(メフィスト・フェレス)

時刻は午後3時を回っていた。
お茶会として相応しい時間なのかどうかなまえにはわからなかったが、目の前に並べられた洋菓子はどれも美味しそうで目移りしてしまう。
すぐ手前にある紅茶の素敵な香りもあって、なまえはすぐにでもそれらを食べたい衝動にかられた。
しかし相手が相手だ。失礼があってはならないと、なまえは食欲をぐっと抑える。

「いや、すみませんね。理事長室でも良かったのですが女子生徒を連れ込んだなんて噂が立ってしまうと困りますので」

「ああ…いえ」

むしろこっちのほうが変な噂が立ちそうですけど、という言葉をなまえは飲み込む。
なまえの目の前に座る男は、メフィスト・フェレス―――なまえたち生徒にはヨハン・ファウスト5世と名乗っている。
勿論、学園の生徒であるなまえはメフィストのことを後者の名で呼んでいた。

「美味しそうなスイーツを手に入れたのは良かったのですが色々あって量がたくさんになってしまいましてね。なまえさんには寮の件もあるのでそのお礼も兼ねて」

「そんな…いいですよ」

「遠慮せず。ね?」

自分のことを下の名で呼んでいるのも気になったが、理事長の何かを含んだ笑みを見てなまえは黙り込む。
いつも笑顔の裏に何かを隠し持っているメフィスト。それをなまえも感じ取っているらしく、この狭い空間で二人きりという状況が気まずいことをなまえは今さら理解した。
ノックされた扉を開けた先には雪男がいると思ったのだがそこには何故かメフィストが立っており、近くで見ると背が高いなと思いながら固まっていたなまえに「お茶会をしましょう」などと言って彼が部屋に入ってきたのが始まりである。
食堂でも良いのではと言おうとしたなまえを見透かしたようにメフィストは「奥村兄弟が来たら全部食べられてしまいます」と人差し指を唇の前で静かに立てた。
なまえは相手が理事長ということもあってなかなか逆らえず、こうして自分の部屋の小さな机の上に紅茶と洋菓子を並べている。

「それなら…」

いただきます、と一番近くにあったクッキーを手に取る。
恐る恐る口に含んでみれば、甘い香りとチョコの風味が口の中いっぱいに広がり、なまえの舌を満足させるには十分だった。

「お口に合いましたかな?」

「その…とても美味しいです」

「それは良かった」

メフィストも何か食べるのかと思われたが、その伸ばした手は手前のカップへ行く。
そのまま優雅にカップへ口をつけた。
そんな様子をぼんやりと眺めていたなまえだが、そんな自分に気付きハッとしたようにメフィストから視線を逸らす。

「(見惚れて…まさかまさか)」

そんなはずはない、となまえは首を横に振った。
なまえのその行動を見ていたメフィストが、カップで隠した口元で笑みを浮かべているとも知らずに。

「遠慮せず食べてください。私もゆっくり食べますので」

「ありがとうございます」

今度はミルフィーユを皿に取り、フォークで綺麗に一口サイズに切ってそれを口に運んだ。
これもまたなまえの予想以上の美味しさで、この世界の一体どこにこんなものがあるのだろうと感動すら覚える。
二口目、三口目とミルフィーユの三分の一ほど食べ終わったところで、なまえはふと視線を上げた。

「………………………」

「……あの………どうかしました?」

じっとこちらを見下ろすメフィストに、なまえは焦ったように首を傾げる。
もしかしてがっついているように見えただろうかと考え、顔にほんのり熱が集まるのがわかった。
メフィストは口元に持っていっていたカップをゆっくりと手元のソーサーの上へ置くと、その笑みを顔に貼り付けたままゆっくりと口を開く。

「いえ…ただ、とても可愛らしいと思いましてね」

「かわっ、えっ」

メフィストの言葉に、なまえは自分の手からフォークを落としそうになる。
しかしいつの間に紅茶をテーブルの上に置いていたのか、メフィストの左手がなまえの右手をそっと支えていた。

「もっとたくさん食べて下さい。私はそんななまえさんを見ているだけでお腹がいっぱいですから」

「ど、どういう意味ですかそれ…」

何を言っているのだろうこの理事長は、となまえは触れられた右手以外の感覚が麻痺してしまったかのように上手く動かない。
そんななまえを見てメフィストは優しくその右手にフォークを再び握らせると、食事の続きをするようミルフィーユの上へその手を持って行った。
なまえは目線を目の前のメフィストから手元のミルフィーユへと落とし、先程よりもゆっくりと断面をフォークで撫でる。
出来あがった一口サイズのミルフィーユがフォークの上に乗せられ、どうしたものかと一度メフィストへ視線を上げた。

「さあ、遠慮なく」

もう口元をカップで隠す必要も無い。
メフィストはにっこりとなまえに笑みを向けると、じっとなまえを見下ろした。
なまえは何かの誘惑に負け、そのミルフィーユを口にする。


甘いのはお菓子?


(嗚呼、とても美味しそうだ)



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