(ノア)

「あなたは実に面白い」

そう笑みを含んだ声音で言葉を零す男は、確かにノアと名乗っていた。
しかしその名も男にとってはどうでもいいのだろう。
自身をこの場にとどめている鎖を鳴らし、なまえは首を横に振った。

「私からしてみると、あなたのほうが面白いよ」

「ほう。具体的に、どのへんが?」

「コレクト対象のセンスとか」

なまえの冗談に、男は激怒するか、それでなくとも表情を崩すかするかと思われた。
しかし、男は静かな笑みをたずさえたまま、じっとなまえを見下ろしている。
皮肉が通じなかったのだろうかとなまえは少し表情を崩したが、頭のいいノアのことだ。そんなはずはないだろう。
つまり、ギリコのように沸点が低いというわけでもないらしい。

「あなたに会えたら、話したいことが色々とありました」

座るノアが体重を移動させたのか、ギシ、とベッドが音を鳴らす。
なまえは頬に伸びる手を払おうかと考えたが、また鎖がうるさく鳴るだけだと諦めた。

「しかしもうそんなこともどうでもいいのです。神狩りを手に入れた―――それだけで十分」

それは愛しい者を見るような目ではない。
観賞品を、それこそ自分の大切なコレクションを眺めるような視線。
どんな奇異の目で見られるよりも居心地が悪い。

「しかしそれではあなたが退屈でしょう。せっかくのコレクションです。飽きさせてしまっては勿体無い」

「…………………………」

なまえは男の思考回路を理解しようとするのはとっくに諦めていた。
コレクト対象なら本であれ人間であれなんでも収集してしまう男の考えることなど、一生かかっても理解はできないだろうとなまえは男の暗い瞳をじっと見つめた。

「ジャスティンとは死武専でどうだったんですか?」

「……………………………」

「おや。話題の選択を失敗しましたかね」

大失敗だとため息をつきたかったなまえだが、男の手が頬から髪へと移ったことに気を取られ、ため息をつこうとした口を閉ざして眉間に皺を寄せる。
そんななまえの表情もノアの視界に入っているはずだというのに、ノアが笑みを絶やすことはなかった。

「彼の信仰心は誰にも真似できないものですが、如何せんそのおかげで彼がどういう人物なのかがあまりよくわからなくて困ってるんです。別に協力は求めていませんが、混乱も招いていないので」

なまえは何も言わなかった。というより、言う必要はないだろうと考えていた。
ノアはそう話すが、ノアはジャスティンに手を焼いているわけではないと彼らがまだ共にいる現状が物語っている。
適当に見つけた共通の話題というものなのだろう。それにしたって、なまえにとっては楽しくは無い話題であった。

「ふむ…乗り気ではないですか。それでは死神の話ならどうでしょう?」

にっこりとほほ笑んだノアは、目を閉じていたのにもかかわらず先ほどの話題よりもなまえが反応したことに気付く。
それはそうだろう、となまえに気付かれないよう笑みの種類をゆっくりと変えた。
ノアは神狩りであるなまえを探していた。それでも、探し出すことはおろか、その足取りさえつかめないでいたのである。
それがまさか死武専にいたとは、とジャスティンから話を聞いてノアは心底驚いていた。
それと同時に、自分がコレクトしたい死神と神狩りが共にいたのか、とコレクターとしてこれほどまでにない喜びをじわじわと感じてもいた。
しかし、片方は手に入れ損なった。
されどノアは不満に思っていなかった。何かを手に入れたら次を手に入れないと気が済まない性質だったのにも関わらず、ノアは人生で初めてと言っても過言ではないほど満たされていた。それほどまでに、神狩りであるなまえの存在に魅せられていた。

「あなたが"神狩り"ならば死神と戦うことは必然。あなたが死神を狩ることは当然のこと。どうでしたか死神は」

そのノアの質問には、なまえについて知りたいという好奇心の中に死神についての興味も含まれている。
それを知ってか知らずか、なまえはノアから目線だけを横に逸らすと静かにその閉ざしていた口を開いた。

「強いよ」

「…?」

「死神は強い」

なまえはあの夜経験した。体験したくもなかった敗北をたたきつけられた。
どうにも勝てないと思った。どうしても負けると知った。
鬼神とは違う。魔女とも違う。
死神が"絶対"である理由が、ほんの少しだけ、わかったような気がした。

「……確かに死神は強い。まだ死神として完成されていない"彼"でさえ、その強さの片鱗を垣間見せた」

"彼"というのはノアがコレクトに失敗したキッドのことだろう、となまえはノイズを託した彼を思い出す。
些か強引な手を使ったが、なまえの魂自身に害はない。勿論、エイボンの書ともあろうものが、あの程度で壊れるはずもない。

「しかし安心してください。神狩り」

「……?」

今度はなまえが首をかしげる番だった。
安心?安心とは一体なんだろうか。
この男は、コレクト対象以外をなんとも思わないような笑みの向こうで、一体何を考えているのか。

「そのうち彼らも私がコレクトします。さすれば、もう戦うこともしなくてすむ」

それに、とノアはなまえが口をはさむのを許さないとでも言うように、立てた人差し指をなまえの口元へ持っていく。

「もし戦うことになったとしても、あなたは"神狩り"だ。"神"と名が付く彼らに負けるはずがない」

「………………………」

『彼の信仰心は真似できない』などとよく言えたものだ、となまえは開きかけた口をゆっくり閉ざした。
そんななまえの行動が満足のいくものだったようで、ノアは人差し指をどけると再びその手をなまえの頬へと伸ばす。

「………………………」

彼は"神狩り"という存在を"絶対"にしすぎている。
彼女はそれほど強くない。彼女はそんなに万能ではない。
彼の瞳に映っているのは"彼女"であって"私"ではない。

「ノア」

「…なんです?神狩り」

私がその"神"の名を持つ規律にずっと昔に敗北したことを知ったら、彼は一体どう思うのだろうと彼のような笑みをこぼす。

「全てを収集したあなたは、一体何になるのかな」


さらば暗黒


(それを神と誰かが呼ぶのなら)


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