(江迎怒江)

「で、そのときめだかちゃんってばなんて言ったと思います?」

目の前で楽しそうに"めだかちゃん"の話をする青年の話を、なまえは嫌がることなく聞いていた。
彼の話は最初は愚痴から始まるが、途中から必ずと言っていいほど"めだかちゃん"の話になる。
なまえは毎日のように彼からの話を聞いていて、"めだかちゃん"と関わったことがないというのに青年の次くらいに"めだかちゃん"について詳しくなっていた。
このことを"めだかちゃんは"知っているのだろうか、と嬉しそうに"めだかちゃん"について話す青年をなまえはじっと見つめる。

「あ、そういえば昨日も」

「人吉くん、アイス溶けてるよ」

「うわっほんとだ」

話に夢中だったのだろう。人吉と呼ばれた青年は自分の手にアイスが零れるのも気付いていなかったようで、なまえに指摘されて慌てたように近くにあった紙ナプキンでそれを拭いた。
そのゴミを丁寧に丸めてトレイの隅に置くところからして、見た目の割に不良というわけではないらしい。
なまえは目の前に置かれているジュースを一口飲み、"めだかちゃん"の話の続きを待った。

「あ。思い出した」

「?」

しかし人吉は"めだかちゃん"のことを話すときとは打って変わって冷静に言葉を吐く。

「いえ、そういえば放課後江迎とアイス食べに行く約束してたなって思って」

「江迎ちゃんと?」

「はい。新しいアイスクリームの店が出来たんで一緒に行ってほしいって言われて」

なのに今アイス食べちゃったなあ、と残念がる人吉に、なまえは表情を崩さない。
しかし、先ほどとは少しだけ視線の種類が変わっていた。
そのことに人吉は気付かない。
なまえは人吉が残念そうにアイスを頬張るのを見ながら、ゆっくりと口を開く。

「人吉くん。そういうのは、やめたほうがいいんじゃないかな」

大きくコーンに乗せられたアイスが勢いよく減っていく。
人吉は次の一口を運ぼうと口を大きく開けたが、なまえの言葉にその口を静かに閉じる。
しかしなまえの言ったことが理解出来なかったようでしっかりとは閉じず、少しだけ不満そうな表情で喋るために口を動かした。

「名字先輩。そういうの、っていうと?」

本当に人吉はわかっていないようだった。
こうも無自覚である人吉は江迎よりもマイナスだと、なまえは視線を人吉からジュースへ落とす。

「江迎ちゃんに会いに行くの」

「どうしてですか?江迎が会いたいって言ってますし、俺も手があいてますし」

「うーん、」

どうして、と訊かれると困ってしまう。
なまえは言葉を慎重に選ぼうと頭を悩ませたが、元々のボキャブラリーの少なさにため息が出るばかりで彼への答えを見いだせない。
江迎は人吉が好きなのだろう。それも人吉はわかっている。だけど人吉は"めだかちゃん"が好きだ。それを江迎もわかっている。

「それじゃ、先輩も一緒に行きます?アイス食べに」

「いや………遠慮しておくよ」

「じゃあこのアイスあげましょうか?」

「ううん。私はアイスはコーンの部分しか食べないんだ」

「それアイスじゃないですよ…」

変わった人だ、と先に席を立つ人吉を見送りながらなまえはため息をつきたい気分になる。どうやってもアイスが食べたい気分ではない。

「……………………………」

どうしたものかと悩む。人吉くんはそれでいいだろう。"めだかちゃん"はどうやら人吉くんの好意を受け取ってくれはしないらしいが、それでもいいらしい。
では江迎はどうだろうか。彼女もそれでいいのだろうか。
彼女はなまえの数少ない仲の良い後輩の一人でもある。先輩としてどうにかしたほうが良いのではと考えるが、彼女たちがそれでいいなら無理に割って入って荒らすわけにもいかない。
恋というのは厄介だな、となまえも静かに席を立った。

「…………………………」

そう。恋というのは厄介である。
江迎は自分では手に持って食べれないアイスを人吉に食べさせてもらったことを思い出しながら、帰り道を静かに歩いていた。

「アイス美味しかったなあ…バニラにチョコにストロベリー、ポテトに醤油に味噌味まであって…」

夕飯は今日はいらないかな、と江迎は嬉しそうに笑う。

「あそこのお店はダメね。全然……もう行かない」

人吉はもう遅いからと江迎を家まで送ろうとしたが、それは悪いと江迎は人吉の優しさを断っていた。
人吉はそんな江迎の返答に少し驚いていたものの、無理に送る気もないのだろう。それなら、と言って手を振って見送ってくれた。
帰ったら連絡しろよ、だなんてまるで恋人みたいだと江迎はクスクス笑う。

「でも、ダメね。いくら寛大だからって、これ以上は私が私を許せないもの」

もう目移りはしないと、そこに誰がいるわけでもないのに江迎はひとり言をブツブツと呟いていく。
ゆらゆらと揺れる足取り。それは江迎にとっていつも通りのことであったが、周りの人々はそうではない。もしこの場に誰かがいたとすれば、江迎を"危ない人"と認定して近づかないようにしていただろう。
江迎はそんなことはどうでも良かったし、近付いてこないなら害があって良いじゃないかとまで言うはずだ。
それだからか、江迎の笑みは更に深く狂気に満ちたものへと変貌する。

「だって先輩は人吉くんと一緒にアイス食べに行くってお誘い断ったんだもん……私もそれに精一杯応えなきゃ」

江迎の目は前を見ていない。夜の闇に染まりつつあるその道を見つめながら、彼女は自分の想い人を思い出している。
うふふ、と堪らず江迎の口から笑みがこぼれた。

「だってそうでしょう?なまえ先輩、私と一緒に行きたいから人吉くんのお誘いを断ったんですよね?だってそうじゃなきゃあの人吉くんからのお誘いを断るなんてできませんもんね。いつも愚痴を聞いてあげてるくらい仲良しの人吉くんの誘いを。それを断るなんてかなりの理由があったんですよね。それが私だなんて照れちゃうなあもう。あ、でも人吉くんと一緒にいったアイスクリーム屋さんはコーンがいまいちだったのでまた新しいところを探して見つかったら私からお誘いしますね。というか人吉くんったら訊けば私にすぐなまえ先輩のこと教えてくれるからうれしくなっちゃって。あ、でもいくら人吉くんとはいえ私以外の人がなまえ先輩のこと喋ってるのはなんか少し多少かなり結構滅茶苦茶嫌ですけど、我慢します。だってなまえ先輩のこと大好きですから」


少女の靴は踊り続ける


(なまえ先輩も私のこと大好きですもんね?嬉しいなあ)



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