(球磨川禊)
「球磨川くんって、女の子にモテるよね」
「『は?』」
生徒会員である球磨川以外に唯一登校してきている三年−十三組の生徒である名字なまえが突然変なことを言うので、球磨川は二つの意味で驚き間抜けな声を出してしまった。
1つは、クラスメイトとはいえあまり喋らないなまえが話しかけてきたこと。
そしてもう2つは勿論、なまえが言った言葉の内容である。
「『おいおいなまえちゃん、まさかとは思うけど僕に喧嘩売ってるのかな?女の子には手を出しても上げない僕だ。素直に謝ったら許してやるぜ』」
「売ってないよ。感心してるの」
だってさ、となまえは席についたまま笑みを浮かべる。
「球磨川くんのこと気にかけてる女子、結構いるみたいじゃん。前の高校とか中学生とか…おお。他にも結構いる」
「『………そういえば訊いたこと無かったけど、なまえちゃんってどんなマイナスなんだっけ』」
「別に。球磨川くんのに比べたら取るに足らない残念なものだよ。気にしないで」
そこまで言われて気にしないことなど出来るはずもないだろう、と球磨川は困ったように視線を名字から逸らした。
「『そういうなまえちゃんもクラスで1位2位を争うくらいモテそうだよね。まあクラスがクラスだから登校してくる奴がいないのが現状だけど』」
お返しとばかりに笑顔を向けたが、なまえにはその言葉も笑顔も効果を発しないらしい。
なまえは相変わらず笑っていて、球磨川はなんだか居心地が悪く感じてきた。
しかしもしなまえが言うことが本当なら球磨川にとっては死んでもいいくらいに幸せなことである。
今まで女子どころか誰からも好かれたことなど無い。
それを考えて、球磨川はあまりにも自分に縁がないことなので頭をクラクラさせた。
「『も、もしそれが本当なら別に僕にその人たちのことを教えてくれたっていいんだぜ。別に会いに行くわけじゃないが、何かあったときのためにさ』」
「絶対ヤダ」
良い笑顔でそんなことを言うものだから、球磨川は笑顔のまま固まる。
今自分が発言した言葉に対し顔に熱が集まるのがわかるが、自身のプライドのためにも気付かれないよう球磨川は目をキョロキョロとさせた。
「『あ、あはは、そんなことだろうと思ったよ。別に僕は教えてもらいたいわけじゃないんだけどなまえちゃんを試したのさ。今のご時世個人情報は大事だから』」
「わざわざライバルに塩を送るなんてことをするような良い人じゃないからねー私」
あはは、となまえは楽しそうに笑う。
彼女はいつもそうだと球磨川は顔に集まる熱を"無かったこと"にして静かにため息をついた。
あまり自分と話す機会は無いが、担任である彼と話しているのをよく見かける。
「『あれ?』」
球磨川はふと、こちらから視線を逸らさないなまえに首を傾げた。
「『ん?あれ?えっと?……今、塩を塗りこむって言った?』」
「言ってないよ」
学校に登校しておいてその学力は無いよね、となまえはケラケラ笑う。
球磨川はなまえの方へ歩いて行くと、そのままなまえの前の席へ座った。
他には誰も登校して来ないので、ここが誰の席なのかなんてことは球磨川にもなまえにもわからない。
しかしどうせ登校してこないのだ。ここが誰の席であれ関係無いだろう。
「『ライバルって、どういう意味?』」
「そのまんまの意味だよ。球磨川くんってモテるね」
そのままの意味。
球磨川は考える。否、考えなくともわかることだ。
しかしこのような経験の無い球磨川は自分の勘違いじゃないかと、再び恥をかくことを恐れる。
酷くプラスの気分だったが、それ以上に間違った場合のマイナスが大きすぎる。
「『…言ってくれなきゃ、僕はわからないし納得しないぜ』」
「言っても納得してくれないんじゃないの?冗談だとか嘘だとか言って」
「『僕が嘘つくように見える?』」
「球磨川くんって面白いね」
直接話すと更にね、と球磨川の戸惑いも余所になまえは自分の言いたいことだけを言っていく。
「私もマイナスである前に女の子だからね。色々夢見てるんだよ」
「『夢?』」
そうは言うが、なまえはマイナスらしく諦めたように笑みを零す。
そんな夢は一生叶わないと、マイナスであるが故の努力の挫折。
「少女漫画的展開とか」
「『…僕は少年ジャンプしか読まないからわかんないな』」
「ならいちご100%とか読まなかった?」
「『読んだよ。単行本も家にあるぜ』」
今度一緒に読む?、などと女子相手にそういうことを言うのは相変わらずである。
なまえは笑顔で首を横に振っていたが、その誘いに関してはまんざらでも無いようだった。
「『…なまえちゃんは知らないかもしれないけど、僕には彼女がいたことがある』」
「うん。可愛らしい顔立ちだったね」
「『それに、小さい頃に出会った女の子のことが好きだったこともある』」
「うん。万能で素晴らしい子だよね」
なまえの目はじっと目の前の球磨川を見つめている。
人に、ましてや女子にそんなに見つめられたことのない球磨川はどうしていいかわからず目を泳がせた。
「好きだよ、球磨川くん」
「『待って。待って待ってストップ』」
なまえの突然の告白を、球磨川は両手を振って制止する。
それにしては制止が遅かったのでなまえが全て言ってしまったあとだったが、球磨川は深く息を吸って静かに吐いた。
いつの間にか持っていた螺子をなまえの机に深々と刺すと、いつもの笑みを浮かべる。
「『今のは"無し"だ。なまえちゃん』」
「どうして?」
首を傾げるなまえは、純粋に球磨川の言葉を理解していないよう。
残念そうな表情を浮かべていないことからして、自分の告白を受け入れてもらえるとは思っていないようだった。
深々と自分と球磨川との間に突き刺さる螺子を見ようともしない。
「『夢見る乙女なんだろ?なまえちゃんは』」
「その言い方はなんか恥ずかしいね」
そういうつもりでは無かったのだけど、とそこで初めてなまえは球磨川から視線を逸らす。
球磨川はこの方が見つめやすいと何も言わなかったが、なまえがすぐに視線を球磨川へ戻したのでまた目線を螺子へ落とした。
「『一度しか言わないからよく聞けよ、なまえちゃん』」
「え、なんて?」
「『一度しか…おい』」
ケラケラと笑うなまえにからかわれていると知る球磨川だったが、不思議と嫌な気持ちでは無かった。
去年とかは即刻螺子で刺していたのに僕も成長したものだなどと場違いなことを思いながら、球磨川は気持ちを切り替えて口を開く。
「『好きだぜ、なまえちゃん』」
「……へえ」
「『…人が一世一代の告白をしているというのに君ってやつは』」
ふう、と呆れたようにため息をつきながら球磨川は机から螺子を抜く。
それはなまえが気付いた頃にはすっかり姿を消していたが、球磨川禊はきちんと前にいる。
色々夢を見ていたが、これは夢ではなく現実なのか。
「………私も好きだよ。球磨川くん」
「『そこは名前で返すもんだろ?』」
「そんな。まずは交換日記から始めようよ」
「『そんなに待ってられるかよ。高校生だぜ?』」
好きなのは嘘じゃない
(とりあえず僕と恋をしようか)