(豊臣軍)

「勝家さまー!戦の準備が…って光秀さま」

「おやなまえ。丁度あなたの話をしていたところですよ」

「え!勝家さまが私の話を!?」

「…私もしていたんですがねえ」

そう苦笑いを浮かべる明智光秀は、これから戦だというのに武器も持たずに柴田勝家の前に立っていた。
大の男二人ですら身長差があるというのに、勝家よりも背の低いなまえがそこに並ぶと更にそれが目立つ。
しかしなまえは特に気にしていないようで、未だ口を開かない勝家へ視線を送った。

「……光秀さまがこれを」

「…文ですか?私への?」

「まさか。紙がもったいないじゃないですか」

クスクスと笑う光秀の言葉はどうやら先ほどの仕返しだったようで、なまえは不貞腐れたように光秀を見上げる。
しかしそんな視線は痛くも痒くもないのか、なまえが勝家から受け取った文へ視線を落とした。

「これを豊臣に渡してきてください」

「え」

豊臣、という単語に、なまえは苦虫を噛み潰したような声を短く出す。
家来たちがそんな態度をとればすぐさま首を刎ねられるかしているが、相手がなまえとなるとそうはいかない。
今は勝家の忍として存在しているが―――実際は、織田信長の忍びなのである。
だからこそ許される態度ではあるが、そうだとしても自分にはそうする勇気はもうないと、勝家はぼんやりとなまえを眺めていた。

「で、でも私、これから勝家さまと戦に出なくてはいけないんですよ」

「ええ。ですから勝家にあなたを借りていいか尋ねていたのです」

「それで勝家さまはなんと」

「…なまえと戦に行けという命令は受けていない。故に、」

「許可したんですか!?」

なんということだ、と絶望した表情を見せるなまえに、勝家の表情は変わらない。
なまえは勝家の忍―――お目付け役としてではあるが―――なので、勝家が戦に出るときは共に出ている。しかし確かに、それは信長公からの直接の命令ではない。というより現代でいえば"暗黙のルール"というものなのだが、勝家にそういったことは通じない。勿論、それらを光秀もわかっていて訊いたのだろう。

「嫌ですよ!豊臣軍って怖い人しかいないじゃないですか!」

「信長公とどちらが怖いか考えてごらんなさい」

「今すぐ届けてきます」

その言葉を置いて、なまえの姿は一瞬のうちに消えた。
「返事は貰ってきて下さいね」と光秀が誰もいない空間に言葉を投げかけたが、それがなまえに届いたのかどうかは勝家にはわからなかった。
こういうところを見ると流石忍だと勝家は思うが、普段の態度からして自分が知っている忍とは程遠い存在に首を傾げたくなることがほとんどである。
しかし信長には無理とはいえ、光秀ほどの者にああいう態度でいられるのだ。本来の実力は相当なものなのだろうと勝家は勝手に想像する。そうでなければ、織田軍の忍としてなどやっていけないはずだ、と何も言わずに立ち去る光秀の背中を見つめていた。
勝家がそんなこを考えているとは露知らず。なまえは豊臣のいる城へと文を落とさぬよう気を付けながら森を抜けていた。

「(相変わらず大きな馬…)」

この馬がいるということは豊臣もいるのだろう、と辺りの気配を探りながらなまえは慎重に城へと侵入する。
別に豊臣の家来へ文を渡してもいいのだが、あの豊臣のことだ。絶対に中身を読まずに捨てるに違いないと、嫌々ながら豊臣を探すことにしたのである。
豊臣が一人でいればそれが最善。竹中がいたらまあ最悪ではあるが豊臣が共にいるのなら他の家臣に遭遇するよりはマシである。大谷さんに出会えればラッキー。しかし"い"の付く人物に会った日には、命がいくつあっても足りやしない。

「(一体どこに……あ)」

あれだけ大きな図体をしているというのにどうして場所がわからないんだ、となまえは広大な土地を見渡す。
織田軍もかなり広い土地をもっているが、普段過ごしている場所と全然立ち入らない場所とでは話が違う。
そうやって辺りを見渡していると、目的の人物ではないものの、なまえは少し嬉しそうに塀から飛び降り、地面に足をつけた。

「大谷さん!」

「?」

どこかへ行く途中だったのか、長廊下をふわふわと移動する大谷は名を呼ばれて止まり、そちらを向く。
なまえが着地した庭も庭で広かったが、足跡が残らないよう細心の注意をはらいながらなまえは大谷を見上げた。

「お久しぶりです」

「おお。久しや久しや…して、今回は何用で姿を見せたか」

「豊臣に文を持ってきたんですよ。だから、場所を教えてほしくて」

「かっかっか。織田のお遣いか。偉い偉い」

何がそんなに可笑しいのかがなまえにはわからなかったが、仲の良い大谷が楽しそうならそれでいいかとなまえは子供扱いされたことに対して特になんとも思わなかった。
逆に、他の人物に会わず、大谷に会えたことがラッキーだったと自分の運の良さになまえも少しばかり喜んでいる。

「この奥の部屋にいるが…気を付けい。三成が左近を探して城内を走り回っている」

「左近?」

というか。

「げえ…やっぱり石田いるんだ……」

「当たり前よ」

かっかっか、と再び笑いを零す大谷は、なまえの反応とそのような反応をされる三成に笑い、その笑い声を辺りに響かせた。

「形部!」

「うわっ」

突然の声になまえは慌てて大谷の後ろに乗り、姿を隠す。
大谷はいきなりのことに少々バランスを崩したものの、大したダメージもなくバランスを取り戻した。

「形部、左近がいたのか!?」

「いいや」

「そうか…すまない。形部の笑い声が聞こえたからてっきり左近がなにかやらかしたのかと思ってな」

「かっかっか」

そうして現れたのは豊臣の左腕―――石田三成。
なまえが豊臣軍の中で竹中の次に出会いたくない人物である。
なまえは咄嗟に大谷の後ろへ隠れたものの、見つかるのも時間の問題かもしれないとどこか他に隠れる場所がないかと探す。
しかし辺りに隠れられるような物はなく、むしろ下手に動くと感づかれる恐れがある―――それに、それで今まで何度石田に殺されかけたか、となまえはじっと息を顰めた。

「…ん?しかし形部。どうして一人で笑ってなんかいたんだ」

「いや…ちょっとした思い出し笑いよの」

「そうか。左近を見かけたら教えてくれ」

三成はそう言うと大谷の横を通って左近探しを再開する。
大谷はゆらゆらと軽く動きながら、そうっと三成に背を向けないよう振り返った。
織田軍であるなまえは敵とはいえ、今ここで三成と遭遇すれば面倒なことに巻き込まれるということをわかっているのだろう。
そういう理由でなまえを庇う、ということを知らないなまえの中で、大谷は"良い人"に認定されていた。
だからなまえは大谷にだけは懐いているのだが、そのことに大谷も悪い気はしていないため、色々と放っておいている。

「あれ。形部さん。その後ろの子、誰っすか?」

と、新たな登場人物。
大谷もなまえも三成に気を取られ、彼の登場に全く気付かなかった。

「と、豊臣秀吉宛の文を持ってきただけの通りすがりの者です」

「なんだそれ」

「左近。三成には会ったのか?」

「あ、そうそう。俺、今三成様から逃げてるんすけど、三成様見なかったすか?」

「かっかっか。今ここを通り過ぎたばかりよ」

「あっぶねー!」

青ざめた顔で胸を手で抑える男に、なまえは見覚えが無かった。
大谷は左近と呼んでいたようだが、三成に追いかけられ、大谷ともこうして気軽に会話をしているというのだから、ただの家来というわけではないだろう。
飄々とした物言いと軽い雰囲気は豊臣軍には驚くほど合っていなかったが、三成のことを敬意を持って呼んでいたのだ。まさか他の軍の人間というわけでもあるまい。

「あんたも三成様には気を付けた方がいいぜ。あの人怒るとかなり怖いから」

「むしろ何したのあなた…」

敵軍の私ならまだしも、となまえは左近に若干呆れたような表情になる。
しかしそれも一変。なまえは何かに気付き、急いで体勢を整えた。

「貴様ァ!!」

「げっ!三成様!もうしないから許して下さい!!」

怒りの咆哮と共に姿を現した三成に許しを請う左近だったが、三成は凄まじいスピードでそんな左近の横を通り過ぎると、その先にいる大谷へと切り掛かった。
否―――正確には、大谷の後ろに座るなまえにである。

「!」

なまえは大谷の後ろから跳躍し、広い庭へと着地する。が、そこで三成の攻撃は終わりではない。
目視できない速さでなまえへと刀を振るい、その首を切り落とさんと次々に攻撃を繰り出していく。
主に庭にあった木や岩、さらには地面までもがその攻撃の犠牲となり、標的のなまえは必死にその死を避けていた。

「え、な、なにしてんですか三成様!その人、客人でしょ!?」

「そんなわけがあるか!こいつは"敵"だ!」

「敵!?」

三成は左近の方を向こうともせずに声の限り問いに答える。
敷地内だからと本気ではないものの、三成もあまり手加減はしていない。それなのに平然と(なまえにとってはかなり切羽詰まっているが)三成の攻撃を避けるなまえに、左近は少しばかり驚いたようにその動きを見ていた―――早すぎてあまり動きを追えていないのは秘密である。

「通り過ぎたばかりなのになんでもうここにいるの!」

「城内を一周してきただけだ。それよりも何故貴様がここにいる!」

「豊臣に文を届けにきただけ!」

「ならばその文ごと貴様を叩き斬ってやる!」

三成の剣劇が、更に加速する。
なまえは必死に避けるものの、ここが狭い部屋であったら既に自分の首は無くなっていただろうと広大な庭の面積にこのときばかりは感謝した。

「やれ三成。そこらへんにせんか」

「形部!貴様またこの忍を庇っていたな!?豊臣の敵、今斬らないでいつ斬るというのだ!」

「ちょっと大谷さん!もっと説得して!」

「無理を言うな」

かっかっか、と笑う大谷は三成にああ言ったもののやはり豊臣軍。こうなってしまった以上なまえの手助けをすることはなく、死闘を繰り広げる(といっても三成の一方的な攻撃だが)二人を楽しそうに眺めていた。

「うわ!こっち来んな!」

「石田!あなた左近を探してたんでしょ!ほら、ここに!」

「今はそれどころではない!」

左近がなまえから逃げ、なまえは三成から逃げるというなんとも奇妙な展開に、珍しく(というか人生で初めてかもしれない)大谷が転げまわるほど爆笑したとかしないとか。


やぎさんゆうびん


(なまえはちゃんと返事を持って帰ってくれますかねえ勝家)
(………どうでしょうか)



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