(フランケン・シュタイン)

なまえは、シュタインをいい加減な奴だと思う。
しかし、スピリットから言わせてもらえばきちんと物事を考えて行動しているとのこと。
これのどこが"考えている"のだろうと思いながら、怒りにまかせたその攻撃をなまえは避けた。

「避けるなよ」

「いや…避けるでしょ」

シュタインの眼鏡の奥の瞳には、確かな怒りとどうしようもない殺意が蠢いていた。
狂気のせいか――――とも思ったが、彼はまだ完全に狂気に飲み込まれたようではない。
それもそうだろう、となまえは嫌なことを思い出し眉間に皺が寄る。

「私は死神との契約続行中なんだから、私を殺したらまずいんじゃないの?」

「お前を殺したらまずい状況なんて無いだろ?」

狂気に支配されていないとはいえ、シュタインに話が通じるわけでもなかった。
こういうときに限ってノイズはどこかへ行ってしまい、なまえの手元には武器と呼べるものは何一つ無い。
シュタインがスピリットと共に攻撃してこなかったのがせめてもの救いか、とシュタインと距離を置くためになまえは一歩後ろへ下がる。
公園で再会したときのようにシュタインがこちらへ一歩踏み込んでくることはなかったので、少しだけ安心した。

「生徒達に被害が及ぶ可能性があるから。俺の精神衛生上宜しく無いから。かつて、死武専生を殺したから」

「……………………」

「理由なんてものはいくらでもある。俺がなまえを殺す理由は…」

狂気が、シュタインの後ろで笑うのがなまえにはわかった。
彼も笑う。狂気に同意するように。狂気に誘われるまま、シュタインは笑う理由が無くとも笑った。

「……シュタイン。忘れたの?ソウルを殺しかけたこと」

「………………………」

シュタインの顔から笑みが消える。
瞳の中の狂気も見えなくなった気がしたが、表情は普段のそれとまるでかけ離れている。

「狂気にのまれたら、きっとシュタインは私以外も殺すよ」

それが敵であれ味方であれ。
鬼神が狙われているからとシュタインを死武専に戻すよう死神に言ったのは間違いだっただろうか、となまえはギョロギョロと動くシュタインの黒目を見つめる。
元より狂気染みた思想の持ち主だ。ハーバーとは違って、それこそ狂気に感化されやすい。

「…………殺さないさ」

そう静かに呟いたシュタインの声音は、いつも通りのそれで。

「お前を殺せば、俺の中の狂気は消える」

お前こそが原因であり災厄だと、シュタインは狂気より先に笑った。
狂気があとに続く。
その笑い声は、なまえにとって不快だった。面白くない。何も楽しくなどない。

「っ、」

シュタインの攻撃が、狂気に気を取られていたなまえの左腕を掠める。
狂気にのまれかけているシュタインの攻撃は、普段のものよりもキレがない。だからこそかわすことが出来たが、しかしその威力は、普段と比にならないものである。
腕をかすっただけだというのに、魂威のこめられたその攻撃によってなまえは膝をつきかけた。
このままではまずいと、腕に走る痛みも無視して再度シュタインと距離を置こうとする。

「な、あ――!?」

しかし、威力もそうであれば勿論。行動も迅速である。
狂気に支配され頭で考えない分、シュタインの行動は速かった。
なまえはあっという間に距離を詰められ、地面に叩きつけられる。
背中を打った衝撃に自分の意思とは関係無く空気が吐きだされ、同時に息苦しさを感じた。
何事かと揺れる視界を定めてみれば、地面へ仰向けに倒れたなまえの上にシュタインが堂々と跨っている。
痛む腕を庇いながらシュタインの下から出ようとするが、上半身を近づけていたシュタインによって痛む腕を力強く押さえこまれた。

「いっ…………!!」

悲鳴に近い声をあげて痛みを訴えるが、無表情のままこちらを見下ろすシュタインには聞こえていないのだろう。
よくこの体勢で眼鏡が落ちないな、などと気を紛らわせるため適当なことを考える。
それでも直接の痛みはかなり響くのか、そんな適当な思考回路ですら痛みの前では停止する。

「なあなまえ」

そう名を呼ぶシュタインの声音が、狂気のものかどうかがなまえにはわからなかった。

「お前に理由は無いだろ?」

「……理由?」

「お前の行動に、理由があるのか?」

なまえに質問をするくせに、シュタインは既に自分の中で答えを決めている。
――――理由は無い。
自分に危険が及ぶから排除するなどという曖昧な理由を、シュタインは理由と認めていなかった。

「自己防衛を必要とするほどお前は弱く無いだろう。それとも、阿修羅のように恐怖を感じているとでも言うのか?」

「………………………」

鬼神、阿修羅――――恐怖を司る狂気。

「俺たち人間がお前を恐れる理由はそこだ」

なまえは何も言わなかった。
シュタインの拘束に相変わらず抜け出す隙は存在しないが、かといってシュタインが動く様子も無い。
シュタインは暗い顔のまま、じっとなまえを見下ろすだけ。

「人間は理由が無いモノを、対策が打てないモノを恐れる。理不尽を嫌い無差別を遠ざける。だからお前は、世界のためにここで俺に殺されるべきなんだ」

シュタインの言っていることは滅茶苦茶だった。
狂気のせいなのかはわからない。
なまえは静かに、ゆっくりと口を開く。

「理由ならあるよ。勿論ね」

今度はシュタインが黙る番だった。

「私は殺されたくない。だから私はただ先手を打ってるだけで、きちんとそういう理由がある」

「そんなもの理由になっていない。そいつらにお前を殺す気があったとして、お前を殺せるほど強くはないはずだ。だったらそいつらはお前の脅威とはならない」

なまえの右腕に、シュタインの爪が食い込む。
その痛みに顔を歪めるが、痛みを覚悟していたので呻き声をあげずにすんだ。

「ただ誰かの魂を狩るのが楽しいだけなんだろ?」

シュタインの瞳を、狂気の色が包み込む。
その笑みはまるで闇。マリーの存在はどうやら意味を成していないようだと、なまえはじっとその笑みを見上げた。
そのまま、なまえは笑わず口を開く。

「それはあなたもじゃないの?シュタイン」

「………いいやぁ…俺は違うさ…」

シュタインはなまえの腕から手を離し、上半身を起こすと空に向けて高らかに笑う。
狂気を助長させるかのような笑い声は、痛いほどになまえの耳を突き刺した。

「俺にはちゃんと、お前を殺す理由がある」

「……どんな理由?」

「それを知る頃には、お前は俺に殺されてるだろうよ」

既にシュタインの表情に笑みは無い。
辺りも、先ほどの笑い声が嘘のように静まり返っていて。
真剣な表情のままシュタインが拳を大きく振り上げ、何の躊躇いも無くなまえへ振り下ろした。


愛を救え


(こうすればもうお前はどこにも行かない)



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