(ネフェルピトー)
カイトの亡骸を大事そうに抱えるそれは、人のようで人でなかった。
彼の身体はどこだろう。辺りを見渡してみても、頑なに目を閉じるその頭しか彼だと判断する材料は無くて、どれが彼の死体なのかがわからなかった。
「君は誰?」
人で無いそれが問う。
「あなたこそ何?」
目の前のこの生物はなんだろう、と禍々しい空気が蔓延するここで唯一生きているそれの存在を気にかける。
カイトは死んでいる。それは誰が見ても明らかだった。
他にもここには何人もの死体が転がっている。こんな光景を何度も見てきたが、誰かが作り上げたのを見るのは初めてかもしれない。
死んでいる彼らを特になんとも思わなかったが、それはどうやら新しいオモチャを手に入れたとでも思っているようで、近くの死体を念能力でいじっては捨てていた。
「僕はピトー。王に仕える蟻だよ」
「王?女王じゃなくて?」
「ああ。僕らの王さ」
女王蟻というのは聞いたことがあったが、蟻の王というのは初めて聞く単語だ。
「僕に何か用?というか、よくここまで来れたね」
「一本道だったから」
「うん。そういうことじゃなくてさ」
一本道だったので迷うことなくここへ来れた。
しかしそれが言っているのは違うことのようで、もしかしてここに来るまでにいた彼らのことだろうかと奇妙な姿だった奴らを思い出す。
「全員殺しちゃったような気がするけど…ダメだったかな」
何かまずいことをしたのかもしれない、とそれの様子を窺った。
そういえば彼らも人間の言葉を理解していたしもしかしたら目の前のそれと仲間だったのかもなと考え、それは激怒か落胆かするかに思われた。
しかし、それは至極嬉しそうに身を震わせている。
「すごいね、君。他の人間とは大違いだ。僕とも遊んでよ」
「嫌だよ…もう遊ぶとかそんな年じゃないし」
「どうして?ここに来たのは、僕を倒すのが目的なんじゃないの?」
それの禍々しいオーラはここから遥か遠くまで及んでいた。
恐らくそれの"円"のようなものだろうと思ったが、形を保っていないそれはまるで力を持て余している子供のようだった。
しかし別に強そうな者と戦いたいからという理由で、ましてや人類を救うと言う理由でここへ来たわけではない。
カイトの死体がここにあるようだったから、ただ足を踏み入れただけだ。
「その頭」
「ん?」
「身体はどこに?」
「ああ…えっと、ここらへんかな」
カイトの頭を抱えたまま、ピトーと名乗ったそれは近くの死体の山をがさがさと漁る。
しかしそこには無かったようで、そういえば、と少し遠くの死体の山を見上げた。
「あの一番上のがそうだよ」
丁寧に指をさしてカイトの死体の場所を教えてくれたピトーは、そこから動く気は無いらしい。
仕方が無いので誰かもわからない死体を踏みつけ、カイトの死体に触れた。
やはり死んでいるのか、その身体は硬く冷たい。
「それ、どうするの?」
不思議そうにピトーは訊く。
どうしようか、とカイト本人に訊いてみるが、応答は無い。
ピトーはどうやらカイトを気に入ってるようだったが、ここに置いて行くのは忍びなかった。
「持って帰る…かな」
「この頭も?」
「うん。だってそれ、別にあなたのじゃないし」
私のでも無いけど、という言葉を続けようとして、やめる。
ピトーはあぐらをかいたその真ん中にカイトの頭を置いていたけど私の言葉を受けて両手で持ち上げ、まじまじと観察していた。
私と出会ってぎゃあぎゃあ騒いでいた面影は無い。
酷く静かで、暗く、白い顔をしたそれ。
目は開かない。口も開かない。カイトとまたどこかで遭遇する日は、もう二度と来ない。
「でもこれ、凄く強かったんだ。また遊びたいなあ」
「無理だよ。だって、死んでるから」
口にしてみればそれは残酷な現実だった。
カイトは死んだ。殺された。目の前の人で無いモノに。
死を冒涜するというのは私にはよくわからなかったが、きっとピトーはそれをしているんだろう。
しかし、だからといってピトーに怒りが沸くわけでもカイトに悲しみが湧くわけでもなかった。
「じゃあ君が遊んでよ。そうしたら、僕はこのオモチャはもういらない」
そう目を細めるピトーは、まるで猫のようだった。
そういえば猫の耳のようなものも生えてるし、ピトーの後ろで尻尾のようなものがゆらりと動いているのがたまに見える。
しかし見た目が猫だからといって、"遊ぶ"というのがそのままの意味を成すはずもないだろう。
カイトがどれくらい強いのかは戦ったことが無いのでわからない―――それでも、十二支んの一人を師匠としているのだ。生半可な強さでは許されないことだろう。
つまり、そんなカイトを殺したピトーは、きっとかなり強い。
私では敵わないかもしれないが、まあ、殺されなければ良いことだ。
「じゃあ、そうだね。1時間だけでいいかな」
「1時間?」
腕時計をいじり、タイマーをセットする。
遊んでいる最中に壊れてしまえば意味は無いが、念のためだ。
「今日は外食なんだ。予約時間を過ぎたらご飯が食べられない」
「そっか。それは一大事だね。いいよ。1時間、僕と遊んで」
ピトーはカイトの頭を大事そうに死体の山の一番上へと置くと、一歩動いただけで死体の山から降りる。
オモチャを手放すと言ったが、まだカイトの頭はピトーの中で大切なものらしい。
しかし持って帰ったとしてカイトの死体をどうしたものかと考え、ピトーが舌舐めずりした音に気を取られた。
「ねえ、名前を教えて。あのオモチャの名前は聞きそびれちゃったんだ」
「…なまえだよ。よろしくねピトー」
平和平穏不在不要
(別にいつもと変わらない)