(サンジ)
思っていたよりも街は賑やかだった。
海岸沿いはそうでもなかったので、ただ単にこの時間帯、飲食店が多いここだけが賑わうのかもしれない。
どこの店を見ても混んでいそうで入りたくなかったが、少しだけどこかで休みたかったので多少待つのは仕方が無い。
適当に目星をつけてどこかの店に入ろうとして、見覚えのある金髪が視界に入った。
「……久しぶり」
「おお。びっくりした」
後ろからそっと声をかけてみれば、食材と睨めっこしていた片目がこちらを向く。
人が賑わうこの街は治安が悪い方ではないが、あまりにも無警戒すぎではないか、とその驚き加減に呆れていると金髪は嬉しそうにタバコをくわえたたまま口端を上げた。
「久しぶりなまえちゃん。どうしてここに?」
「しばらくこの島でログをためようと思って」
「なるほど。おれ達と似たようなもんか」
おれ達と言うが、私は彼に会ったことがあるだけで彼の仲間をこの目で見たことは一度も無い。
ただ、船長ともう一人……顔の怖い人物のことは手配書で見たことが何度かあった。
彼はその人物(確かクソマリモとか呼んでいた)よりも自分の方が強いと豪語していたが、彼の手配書を私は見たことが無い。
と言うか本当に彼らと仲間なのだろうかと疑うくらいに、彼が海賊とは思えなかった。
「立ち話もなんだし、お茶でもしようか」
言うが早いが、彼は私の手を取り街を歩いていく。
先程見ていた食材は良いのだろうかと後ろを振り返ろうとしたが、前を向いていないと転びそうなのでやめた。
彼の足は素晴らしく長いというのに歩く速度は遅い。私に合わせてくれているのだろうか。
「なまえちゃんが本当に旅をしてるとはね」
「……私も、サンジが本当に海賊だとは思わなかった」
案内されたのは海岸だった。しかも、島の漁港になっている方面ではなく、船を停めるにはあまり相応しくない場所である。
海賊だというのだから目立った場所に船を置かないのは当然だろう。しかし実際に目の前にドクロを掲げた船が存在すると、圧倒され言葉も出ない。
ようやく私が出した言葉がそれだったが、彼は別に気分を害したようでは無かった。
「ウソップー、チョッパー?……寝てんのかあいつら」
その二つの名前は恐らく彼の仲間の名なのだろう。
私は平然と船へあがっていく彼の背中を見上げながらぼんやりとそんなことを考えていた。
すると、彼は不思議そうにこちらを振り返る。
「どうかした?」
「え……ううん」
どうしてこの船に案内してくれたのだろう。というか、海賊にとって海賊船というものは神聖なものじゃないのだろうか。ただの一般人である私が、乗ってもいいのだろうか。
「お手をどうぞ」
彼は私の前へ戻ってくると、私が抱いている疑問など関係無しにそう言って地面に膝をついた。
小っ恥ずかしいその言葉と行動も、彼がやると何故かしっくりきてしまう。
多少躊躇いはしたものの、その場の雰囲気にのまれ彼の手をとる。
先程歩いたときと同じようにその手は温かくそして優しい。
「なまえちゃんは甘いの好き?」
「うん。好きだよ」
「そっか。じゃあ少し待っててね」
船内に案内され、台所の前にあるテーブルへ案内され腰をおろす。
彼は慣れた様子で台所に立つと、瞬く間に作業を始めた。
海賊船が珍しくてキョロキョロと辺りを見渡していた私だったが、そんな彼の様子に一瞬で釘付けになる。
「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「紅茶で」
「砂糖は?」
「2つ…あとミルクも」
どうぞ、と目の前に出された紅茶の香りに、なんだか幸せな気分になった。
やはり彼は海賊に思えない。
しかしここから外に出れば真っ先に見えるのはドクロの描かれた帆であり、彼は立派な海賊なのである。
そう理解した瞬間、なんだか急に恐くなった。
―――彼がでは無い。
いつ死んでしまうかわからない状況にいる彼が、酷く遠い存在に思えた。
「どうかした?」
そんな私の心境を見透かすように、彼は私の顔を覗き込む。
私は誤魔化すように紅茶を口に運んだ。
「サンジはさ、どうして海賊になったの?」
「え…?そうだな。話せば長くなるんだけど」
「ふぅん」
そっか、とこの船にいれる時間はあまりないだろうと深く聞くつもりがないことを示す。
紅茶は熱くもなく、冷たくもない。
丁度いい温度が心地良くて、ずっと飲んでいたい気分だった。
「!」
突然のことに驚いて、カップを机に戻すタイミングを逃してしまう。
サンジの右手がこちらへ伸び、私の頭をゆっくりと撫でていた。
「なまえちゃんは海賊が嫌い?」
「…よくわかんない。海賊とはあんまり関わったことないし。でもいい話は聞かないかな」
「まあそうだよね。それでもおれと関わってくれるってことは嫌いではないのかな」
「海賊っていうよりはサンジのことが嫌いじゃないってことだと思う」
「!」
カップを机の上に置く。
サンジの手は既に私の頭から離れていて、タイマーを見なくて大丈夫なのだろうかと彼の表情を伺った。
「なんか、サンジってお兄ちゃんみたい」
「…なまえちゃんにはお兄さんが?」
「いないけど…きっといたらこんな感じだと思う」
もしくは、こんな兄がいたら良いという願望の現れだろうか、と綺麗な片方の目を見つめる。
チン、という軽い音が鳴り、彼が待っていた時間が訪れたことを知らせた。
「そっか。じゃあなまえちゃんはおれの妹か」
そう零した言葉が嬉しそうに聞こえたが、彼はこちらへ背中を向けてしまっていて表情はわからない。
嬉しそうな声音が気のせいじゃなかったとしたら私の方こそ嬉しいのだが、とカップに残った紅茶を見下ろした。
もしもの話は紅茶に消える
(甘い香りに夢を見よう)