(フレア団ボス)
※ゲームネタバレ注意
セキセイタウンのやや北西に位置するここ―――フレア団のアジト。
そこで、大規模な地震が起こっていた。
地震というよりは地響きというべきか――――どちらにしろ、地下にいては大きなダメージは避けられない。
そんな地下に、カルムやサラ、そしてこの地響きを食い止めようとしていたなまえ…だけでなく、その原因を作ったフラダリまでもが存在していた。
しかしこの場にいては誰も助からない。そんな簡単なことに気付くのも遅れ、ようやくカルムが口を開く。
「逃げよう!」
その声と共に、サラたちの足音が響いた。
なまえもそんな二人のあとに慌てて続き、今にも崩れ落ちてきそうな天井から逃げようと扉へ走る。
しかしその足は、扉まであと数歩というところで動きを止めた。
「なまえ!?」
足音が一つ消えたことにすぐ気付いたらしいカルムが振り返り、驚いたようになまえの名を呼ぶ。
そんなカルムの声が聞こえたものだから、サラも何事かと足を止めた。
「二人は先に逃げて!」
「な、何を言って」
「フラダリさん!」
なまえはカルムたちの方を向くことなく、天を仰ぐようにして上を見上げているフラダリの側へ駆け寄る。
なまえ、とカルムが呼ぶが、なまえはその声に応えない。
「何してるんですか!早く逃げないと!」
「逃げる?どうして…この世界を救うまで、私は……」
「なまえ!」
「なまえちゃん!!」
大きな音。
驚いて振り返れば、カルムたちが先ほどくぐりぬけた扉の前に、逃げ道を塞ぐようにして大きな岩の塊が落ちていた。
恐らくカルムとサラはその向こう側でなまえの名を呼んでいるのだろう。
一瞬青ざめたなまえであったが、意を決したように腰元のボールへ手を伸ばした。
「ゼルネアス!」
そうポケモンの名を呼べば、美しいソレは姿を現す。
神々しいまでのそれに、フラダリは再度目を奪われた。
「皆をあの光から守って!」
もう時間がないと、なまえはフラダリの腕を引っ張り、出来るだけ光から遠ざけようと扉の前に落ちた岩の前へ連れて行く。
ゼルネアスはフラダリを見下ろした後、なまえをじっと見つめ、天へ吼えた。
瞬間、辺りを包む眩いばかりの光。
「っ――――!」
眩しさに目を閉じる寸前、何か温かいものが自分を包み込むのをなまえは感じた。
そして、地響きや爆音と共に、光は一層強烈なものへとかわって―――
「……………………」
「……………………」
一体どのくらいの時間が経過したのだろう。
二人は、何の合図も無しにほぼ同時に目を開く。
先ほどの光景は夢だろうかとぼんやり考え、しかし目の前に君臨するゼルネアスの姿が、これが現実であることを物語っている。
ゼルネアスは何も言わず、じっと二人を見下ろしていた。
「無事……なのか…?」
先に、静かにフラダリが声を零す。
先ほどの地響きや爆音が嘘のように、そこはとても静かだった。
ゼルネアスが存在するから自分の姿や辺りの光景を見渡すことが出来るのだが、それ以外に光は無い。
あの地響きや爆音の被害が無かったことになったわけではないらしい。
なまえはぐるりと辺りを見渡し、瓦礫の山が広がるここに出口が無いことを悟った。
「どうして君は………」
辺りを見渡していたなまえが、その言葉に、フラダリを見上げる。
しかし、なまえを見下ろしていた瞳は一瞬で陰り、彼は地面の闇に視線を落とした。
「ゼルネアス。私たちを地上に連れていくことは出来る?」
なまえは問う。
ポケモンであるゼルネアスと会話が可能なのかはわからなかったが、それ以外に方法は無い。
手持ちのポケモンたちは先ほどのフラダリとの戦いで体力を消耗している。
今頼れるのは目の前の、伝説のポケモン―――ゼルネアス。
「…無駄だ。ゼルネアスは同じフェアリータイプのポケモンとしか会話をすることが出来ない」
ゼルネアスが返事をする前に、フラダリが首を横に振った。
しかし先ほどのなまえの言葉は届いたはずだ―――だからこそ自分たちはこうして無事でいる、となまえは視線をフラダリから再びゼルネアスへと向ける。
「お願ゼルネアス。私たちを地上へ連れて行って」
「どうして君は、」
なまえの言葉を聞いて、フラダリは先ほど止めた言葉を続けた。
「どうして君は私を助けようとした?こうなったのは私が原因だ。本来なら君は先ほどの子供たちと一緒に外へ逃げているはずだ」
「それは………」
「いくらゼルネアスだからといって先ほどの光から私たちを守れるかどうかわからなかった。君は自分の身を危険にさらしたんだ。わかっているのか?」
何故か少し苛立ったようなフラダリの口調に、なまえは項垂れそうになる。
かといって感謝されたいがために足を止めたわけではないので、不満と言うわけではなかった。
しかしそんななまえの表情を見てフラダリは申し訳なさそうに眉を八の字に曲げる。
「いや……助けられたことに礼を言うべきだな。すまない」
そして、ふるふると首を横に振った。
「だが、地上へ出るのは君一人だけだ」
「え、」
「私はここに残る」
確固たる決意。子供であるなまえにはわからない。
大人になればわかるだろうか。こうなった理由が。彼がこうした理由が。
「嫌です」
なまえはきっぱりと自分の想いを口にした。これはただのわがままだ。子供だから許される、可愛げのあるわがまま。
「フラダリさんがしようとしたことが正しかったのか間違ってたのか、私にはわからないし決め付けることも出来ません」
まだこの世界について、わからないことだらけだ。
彼は知っているのだろうか。かつて世界を救おうとし、代償として世界に絶望した彼は。
「でも、今日この瞬間まで、この世界のことを一番に考えてたのはフラダリさんです」
私はそう思う、となまえはまっすぐにフラダリを見上げた。
フラダリはその視線から逃げようとした。しかし、逃げ場のないここで視線からさえも逃れることなどできるはずもない。
「どうすれば世界が救われて、人間とポケモンが幸せになるのか。それをフラダリさん以上に考えてた人は、きっといません」
それがわがままの理由だった。
子供はわがままだ、とフラダリは思う。しかし、すぐに、では自分はどうだろうかと自分に問うた。
答えは出ない。世界が、人間がわがままかと訊かれれば、すぐに首を縦に振ることが出来るというのに。
目の前のゼルネアスは美しく、神々しい。伝説のポケモンから放たれているその光で、何もかもが許されるような気がした。
「一緒に地上へ行きましょう。フラダリさんが嫌だと言っても、連れていきます」
「……その前に、ゼルネアスが地上へ連れて行ってくれるかがわからないだろう」
フラダリは諦めたように笑う。
わからないことだらけだ、とその光に照らされるなまえを見下ろして、口を開きかけてそっと閉じた。
なまえはフラダリの言葉に目を見開き、慌てたようにゼルネアスを見る。
「………………………」
言葉で言わなくともわかっているのだろう。ゼルネアスは、じっとなまえを見つめていた。
だからこそなまえはゼルネアスを選び、また、ゼルネアスもなまえを選んだ。
再び、ゼルネアスが天へと吠える。瞬間、温かくも懐かしい光が自分たちを包み込むのをフラダリは感じる。
今度は目を閉じなかった。
隣にいるなまえの手を握り、驚いてこちらを見上げるなまえを見て、優しく微笑む。
「なまえ…。君がそんなに強気な子だとは知らなかったよ」
その言葉を聞いて、なまえは怒るか不機嫌になるかと思われたが、フラダリの予想と反対に、なまえもまた、優しく微笑んだ。
「私だって、フラダリさんがそんな顔で笑うだなんて知りませんでしたよ」
世界はきっと美しい
(ただ忘れていただけなんだ)