(黒神めだか)(人吉善吉)

色々な学年の生徒で賑わう食堂は、出来る限り生徒が座れるようかなり広い作りとなっている。
その中心部分の机に向かい合って座る二人。
片や一年生である人吉善吉。片や三年生である名字なまえ。
学年もクラスも違う二人は、たまにこうして学食で会うと会話をしている。
といっても話しているのは一年生である善吉だけで、三年生であるなまえはそんな善吉の話をただただ聞いているだけだった。
たまに口を挟むものの、善吉にとってなまえの言葉は的外れもいいところなので何のアドバイスにもなってはいない。

「それで、この前なんか喜界島さんが」

善吉にとって、同学年でも生徒会役員でもないなまえとこうして話すのはとても楽なことだった。
同じ生徒会メンバーに生徒会メンバーについての話など出来ないし、同級生になど言ってしまえばまたたくまに学園中に広がるに違いない。
しかし三年生でもありそして十三組でもあるなまえにはその心配が無い。
別に変に口止めなどをしていなければする気も無いが、なまえ自身もここで話したことを誰かに話そうとは思っていないようだった。
そしてなにより(善吉は"十三組"を卑下しているようでこんな言い方は好きではないが)十三組がいると普通組は勿論のこと、特例組も好んで近くの席に座ろうとはしない。
なので、今こうして二人で座っている周辺に、学食が混んでいるとはいえ座ろうとする生徒はほぼ皆無だった。

「人吉くんはさ、」

こうして何回も学食で顔を合わせ会話をしているというのに、善吉となまえはお互い「名字先輩」と「人吉くん」である。
それをなまえはなんとも思っていないし善吉は何も言わないため、これ以上二人が進展することは難しいだろう。
一度「善吉でいいですよ」なんて冗談めいた口調で言った善吉だったが、その言葉は颯爽と現れた黒神真黒によってなまえには届かなかった。
いつも姿を見ない癖に、というか学校を退学したくせにどうしてこのタイミングで、と善吉は三日三晩ほど悩んだことが有った。
それからなんだか小っ恥ずかしくて善吉は「人吉くん」のままである。

「黒神さんのことが好きなの?」

「ゲフッ」

突然のなまえの言葉に、善吉は飲み込もうとしていた水を盛大に吐く。
しかし咄嗟に口元をタオルで隠したためなんとかなまえにかかることは阻止できたようで、安堵しながら慌てたように息を落ち着かせた。

「な、何を言い出すんですか突然…」

「いやあ、だって球磨川くんが言ってたから」

「(何吹き込んでんだあの嘘つき野郎)」

などの心の中で悪態をつきながらそれをなまえに悟られないよう苦笑を零し、首を横に振って訂正する。

「めだかちゃんは俺の幼馴染ってだけでそんなんじゃないですよ」

「照れなくていいのに」

「違いますって!!」

この人に誤解させたままではいけない、と善吉は慎重に言葉を選ぼうとするが、上手い言い回しが思い浮かばず首を傾げた。
そんな様子を見ながら笑みを浮かべるなまえを見て、絶対まだ勘違いしていると善吉はため息をつきたくなる。

「黒神さんはどう思ってるのかな」

「めだかちゃんだって俺のことはただの幼馴染だと思ってますよ」

「じゃあ本人に訊いてみる?」

「え?ちょっ「生徒会長さーん」

恋愛話でテンションがあがるというのは十三組の女子も一緒なのだろうかなどと呑気なことを考えていると、なまえが善吉から目を逸らしてめだかの肩書を呼んだ。
慌てて善吉がそちらを振り返ってみたものの、頬を風が撫でただけでそこにめだかの姿は無い。
ホッとしたのもつかの間、前に向き直った善吉の視界に入ってきたのは、見覚えのある制服(改造済み)姿。

「呼びましたか名字三年生」

「早っ!!!!」

ていうか昼は喜界島さんと食べてたんじゃ、と驚きのあまり善吉はその場から立ち上がっていた。
しかしめだかは素知らぬ顔で、というか涼しげな顔でなまえの横に座っている。

「困ったときは呼べば来てくれるんだって」

「正義のヒーローか何かかよ…」

「善吉。まさか名字三年生に迷惑をかけていたんじゃないだろうな」

「ちげえよ。なんていうか…あれだ。世間話をしてたんだ」

「黒神さんって人吉くんのこと好き?」

「先輩!!!」

何の脈絡もなく爆弾をぶっこむなまえに、善吉は周りの目も気にせず大声を出す。
ただ、周りの生徒が『生徒会長がいるから』という理由でそんな奇行を気にしていないのが唯一の救いだろうか。
めだかはなまえの質問に少々クエスチョンマークを浮かべていたが、どこから取り出したのか扇子を広げ、口端を綺麗に上げた。

「勿論ですとも。善吉は幼馴染であり生徒会であり大切な友人です」

「おお!良かったね人吉くん」

「はあ……どうも」

まあそりゃそういう返事だろうと、人吉はわかっていた結果に安堵する。
と同時になまえが未だに勘違いしたままなのが引っかかったが、これ以上この二人がここにいては話が余計にややこしくなるとさっさと食器を片づけようとして。

「人吉くんも黒神さんのこと好きなんだって」

「!!!」

ガッシャン、と持ち上げようとしたトレイが地面に落ちそうになる。
それを防ぐために大きな音が鳴ったが、なまえも黒神も驚いた様子は無い。
そんな善吉が何かを言おうと口を開いたが、生徒会長である黒神のほうがその何倍も早く口を開いた。

「知っていますとも。しかし名字三年生。善吉はあなたのことも好きですよ」

「え?」

「めだかちゃん!!?!?」

爆弾発言に続く爆弾発言にお前らは爆弾魔かと突っ込みたくなった善吉だが、突っ込んでいる場合ではないとトレイをガシャンと机の上に置いて反論する。

「ちょ、な、何言ってるんだよめだかちゃん!そりゃあ名字先輩は俺の話を聞いてくれる良い先輩だけどそそそんな好きだなんて」

「って、言ってるけど」

「照れ隠しですよ。全然隠せていませんが」

「照れてねえ!!」

もう嫌だこの二人組、と善吉が嘆いたところで、誰かが二人を止められるはずもなく。
周りの生徒は見て見ぬふりで、静かにチャイムが鳴るのを待っていた。


合縁奇縁


(そもそもこうなったのは球磨川のせいだし、一回殴っても許されるよな)
(『あれ善吉くん。怖い顔してどうかした?』)



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