまえは自分の犯した失態にため息をつきたくなったが、周りに聞こえてしまうと急いでそれを飲み込んだ。
「………………………」
ラバーソールの一件が原因だ、となまえはあの黄色を思い出し苦虫をかみつぶしたような表情を誰にもバレないように浮かべる。
彼は自身のスタンドを身にまとい、あろうことかこの旅のメンバーである花京院典明に化けてなまえたちへ近付いたのだ。
彼はなまえを倒した後承太郎たちも襲う予定だったようだが、それは承太郎によって防がれる。
確かに普段の雰囲気とは違う花京院(本当はラバーソールである)を十分に警戒しなかった自分も悪いが、とまで考えてなまえは首を横に振った。
「(花京院くんは何も悪くないのに…)」
どうやら自分が思った以上にラバーソールの件がトラウマになっているようで、花京院がこちらへ何かコンタクトを取るたびになまえは内心軽くビビってしまっていた。
勿論それを表に出すようなことはしていないつもりだが、生まれつきスタンドを持っていた花京院のことだ。本当に気付いていないかどうかなどなまえにわかるはずもない。
「名字さん?」
「え!あ、なに?」
突然声をかけられ、なまえは驚いて勢いよく振り返る。
声の主である花京院はそんななまえを不思議そうに見下ろしていたがすぐに驚かせてしまったかとすまなそうな表情を浮かべた。
「承太郎たちは行ってしまったよ。僕たちも早く追いかけよう」
「え?あ…本当だ」
花京院の言葉を聞いてなまえは慌てたように辺りを見渡すが、ようやく見つけた承太郎の後ろ姿はかなり小さいモノになっている。
ジョセフやポルナレフ、はたまたアヴドゥルですらも先に進んでしまっているのだから、どうなっているんだとなまえは少しそんな彼らの背中を睨むように見つめていた。
「ありがとう花京院くん。こんなところで迷子になるところだったよ」
「まあジョースターさんがいるからもし迷子になっても大丈夫だけどね」
冗談なのか本気なのか、花京院の顔をきちんと見られないなまえはそれを判断するのを諦め、承太郎たちへ追いつこうと足を踏み出す。
花京院も共に行ってくれるつもりのようで、その長い足を動かした。
「ねえ、名字さん」
それほど長く無かった沈黙を破ったのは花京院。
「もしかして、怒ってるかい?」
「え?」
何を言われるのだろうと身構えていたなまえだったが、その言葉は予想外のもので、なまえは咄嗟に疑問を口にしてしまう。
反射的に見ないようにしていた花京院の顔へ視線を向けてしまい、その申し訳なさそうな視線がぶつかる。
どうしてそんな表情を花京院が浮かべているのだろうかとなまえは考えるが、すぐにその答えは本人の口から伝えられた。
「僕がその、君を傷付けたことに関して」
余程言い出しづらいことだったのだろう。
花京院はなまえから視線を顔ごと逸らし、目の前の地面をじっと見下ろした。
なまえは花京院の言葉に思考の処理が追いついていないらしく、ぼうっと口を開いて花京院を見上げている。
瞬間、花京院の言いたいことがわかったなまえは慌てたように声を発した。
「そ!んなことないよ!!」
焦った故の大声に驚いたなまえは急いで自身の口を両手で抑え、それから普段の音量に戻す。
「あれはほら、仕方なかったことだし…」
「……だけど」
なまえの首を、温かい体温がなぞる。
なまえは突然のことに驚いたが、花京院のなんともいえない表情に、何も言えなくなり開きかけた口を閉じた。
花京院の手は優しくなまえの首を撫で、なまえはそのくすぐったさに花京院の手にそっと触れる。
「あ、ご、ごめん」
花京院は意識的にそうしたのではないらしく、酷く焦ったようになまえの首から手を離した。
なまえは涼しくなった首に軽く触れ、花京院を見上げる。
「もし怒るなら花京院くんに対してじゃないしさ。ね?」
DIOの"肉の芽"の影響によって、承太郎の敵となった花京院。
ただしなまえは花京院が承太郎と戦う前に操られていたため、その際の記憶は無い。
よってあの"悪"と化した花京院を実際にこの目で見たわけではないのだ。
勿論、喉を傷つけられた際の記憶も無い。
「でも、名字さん。僕のこと少し避けてないかな」
「!」
なまえは花京院の言葉に驚く。
それは図星をつかれたからというわけではなく(多少はその理由もあったが)、花京院が"そういったことを気にしている"ことに対してだった。
花京院は勿論承太郎たちの"仲間"であるが、なまえは自分がその"仲間"に入っているとは考えていない。
だからこそ、もし自分がそのうちの誰かを避けていたとて、誰も何も気にしないだろうと考えていたのだ。
しかし花京院はその一言を口にした。本心はどうあれ、少しでもこの状況を改善したいと思っていなければ口にすらしないその言葉。
「あー、えっと」
なまえはすぐには答えられなかった。そして、それは花京院の言葉を肯定することになる。
それをなまえも知っていたし、だからこそ言葉を選ぼうと忌々しい黄色を思い出す。
「避けてる、というか、……ラバーソール。戦ったでしょ?」
「?」
花京院はラバーソールを知っている。
だからこの疑問はその人物に対してではなく、"どうして今その名が"というほうだろう。
「あの人が花京院くんに化けてたから、ちょっとなんていうか…」
なんて言えばいいのだろう、となまえは花京院の顔色を窺う。
といっても直接目を見れるわけもなく、視界の隅にいる花京院を気にしているだけである。
まさか"トラウマ"とは言えまい―――どうにかしないと、となまえは頭をフル回転させた。
「警戒している、ってことか」
「え。ち、ちがうよ」
「でも全くの無防備ってわけでもないだろ?」
「それは…」
こういう状況でもあるし、学校が同じだった承太郎はともかく花京院とポルナレフ、そしてアヴドゥルに関しては初対面にも近い(承太郎も全然関わってないので逆に気まずいが)。
そんな相手に全くの無防備であるのはどうなのだろう、となまえは困惑の表情を浮かべた。
「警戒するに越したことはないだろう。そんなの僕だってしてる」
花京院はなまえの方を見ないでそう言った。
「完全に安心されてもこっちとしては複雑だからね」
「…………?」
なまえは花京院の言いたいことがわからず、首を傾げる。
だが花京院は詳しく言うつもりはないらしく、なまえへ微笑みを落とした。
「その意識の仕方が変わってくれると嬉しいんだけど」
花京院の歩く速度が速くなる。
なまえは花京院の言葉がわからずそんな後ろ姿を見ていたが、承太郎たちの背中が先ほどよりも大分近くなっていることに気付き、小走りでその背中に駆け寄った。
君には言わない
君の好きなとこ
(今は見ていることしかできないけど)