(暗殺チーム)

先程まで陽の光が道路を照らしていたというのに、いつの間にか辺りは薄暗くなっている。
夜に変わろうとしているのではない。真上を見上げれば、光は確かにそこに存在した。
なまえは視線を前に戻す。両手を広げただけで隣同士の建物どちらにも触れるほど狭いここは、路地という言葉がピッタリだった。

「…………迷った」

なんだここは、と来た道を振り返るが、そこにも既に薄暗い道が続いている。
安心院に『イタリアに行きたい』などと言ったのが間違いだったか、となまえはとりあえず歩くことにした。
少し歩けば、光が大きくなる。眩しさに少し目を細めながら歩き、光に包まれた此処で立ち止まって目を慣らしてみれば、見事に通りに出た。
イタリアの地形など全くわからないなまえにとって迷っていることは変わらないが、先程の路地よりは良いだろうと再び歩き出す。

「どうかした?」

なまえが一番最初に会ったのは変な服装をした金髪の男だった。
柔らかい物腰に気を許しそうになるが、その異様な服装が妙に似合っている彼が"普通"ではないことくらい、いくらなまえでも理解できる。
なまえに気が付く前にいじっていたパソコンは見るからに古そうで、どうしてわざわざそんなものを持っているのだろうと疑問に思ったが、こういうのが好きな人もいるのかもしれないと気にしていないフリをした。

「ちょっと迷っちゃって」

「ああ良かった。イタリア語が通じるみたいだね。どう?質問に答えていかない?」

そう言うと男はカタカタと古いパソコンをいじっていく。
なまえはなんだか気味が悪かったので「大丈夫です」とだけ答えてその場を去る。

「おい、そこで立ち止まるな」

二番目に会ったのはいかつい髪形をした男だった。
しかしなまえは「硬式テニスのボールみたい」とそのオレンジ色の頭を見上げる。間違っても言葉にはしなかったが、男はなまえをじっと見下ろす。

「そこは猫たちが集まる場所だ。さっさとどけ」

「あ、うん」

なまえは安心院のスキルのおかげでイタリア語がわかるようになっていたし、喋ることだって出来る。
しかし恐い人とは関わりたくなかったので、猫好きなのか訊くこともせずその場をそそくさと立ち去った。

「こんなところに日本人とは珍しいな」

三番目に会ったのはスーツを着こなす金髪の男の人だった。
その隣には不思議な髪形をした少し若い男の人が立っていて、なまえはアンバランスな二人に首を傾げる。

「ここら辺は物騒だから観光に来たなら元の道を引き返すこった」

「兄貴の言う通りだぜ」

兄貴と言う割に似てないな、などと二人の顔を見比べていたなまえだったが、今来た道を戻るとなると先程の二人に会うことになるのでそれは避けたいと首を横に振った。

「へえ。度胸があんのか馬鹿なだけか…じゃあ俺が案内してやろうか?」

綺麗に口端を上げる男が、なまえへ右手を差し出す。
兄貴と呼んだ男の方に動く気配は無かった。
なまえはしばらくその男の右手を見下ろしていたが、「大丈夫」とだけ答えると、二人の横を通り過ぎる。
後ろから腕を掴まれるかと警戒したが、特に何事も無くなまえは道を歩くことが出来た。
しかし後ろが気になり振り返る。

「……………あれ?」

既にそこに先程の二人の姿は無かった。
そういえば通りに出たはずなのに人の気配が全然無いな、と顔を前に向けて。

「う、わ!」

前を向かないまま歩いていたからか、目の前に大きな鏡があることに全く気付けなかった。
あまりスピードを出して歩いてはいなかったとはいえ、寸でのところで立ち止まれるはずもなくなまえは鏡にぶつかる、と急いで目を閉じる。

「………………?」

しかし一向に来ない衝撃に、なまえは恐る恐る目を開いた。

「…鏡……」

先程あった鏡が見当たらない。
後ろを振り返っても前を向いても、左右を見てもどこにも鏡は見当たらない。

「?」

それ以外にも、なまえの頭に疑問符が浮かんだ。
今辺りを見回したとき、店の名前が左右……

「ちょっと」

「!」

後ろから声がかかる。
驚いて振り返ってみれば、そこにはあまり長く無い髪を複数に結っている男が立っていた。

「もっとなんか無いの?困惑した表情浮かべるとかさ」

「何の話?」

「はあ。つまんない。日本人ってこうなの?」

まあいいや、と呟いて男はなまえが向いていた方向とは逆へ歩きだしてしまう。
一体何だろうと思い、一瞬変な感覚がしたが、ふと気付けば目の前に鏡。
今のは夢だったのだろうかとなまえは再び歩き出す。

「………雨」

ポツリ、と自分の頭にあたった滴に顔を上げた。
しかしそんなことはせずともすぐに他の雨粒たちが落ちてきたため、なまえは慌てて近くの店の前へと走る。
少し出ている屋根の下で立ち止まり、雨が止むのを待つことにした。
傘を買ってもいいのだがイタリアの通貨など持っていない。
早く止んでくれないだろうか、と空を見上げようとして隣に人がいることに気付いた。

「(…いつの間に)」

チラリと横を盗み見てみれば、赤ふちの眼鏡をかけた水色の髪の男が立っている。
少し猫背なのか背を丸くしていたが、空を睨みあげている様子をみると考えることはなまえと同じらしかった。

「……『雨に降られる』ってよぉ…」

一瞬、なまえは自分に話しかけられているのかとそちらを向いたが、未だに男は空を見上げていたので一人言かと視線を戻す。
しかし一人言にしては大きな声だ。しかも、周りも気にせず言葉の続きを口にした。

「『雨が降る』ってのは、わかる。スゲーよくわかる。水蒸気が集まって出来た雲が冷えれば氷の粒になって重みで落ちてくる…それが溶けて雨になって降ってくるのはよくわかる」

そういう仕組みだったのか、となまえは中学生理科(もしかしたらそれ以下かもしれない)の基本であることを男の言葉で理解する。
雨はパラパラと空から降り注ぐ。屋根から少し顔を出して空を見上げれば、容赦なくそれらはなまえの顔を濡らした。

「だがよ……」

瞬間、隣に立っていた男の雰囲気がガラリと変わる。

「『降られる』って部分はどういう事だああ〜っ!?雨は『降る』もんだろーがよーッ!!雨が降るか降らないか自分で決めてるわけねーだろうがッ!!ナメやがって、この言葉ァ、超イラつくぜぇ〜ッ!!」

突然の怒鳴り声。しかしそれは自身に向けられているわけではないことを、男の目線でなまえは知る。
完全に自分の世界に入り、何の脈絡もなくキレ始める男に、なまえは自然と距離を置いた。
そしてその一歩を踏み出した勢いで、その屋根の下から他の店の屋根の下へと逃げるように軽く走る。
後ろで何かを殴りつける音がしていたが、なまえは恐ろしくてその音が聞こえなくなるまで後ろを振り返ろうとは思わなかった。

「傘、無いのか」

音が聞こえなくなった場所で息を整えていると、声をかけられたのでなまえは後ろを振り返る。
黒い服を着た男と、白い服を着た男が立っていた。
二人とも傘を持っていて、やはりそれも服と同じ色である。

「お金持って無くて」

「観光客か」

「盗まれたのかな」

傘が買えないということを伝えると、二人は顔を見合わせた。

「俺の傘をやろうか」

と、黒い傘が差し出される。
しかしそれではどうするのだ、と未だに降り続いている雨を見つめる。

「僕の傘に入るから大丈夫」

当然だとでもいうように、白い傘の男は頷いた。
それはそれでどうなのだろうとなまえは首を傾げる。
なまえが不思議そうに見ていることがわかったのか、男たちもまた困惑した表情を浮かべた。

「傘はいるのか?いらないのか?」

黒い男が訊く。なまえは首を横に降った。

「まだ屋根はたくさんあるし」

「変なことを言うな」

「雨止むといいね」

白い男がこちらに手を降る。結局、二人は別々の傘で歩いて行った。
なまえは二人の後ろ姿を見送ると、濡れないよう少し駆け足で屋根の下を歩いて行く。
ふと顔をあげれば、すでに雨は止んでいた。
まだ太陽の光はあるので虹がかかるかと空を見上げたが、見つからない。
雨が降ったからか、急に寒くなってきた。
なまえは歩く速度を元に戻すと、少し先に人影があることに気付く。
そういえば道に迷った時は誰かに聞けばいいと鍋島が言っていたな、となまえはその人影に近付いて行った。
人影はなまえが近付いてすぐなまえの存在に気付いたようで、振り返ってなまえが近付くのを待っている様子である。
なまえは立ち止り、その人影をまじまじと観察した。

「……………………」

何も言わない男は、なまえが思っていたよりも背が高い。
白目と黒目が反転したようなそれは、無表情と相まって何を考えているのかが全くわからなかった。
誰もが彼に声をかけるのを躊躇うだろう。しかし、なまえは特に何も考えず男へ口を開く。

「あー………」

しかしどこへ行けばいいのかもわからない。
口を開いたので何か話さなくてはと今になって考えるなまえだが、なまえの頭で何かうまくこの状況を乗り切れる言葉が出てくるはずもなく。
男と目が合ったまま、なまえは口をパクパクとさせた。

「……………この先に警察署がある。そこで道を訊いた方が早いだろう」

あまりオススメはしないがな、と付け加えられた言葉になまえは首を傾げるが男はそれだけ言うとなまえの横を通り過ぎてしまう。

「…………………?」

微かに血の匂いがしたような気がしたが、気のせいかとなまえは振り返ろうとするのをやめて男が言った道へ歩き出した。
再び路地。
空を見上げれば、うっすらと赤みがかっている。
かなりの時間を消費してしまった、となまえは光に向かって急いで走って行った。


可愛い子には旅をさせよ


(旅をさせるスキルでのイタリアは楽しかったかいなまえちゃん)
(恐い人いっぱいいましたよ安心院さん)
(ああ…まあそりゃ"彼ら"はそうだろうね)
(…?でも楽しかったですよ)



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