(球磨川 禊)

「球磨川くんってかわいそうだよね」

「『…突然どうしたのなまえちゃん』」

パンパンと制服についた埃を払うような動作をした球磨川だったが、傷も制服の汚れも"無かったこと"にした球磨川の制服に埃がついているはずもない。
"それらしい動作"をしたあと、球磨川はそんな自分をぼんやりと見ているなまえを見つめた。

「だって黒神さんに嫌われてるんでしょ?」

「『ああ…その話か』」

たった今その黒神めだかの指導の元集った中学生たちに散々な目に合わされていた球磨川だったが、その話じゃないのか、と先ほどの傷を"無かったこと"にした自分を恨む。

「『勘違いしているようだから訂正するけど、僕は別にめだかちゃんに嫌われてないよ』」

「嫌われてるよ」

「『………その根拠は?』」

「だってほら、黒神さんって球磨川くんに会うと一瞬でご乱心モードになるから」

「『乱神モードだろ』」

それに別に会うだけじゃそうならない、と訂正するが、なまえには無駄だろうと球磨川はそこの説明は諦めていた。
昔とは違うのだ。黒神めだかも、中学のときほど自分を嫌ってはいないだろうと、球磨川は根拠もないまま確信していた。
しかしなまえは球磨川たちの中学時代を知らない。
今の黒神めだかの球磨皮に対する対応が一番酷いときだと思うのも仕方のない事だと球磨川は笑みを零した。

「球磨川くん、黒神さんの手の平見たことある?」

「『手の平?』」

突然何の話だ、と球磨川の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。

「ほら、黒神さんって誰でも助けることで有名でしょ?だからこうやって手を差し伸べるんだと思って」

「『……えーっと、つまり?』」

「ほら、球磨川くんっていつも殴られてばかりだから、黒神さんの手の甲しか見たことないと思って」

なまえは手の甲と平をヒラヒラと交互に球磨川へ見せた。
球磨川はなまえの言葉に一瞬息が詰まる。
手の甲どころか彼女の殴りは目視できないくらいのスピードなんだぞ、と茶化そうとして、やめる。

「『……なまえちゃんはあるの?めだかちゃんの手の平を見たこと』」

「あるよ。一回だけだけど」

なるほどね、と球磨川は笑みを零した。

「『つまりなまえちゃんは僕よりもめだかちゃんに好かれてると言いたいわけ?』」

「うーん、黒神さんとはあんまり会う機会がないからわからないけど、球磨川くんって嫌われ者らしいから私の方が好かれてるかな!」

「『なまえちゃんさ、自分が酷いこと言ってるって自覚してる?』」

「え?」

「『本当にもう馬鹿ばっかりだ』」

はあ、となまえに聞こえるのも気にせず球磨川は盛大に溜息を吐く。

「『…ん?じゃあなんでめだかちゃんの名前が?』」

"嫌われ者らしい"と言ったということは、なまえは自分がめだかにだけでなく今まで関わったことのあるほとんどの人間から嫌われていることを知っているはずだ。
それなのに、あまり会ったことのないめだかの名前を出したなまえに、球磨川は首を傾げる。

「だって球磨川くん、黒神さんのこと好きなんでしょ?」

隠しても無駄だよー、などと意地悪な笑みを浮かべるなまえに、球磨川は二度目の溜息を吐きたくなった。

「『えっと、一応訊くけどさ、なんでそう思ったわけ?』」

「人のことを好きになるのに理由はいらないって安心院さんも言ってたよ」

「『会話のドッジボールかよ』」

避けずにキャッチしろと球磨川は相変わらずのなまえに一度呆れの表情を送るが、それもまた笑顔に戻る。
しかし先ほどまでの薄っぺらな笑みとは違い、なんだか至極楽しそうなそれに、なまえは少し首を傾げた。

「『それをいうならなまえちゃんもかわいそうだよね』」

「私が?」

「『おいおいまさか自分は"かわいそうじゃない"とか思ってるのかよ。見当違いもいいところだぜなまえちゃん』」

「別に私は黒神さんに好意を持ってるわけじゃ、」

「『別にめだかちゃんどうこうの話じゃない。僕は君が"そう"なのがかわいそうだって言ってるんだ』」

「?」

「『気の毒ともいうべきかな。なまえちゃん、君はぼくがめだかちゃんを好きだと本気で思ってる』」

そうではないのか、という表情をなまえがするものだから、球磨川は面白い漫画を読んだとき以上に笑いがこみ上げてきた。
球磨川も、他の生徒同様なまえが考えていることなど皆目検討がつかない。
しかし、なまえが"考えていない"ことについては大体予想がついた。

「『確かにめだかちゃんは可愛いし強いし万能だしなにより裸エプロンが似合いそうだけど、別にぼくはめだかちゃんが好きってわけでもないんだぜ』」

「嘘だあ」

それは球磨川くんお得意のあれでしょう、となまえは素っ頓狂な声をあげる。

「『僕はなまえちゃん、君が好きだ』」

「……嘘だあ」

先ほどと同じ声音。
人が愛の告白をしているというのに、と球磨川は苦笑いを零した。

「『まあ嘘だけど、めだかちゃんよりは好きだよ?僕に年下の趣味はないし、胸は小さいほうが好きだし、裸エプロンってのは恥じらいがなきゃつまらない』」

勿論嘘も含んでいるが、どれが嘘でどれが本当かなどなまえにはわかりはしない。

「『がんばれなまえちゃん』」

「え、何が?」

「『もっと人間ってやつを知ろうとしないと、君もめだかちゃんみたいな化物になっちゃうぜ』」

いつの間にか手にしていた螺子をなまえに勢いよく投げ、そのまま両手を広げた。
なまえは避けなかった。というよりも螺子の速さに反応出来ず避けれなかったのだが、螺子はなまえに刺さらない。
勿論球磨川に螺子をなまえへ刺す気はなかった。それでも、身体をどちらかに動かせば確実になまえへ傷を与えていたであろうそれ。
なまえは少し驚いたような表情を浮かべていたが、すぐに怪訝な表情になる。

「好きな女の子を化物呼ばわりって、球磨川くんって変わってるよね。ヤバイ奴って影でこっそり言われてるのもわかる気がする」

「『転校生イジメはよくないな。まあ別に僕はそんな陰口は全然気にしないんだけど』」

「涙目になりながらよく言うよ」

その球磨川の涙目が演技なのかどうかもなまえにはわからなかったが、すぐにいつもの笑顔に戻ったのでまあいいかとその話題を沈黙することで終わらせた。
球磨川はなまえの足元に刺さっている螺子を見て何か考えているようだったが、静かに目を閉じると諦めたような笑みを零す。
次に目を開いたとき、球磨川は酷く寂しそうな顔をしていて。
しかしそれでも笑みは浮かんでいたので、なまえは球磨川が何を考えているのかわからなかった。

「『さっきも言ったけど、ぼくが好きなのはめだかちゃんじゃなくてなまえちゃんだよ。信じられないっていうなら今からめだかちゃんを倒しに行ってもいい』」

「勝てないのに?」

「『愛の力は何よりも強いんだぜ。漫画でもよくある展開だ』」

螺子はいつの間にか消えていた。
なまえはまた球磨川から螺子が飛んでくるのではないかと動く両手を視線で追っていたが、どうやら球磨川にもうその気はないらしい。
そのことを悟ったなまえが球磨川の笑顔を見て、先ほどの言葉を思い出して、静かに口を開いた。

「……やっぱり球磨川くんはかわいそうだよ」

そのなまえの言葉に、哀れみも呆れも含まれていない。
それがわかったからだろうか。その言葉は、球磨川の神経を逆撫ですることはなかった。

「『かわいそう、ねえ…』」

その言葉ひとつに色々な意味が込められている気がした。
黒神めだかに嫌われているということも含まれているだろう。しかし、球磨川はそんなことを微塵も気にしていない。他の誰かからの嫌悪など持ってのほかだ。
ではなんだろう。どうして彼女は、自分のことを『かわいそう』と揶揄するのか。
今までの人生についてか。持って生まれたマイナスのことか。はたまた、そんな簡単なことにすら気付けない自分のことか。
球磨川は笑みを零す。しかし、それがいつものような嘘なのか、本心なのか。わからないまま。考えないまま、なまえの名を小さく呼んだ。

「『……本当にそう思うなら慰めてくれよ』」


可嘘想


(差し伸べられる手なんて見たことない)



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