(紫木一姫)
※目高原作と戯言原作の時系列無視してます

「あなた、誰かに似てるって言われませんか?」

既に辺りは暗くなっていた。
部活動も委員会にも入っていないなまえは学校の帰りに少し本屋に寄って帰ろうとぶらぶらしていただけなのだが、冬のこの時期、時間が早くともすぐに辺りは暗くなる。
しかし街灯はその暗さに反応していない。
だからか、なまえは道の真ん中に少女がいることに、今の今まで気付かなかった。

「……えーっと、誰?」

背はなまえより幾分か低い。
そのショートヘアーには大きな可愛らしい黄色のリボンがついており、学生なのか制服姿である。
なまえはその子を知らなかった。初対面だった。
なまえの名を呼ばず三人称で呼んだ少女もまた、なまえのことなど知らないのだろう。
それなのにどうして声をかけたのか。

「一瞬、"こっち"の世界の住人かと思ってびっくりしちゃったじゃないですか。鳩が水鉄砲くらったような気分でしたよ」

「虐待だよ」

なまえは、少女の制服には似合わないその手袋に目がいく。
冬なので寒さ対策だろうかと思ったが、あんな可愛らしいリボンをつけている少女がどうしてあんなゴツい手袋をしているのだろうと次々に疑問が浮かんだ。
しかし少女に問うたところで、その答えが返ってくることはないだろう。
それに、問う必要も無い。
なまえも少女も、なんとなくではあるがお互いに感じ取っていた。
・・・・・・
目の前のコレは――――"普通"じゃない。

「でも、本当にこっちの"世界"の人じゃないんです?」

「………?何の話?」

「だって、だってだって、あなたみたいな人がそっちにいて良いなら、わたしだってそっちにいても良いじゃないですか」

少女のぼんやりとした空洞は瞬間、泣きそうな色で溢れ返る。
なまえは表情を変えなかった。
声を震わしながら口を精一杯動かしていたが、しかしそれでも、少女の目は空っぽだったのだ。

「…えーっと、」

「……紫木一姫です。姫ちゃんでいいですよ」

「名字なまえだよ。なまえ先輩でいいからね」

「先輩をつけるのは確定ですか」

「目の上のこぶって言うでしょ」

「痛そうです」

そう目をぎゅっとつぶる一姫だったが、その両手で目を覆うようなことはしない。
何かを持て余すような、しかし何も持っていないように見えるその手をなまえは多少気にしていたが、しばらく観察しても"気になる理由"がわからなかったため、視線を一姫へと戻した。

「それは無理なんじゃないかな」

「え?何がです?こぶですか?」

「こぶの話なんか誰もしてないよ?」

「い、今あなたが、」

なんという白々しさだ、となまえの発言に若干引いている一姫を余所になまえは言葉を続ける。

「姫ちゃんがこっちにいることが」

なまえの言葉は、夜の闇によく響いた。
否、時間的にはまだ"夕方"の範囲だ。未だに街灯はつかない。
なまえは一姫の表情を窺おうとした。が、暗闇の中で俯いてしまった彼女の表情など伺う術をなまえは持っていない。

「ここが屋外で良かったですね」

「?何の話?」

「間違ってもこぶの話なんかじゃないですよ」

先程のなまえの返しを根に持っているのか、一姫はそう静かに言葉をこぼす。

「わかってますよそんなこと。骨の髄から染みついてますよそんなこと。でも、でもでも、どうしてあなたにそんなことがわかるんですか。なんであなたにそんなことを言われなきゃいけないんですか」

「私がこっちにいることが、そんなにおかしい?」

「当たり前じゃないですか。おかしいですよあなた。名字なまえとかいう立派な名前を持ってますけど、おかしいと思わないんですか?周りをよく見て、何も気付かないんですか?自分がその世界にどれだけ相応しく無いか、全然わかんないんですか?」

まだ夜で無いとはいえ、季節は冬。風が無いのが有難いが、外と言うだけで酷く寒い。
しかしなまえは自分が感じている寒気が冬のせいだけではないと薄々気付いていた。
一姫となまえは似ていない。住む世界が違えば、置かれている環境も違う。
それでも、一姫はなまえの異常がわかっていた。その異様な存在を感じていた。

「もう、わけわかんないですよ。何考えてんですかみんな。どうして姫ちゃんは、わたしは、こんなんなんですか」

「…もう諦めなよ」

「へ、あき、え?」

「何に頑張って何に耐えてるのか全然一ミリも私にはわからないけど、そんなに辛いなら諦めるもの選択肢のうちだよ」

「っ、っ、、」

一姫は、言葉が出なかった。
一体目の前の人間のような形をしているこれは、今何と言った?
『諦めなよ』…諦めなって、何を?

「なんですかそれ。なんなんですかそれ。全然一ミリもわかってないくせに、よくそんなことが言えますね。諦めろ…諦めろってなんですか?私は今を必死に生きてるんですよ。あなたへのこれだって、八つ当たりなんかじゃない。当然の怒りです。あなたはおかしい。きっと皆だってそう言うはずです」

紫木一姫は名字なまえの存在を否定したかった。
自分が今まで生きていた世界を全否定されるようななまえの存在を、認めるわけにはいかなかった。
不満でも不便でも不幸でも不快でも、必死に生きてきた自分の世界を、失いたくなどなかった。
それでも、ダメだった。
頭なんか良くないというのに、一姫は、あの学園の外にもきちんとした世界が広がっていることを、どうしようもなく理解してしまった。

「どうです?自覚しました?」

「……ううん。難しいことはわからないから」

一姫の問いに、なまえは首を横に振る。

「姫ちゃんは随分空っぽだね」

「なまえ先輩は幾分ちぐはぐですね」

なまえの言葉に、一姫は短く笑うだけだった。
一姫の言葉に、なまえは何も答えなかった。

「わかってますよ。大丈夫です」

紫木一姫という"空洞"は、なまえの心で自身の"空洞"を満たす。
その結果、少女が――――後に"病蜘蛛ジグザグ"と呼ばれることになる曲絃師シグナルイエロー紫木一姫が、自然と無意識に本能のまま取る行動は1つ。
"名字なまえという存在"を"脅かすことが出来る存在"になること。

「『誰も僕を救えない』」

街灯が点灯する。
そのことに気を取られ、なまえは一瞬一姫から意識をそちらへ動かしてしまった。
慌てて目の前に視線を戻したが、既に彼女の姿は無い。
なまえはしばらくその場所をじっと見つめていたが、闇が動く気配は無かった。
お互いがお互いにもう二度と会いたくないと再認識したところで、なまえはようやっと家までの道を歩き出した。


ジグザグに崩壊


(ねー知ってる?あのお嬢様学校、廃校になったんだって)
(え、マジ?なんかあったの?)
(わかんないけど誰か死んだとかどうとか…)



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