(バレンタインデー組/拍手文)


9時00分

毎回ピッタリ同じ時間というわけではないが、なまえはいつもと同じくらいの時間に箱庭学園の校門に辿りついていた。
3月14日月曜日。授業の開始時刻は9時なのでこれでも早い方だとなまえは思っていたが、部活動の朝練を行っている生徒達がちらほらと見受けられる。
しかし剣道場は静かなんだろうな、と校庭で走るサッカー部を横目に、なまえは建物内へと足を踏み入れた。

「この学園は下駄箱が無いというから実に困ります。丁度いい感じの靴を探すのにも一苦労ですよ。しかしまあ手紙ならまだしも食べ物を靴箱に入れるだなんてむしろいじめじゃないかという感じなので私は一切そんなことはしませんし、むしろ手紙ですら靴箱にいれるなんて汚いと思いませんか?だから私は靴箱に手紙などは一切いれないでくれって周りに言ってるんですよ。なので私は一切そういったものを貰ったことはありませんがまあ靴箱がとても綺麗だったら入れるのを許してあげてもいいんですけどそんなことはありませんからね」

「鶴喰くん。早いね。おはよう」

「はい。おはようございますなまえ先輩」

鶴喰鴎の饒舌なんてものは無かったとでも言うように、なまえはじっとこちらを見下ろす鶴喰を見上げて朝の挨拶をする。
鶴喰もそんななまえの反応に特に思うところは無かったようで、いたって普通に返事を返した。

「ああそういえば今日はホワイトデーとかいうやつのようで私は全然ちっともそんなこと気付いていなかったんですけど朝たまたまサッカー部の奴らが登校してきたときにそんな話をしてるのを耳に入れましてそういえばなまえ先輩にバレンタインデーでチョコレートを頂いたななんてことを偶然思い出したので一応お返しはしておこうかと思って今そこのコンビニで買ってきました」

「うん?ありがとう鶴喰くん」

この近くにコンビニなんてものがあっただろうかと首を傾げ、しかし彼が行ったと言っているのだからあるのだろうとなまえは鶴喰に差し出されたものを受け取る。
丁寧にラッピングされた小さすぎず大きすぎない立方体の箱はどう見てもコンビニで売っているようなものどえは無さそうだったが、なまえは特に突っ込まず潰さないよう鞄の中へ入れた。

「あれ。名字先輩。早いですね。おはようございます」

「人吉くん。おはよう」

名を呼ばれなまえが後ろを振り返れば、そこには学生鞄と見た目のいかつさには似合わない可愛らしい小さな紙袋を持った人吉がゆっくりと校舎内に入ってくるところだった。

「バーミーも。学校来てたんだな」

「当たり前だろヒートー。登校は学生の義務だ」

自分は十三組ではないし、と斜め上を見ながら肩をすくめる鶴喰。
そんな鶴喰をいつものことだと流し、人吉は手にしていた紙袋をなまえへと差し出す。

「先輩。これ、バレンタインのお返しです。ありがとうございました」

「え?いいの?ありがとう」

差し出された紙袋をなまえは嬉しそうに受け取り、中を除く。
それも先程貰った箱のように綺麗にラッピングされており、どこかそういう店で買ったというのがわかる。

「言っておくけどヒートー」

視線を斜め上からなまえが持つ紙袋へ下ろしていた鶴喰が、無表情のままそう言葉を零した。

「先にあげたのは私だからな」

「…?何の話だよ」


12時40分


「じゃじゃーん、なまえちゃん。君にプレゼントがあるんだ」

「そういうのって効果音と一緒に出すものじゃないの?」

「なまえちゃんにしては的を得たつっこみだね」

突然謎の効果音を口にしながら真黒は弁当を片すなまえへ話しかける。
日之影も真黒も既に食事は終えていて、何事だろうかとなまえは真黒を見た。

「はいこれ。僕の妹のフィギュア」

「え、いらない」

「冗談だよ。欲しがってもこれはあげられない」

「だからいらない」

なまえは間髪いれずに首を横に振るが、真黒は気にしてないのか気付いてないのかそのフィギュアを鞄にしまい、一冊のノートを取り出した。
というかなんで妹のフィギュアなんてものを持っているんだという表情でなまえは真黒を見つめていたが、きっと自作だろうと日之影は答えを導き出してドン引きを通り越して呆れている。

「…これは?」

「そう警戒しなくても変なのじゃないよ。なまえちゃんのここ半年のベストショットが記録されてるだけ」

「十分変なものだよ」

嫌々ノートを受け取り、中身をパラパラとめくるがどう見ても盗撮じみたそれを見ているのが怖くなり、しかし自分の写真を真黒の手元に戻すわけにもいかず渋々鞄へ押し込めた。

「というか、なんでこれを?」

「そこらへんはなまえちゃんらしいね。ほら、今日はホワイトデーだろ?バレンタインデーのお返しさ。まあ僕はなまえちゃんの手作りお菓子を食べて半月ほど歩くことが出来なくなったわけだけど」

「日之影くんは学校来てたよ」

「僕のにだけ毒でも盛ったの?」

「……………………」

「何か言ってよ」

もしかして本当に入れたの?などと真黒が焦ったように詰め寄るが、なまえはふと日之影の視線が気になりそちらを見上げた。
なまえが自分の方を向くとは思っていなかったのか、日之影は少し驚いたように目線を逸らす。

「あー、お前がどんなのが好きなのかわかんなかったからお返しは買わなかったんだ。そのかわり明日昼飯奢るってのはどうだ?」

「あ!私、学食で食べたいものがあるんだよね。飯塚くんオススメのやつ」

「飯塚?」

あの委員長か、と真黒が先程の焦りはどこへやらでなまえの口にした人物を思い浮かべる。

「まさか変なものじゃないだろうね?」

「そんな変なもの学食で出すのかな」

「この学園は変わってるからあってもおかしくは無いけどな」


16時20分


「『あ、なまえちゃん!僕が一カ月かけて作ったチョコレートエプロンをぜひ裸で着「黒神ファントム!」

「……………えーっと、」

お断りしておくね、となまえはめだかによって一瞬で姿を消した球磨川へ呟いた。


16時21分


「なんかさっき黒神の奴がものすごい勢いで通った気がしたんだが」

「そうか?僕には何も見えなかったぞ」

普段この学園に登校していない十三組が学園内の廊下を歩いているというだけで珍しいのに、それが二人並んでいるというのだからかなり貴重な光景だろう。
そのため此処に来るまでに普通組や特例組にまでジロジロと観察された二人だったが、やはり二人に近付こうとする者はいなかった。

「あれ。高千穂くんと宗像くん」

「なまえか。丁度いいとこに」

しかし、廊下の角を曲がった二人になまえは平然と話しかける。

「授業ならもう終わっちゃったよ」

「授業を受けにきたわけじゃねーよ」

「……その紙袋」

なまえの言葉に高千穂が首を横に振った。
しかし宗像はなまえの言葉よりもなまえが持っている小さな紙袋に気を取られているらしく、小さく言葉を零す。

「どうしたんだ?」

高千穂は、宗像の殺気が強まっていることに気付いた。
フラスコ計画で長い間一緒だった高千穂だからこそ宗像から普段溢れ出ている膨大な殺意の変化に気付いたが、なまえは恐らく気付いていない。
そのまま宗像の疑問に答えようと紙袋を少しだけ掲げた。

「あ、これ?人吉くんから貰ったんだ」

「人吉ってーと、えーっと…ああ。宗像の友達の」

「……なんだ。そうか。そうなら早く言ってくれ。僕の友人からのものなら構わない」

「?」

なまえは宗像の言葉に首を傾げるが、高千穂は「わかりやすすぎるだろ」と苦笑いを浮かべる。
その際ナイフが何本か飛んできたが、いつものように高千穂はそれを避ける。

「ほらよ。バレンタインのお返しだ」

「わあ。無難なコンビニお菓子だ」

「無難って言うな」

学生らしいだろ、と笑う高千穂になまえは「ありがとう」と微笑みながらそれを受け取る。
コンビニお菓子といえど季節限定の文字があるからして、高千穂なりに一応選んではいるのだろう。
そして、宗像はというと。

「所持には許可が必要だけど理事長がそこらへんはなんとかしてくれる」

「なにこれ」

「…45口径ハンドガンだ」

「あぶねえな!!」

宗像がなまえへ差し出したハンドガンを、高千穂が慌てて奪い取る。
突然のことに驚いたなまえと、何故か不満そうな表情を浮かべる宗像がそんな高千穂の方へ顔ごと視線を向けた。

「んなもんあげるな!お菓子とかにしろ、お菓子とか」

「…Atlas45じゃなくデザートイーグルならいいか?」

「銃の種類の話じゃねえ!!」

高千穂は撃たれることはあっても触れたことなど無い銃を持った焦りから、どうしたものかと落ち着きが無い。
かといって宗像に返したとしても再びなまえの手に渡ってしまうかもしれないし、それでまた自分がその銃を取るというやり取りをしている間に弾が飛び出たらどうするんだ、と手に汗をかく。
保険委員がいるとはいえ、かなりの大問題になるだろう。

「まさか高千穂お前、自分だけなまえにお返しをあげて抜け駆けする気か?」

「ちげえよ!食べ物にしろっつってんだ俺は!」

「なまえから貰った銃は食べたが」

「え」

「え」

「冗談だ」


16時57分


「どうしたなまえ。偉大なる俺に何か用か?」

「バレンタインデーのお返しを貰いにきたよ」

「なんだそれは」

首を傾げながら、王土は椅子に座ったままなまえを振り返る。
フラスコ計画は現生徒会長により廃止されたとはいえ、王土はこの部屋を偉く気に入っているようで、たまに姿を現してはこの部屋にいた。
勿論コンピューターは起動しておらず、しかし相変わらずこの部屋は寒い。

「バレンタインデーに物を貰ったらそのお返しを今日しなきゃいけないみたい」

「…そうか。で、何が欲しい?偉大なる俺が質問に答えることを許そう」

「うーん、そうだな」

いくらなまえが相手とはいえ、王土は自分が何かを与える必要が無いと考える"他人"にプレゼントをする気は無かった。
ただ、久々に会ったなまえと少し会話でもしようと質問をしてみただけなのである。
それを知ってか知らずか、なまえは首を数秒傾げ、何かを思い出したように「あ」と短く声をあげた。

「砂遊びしよう」

「は?」

「ね?私と砂遊びして」

なまえの欲しいモノ…というより願いに、王土は驚いたように声をだす。
欲しいものと聞いたというのになんだその答えはと呆れそうになったが、相手はジュウサン。こんなことでいちいち呆れるものおかしい話だと笑みをこぼしながら立ちあがった。

「いいだろう。それじゃ、行くぞ」

「ありがとう。あ、エレベーター動くようになった?」

「……………故障中だ」

自分の異常性で動かせるのではないかと考えた王土が朝にエレベーターを壊したのは彼だけの秘密である。


23時50分


「プレゼントを持ってきたぞ」

「うわ!びっくりした」

夜中なかなか寝付けずにいたなまえは自分のベットの上でゴロゴロと時間を持て余していたわけだが、突然窓が開いたと思えば聞き覚えのある声がするものだから、驚いて飛び起きる。
気付かない間に現実が夢にすり替わっていたのだろうかと目を開いたり閉じたりするが、そんなことはない。
きちんと現実である目の前に、糸島軍規が立っていた。

「………な、何してるの」

「ん?ああ、言い忘れてた。お邪魔します」

「どうぞどうぞ…じゃなくて。いま夜だし窓からだし……」

軍規の足元を見てみればきちんと靴は脱いでいるようで裸足だった。
問題はそこではないが、いくらなまえでも突然のことにまだ状況が理解出来ていないらしい。
何か言葉を喋ろうとして口をパクパクさせるだけで、何も言葉が出てこなかった。
しかし軍規は何もおかしいことは無いかのように言葉を続ける。

「なんというか、あまり色気の無いパジャマだな」

「ほっといてよ…」

こんな夜中に人がたずねてくることなど考慮しているはずもない。快適さ重視だと、なまえは軍規の言葉にため息をついた。

「ていうかプレゼントって?」

本題はそれではないのか、と軍規がかついでいる白い袋を指差す。
軍規はなまえの言葉にそういえば、と肩にかついでいた袋をドン、と勢いよく床に置いた。

「漫画だ。タイトルは…なんだったっけな。なまえが読んでみたいと言っていたようないなかったような、そんなものだ」

「なにそれ……」

確かに漫画を読むのは好きだが、そんな得体のしれない方法で漫画を手にするのは初めてである。
軍規が4,5冊ずつ漫画を袋から出しているのを見ながら、なまえはベットから床へ足を下ろした。

「普通に玄関から入ってくれば良かったんじゃないの?」

「サプライズというやつだ。煙突がなかったので仕方なく窓にしたんだがな」

「煙突…………?」

軍規の言葉に、なまえはまさかと先程まで軍規が肩にかついでいた白い袋を見る。

「それ、サンタじゃないの?」

「ん?なんだそれは」

「えーっと…冬の、煙突掃除する人?」

「そうか。最近は廃業だな」

そんな会話をしている間に、軍規は漫画全冊を出し終えたようで、何やら達成感に満ち溢れた表情で立ちあがった。
そのまま入ってきた窓へ近寄ると勢いよく窓を開け、なまえを振り返る。

「にしし。意外と楽しかったからまた来る」

「玄関からお願い」

0時まで有効


(おやすみなさい)


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