(ゾンビマン)
「色気が無いよな、お前」
「はい?」
いつものように怪人に襲われいつものようにヒーローに助けられた私は、そのときの状況報告をするためにゾンビマンと呼ばれる彼とヒーロー協会の一室で向かい合っていた。
数分前に職員の女性がお茶を持ってきただけで、あとは誰の立ち入りもない。
これなら現場近くの喫茶店でも良かったではないかと思ったが、私の体質のことを考えてヒーロー協会まで連れて来てくれたのだろう。
そんなゾンビさんが突然そんなことを言うものだから、反射的に失礼な態度を取ってしまった。
「仮にも女子大生なのに」
「い、色気……」
色気とは。
ゾンビさんがじろじろと私のことを見てくるが、一体何がいけないのだろうとたじろぐ。
そりゃあ高校までとは違って大学に制服はないのでスカートを履く機会は随分と減ったが、履かないわけではない。
化粧だって少しばかりするときもあるし、友達と遊ぶときはオシャレだってする。
しかし、今日ばかりは仕方ないだろうと言い訳をさせてもらうために口を開いた。
「早朝だし、目の前のコンビニ行くだけだし、こういう格好なだけで…普段はもっとちゃんとしてます」
「そうか?」
間髪入れずに首を傾げたゾンビさんに、うっ、と言葉が詰まる。
ゾンビさんに助けてもらったのはこれが初めてではない。
今まで何回もあるし、そのうちの1回くらいはきちんとオシャレをしていたはずだ。
まあそれも怪人のせいで髪型などがグチャグチャになっていたかもしれないが、それにしても、ゾンビさんにそう言われるのは何か引っかかる。
「そ、そういうゾンビさんにはあるんですか…色気」
「ヒーローには必要ないだろ」
私の精一杯の抵抗を、ゾンビさんは一刀両断してから目の前のお茶に手を伸ばした。
手元のお茶に目線を落とし静かに飲む姿を見て、なにが必要ないだ、とゾンビさんを観察する。
顔立ちがはっきりと見えるその短い髪型。鋭い目つきが似合う整った顔立ち。指も綺麗で、ヒーローだから鍛えているのだろう。服の上からでもしっかりとした体つきが伺えた。
色気の塊じゃないか、と溜息をつこうとして、お茶を飲んでいたゾンビさんと目が合う。
「なんで怪人はお前を襲うんだろうな」
「……知りませんよ、そんなの」
訊かれても困る、と目線を横へ流した。
「色気も無いのに」
またその話か。
「でも、ほら、ゾンビさんがそう思うだけで、本当はあるのかもしれませんよ。だから怪人が襲ってくるとか」
「ははっ」
ゾンビさんが珍しく声を出して笑った。ていうか失礼じゃないのか今の。
完全に私の発言を冗談だととらえたらしく、ゾンビさんは先ほど私が情況報告をしたものをまとめた紙をじっと見下ろした。
私はカラカラの喉で、お茶が冷めるのをじっと待つ。
「無理だと思うが、一応言っておく。色気づくなよ」
「ゾンビさん、失礼なこと言ってるの自覚してます?」
「?俺はなまえのためを思って言ってるんだ。それ以上怪人に襲われるようになってはいつ命を落とすかわかんないんだぞ」
「う…………」
助けてもらっている身で、あまり色々と言う気にはなれなかった。
私にはゾンビさんのように戦える力もなければタツマキさんのような特別な力があるわけでもない。
体質をのぞけばただの女子大生で、平穏に毎日を暮らしている一般市民なのだ。
勿論ボディーガードを雇うお金もなければこの前怪人が店を破壊したので今はアルバイト先も無い。
「今まで怪人に襲われて酷い怪我を負ったことは?」
「ありませんよ。いつもヒーローが助けてくれました」
「なるほど。まあヒーロー協会が役に立ってるなら上々だな」
S級ヒーローで顔を知っているのはタツマキさんとジェノスくん。それからファングさんにも何度か助けられたことがある。
一度だけキングが現場にたまたま居合わせてくれたことがあったのだが、タイミングを逃してサインを貰い損ねてしまった。
目の前のゾンビさんもキングと同様S級ヒーローだ。お願いしたらキングのサインを貰ってきてくれるだろうか。
「しかし本当不思議だな。家族で他にそういう体質を持ってる奴はいないんだろ?」
「いませんよ。ゾンビさんはこういう体質の人に会ったことってないんですか?」
「そう何人もいてたまるか」
「確かに」
ヒーローが何人いても足りやしない、と昨夜テレビで見た最近の怪人増加傾向についてのグラフを思い出した。
突然変異かはたまた偶然か。
怪人に襲われたくはないが、怪人に襲われなくてはこうしてゾンビさんと話す機会も無かったのだ。少しは感謝するべきか否か…。
「なんだその顔」
「え?なんか変な顔してました?」
「ああ。とびっきり色気が無かった」
またその話題か、と心の隅で少しだけ引っかかる。
S級ヒーローであるジェノスくんといつもいるハゲマントに言われてもなんともなかったその単語に、どうしたものかと首を傾げた。
色気。色気……まあゾンビさんに色仕掛けは効果が無いことを知れただけでいいか、とまで考え、どうしてそれを知れて良しとしてるんだ、とようやく冷めたお茶を口に流し込む。
その様子をゾンビさんがじっと見てくるので、きっとまた「色気が無い」とか思ってんだろうな、と湯呑みの半分までお茶を飲み干した。
「色気が無いって言いますけど、」
「ん?」
「じゃあなんでゾンビさんは私を助けるんですか?」
ゾンビさんいわく、彼は死なない身体らしい。
どれだけダメージを受けようが何をしようが、その肉体は再生する。
それ以外に特出した能力は無いので長期戦に持ち込むしかないなどと言っていたが、殺されるのは怖いことではないのか。
再生するとはいえ、自分の身体にダメージが与えられるのだ。私なら怖い、と湯飲みを握る手に力が入る。
ああして怪人に何回も襲われているが、未だに慣れない。怖い思いをした夜は寝れなかったり、夢にまで怪人が出てきたりすることもあった。
だけどゾンビさんはそんな恐怖をものともせず、ヒーローとして、私を助けてくれる。
「さあな」
色気のある声が、静かに落ちた。
「…色気づいたのかもな」
「え?」
「飯、まだだろ。食いにいくか」
「ゾンビさんと一緒に?」
「また怪人に襲われてんのを助けに行くのも二度手間だからな」
蘇れヒーロー!
(何か食べたいのあるか?)
(ラーメンとかどうです?)
(色気のねえ奴)