(アダルトリオ)
今度の宝はどうだとか何か欲しいものはあるかとか、そんな話を適当にしながら目の前に置かれているお菓子を口に入れる。
机を挟んだ向かい側にいるクロロはきっと毒が入ってるぞとけらけら笑うが、こちらを心配している様子は無かった。
そして恐らくそれは冗談ではなく真実なのだろうけど、お腹が空いているのだから仕方ない。
「この前の宝石はどうしたの?」
「この前……?」
「薔薇色ローズダイヤみたいな名前のやつ」
「なんだそれ」
そんな名前の宝石は絶対に盗まない、と笑ったクロロの手の中でコーヒーが微かに揺れる。
「今まで盗んだもので手元に残ってるのは他人の念能力くらいだ」
「え。じゃあ売っちゃったの?」
「なんだ。欲しかったのか?」
「ううん」
宝石で人は殺せないしね、と言うと、お前でも殺せないのか、とクロロは少し不思議そうに呟いた。
毒が入っているかもしれないコーヒーを口に運んで、じっとこちらを見てくる瞳は相変わらず夜そのものみたいで綺麗だった。
「クロ……あれ」
「遅かったなイルミ」
「遅かったねイルミ」
「なんでいるわけ?」
それは私に向けられた言葉だったが、扉をノックもせず開けたイルミの名を呼んだあとで口にお菓子を運んでしまったため答えられずに口をもぐもぐと動かす。
そんな私に呆れたのか、イルミは瞬時に意識をクロロへ戻した。
「なあイルミ。薔薇色ローズダイヤみたいな名前の宝石、聞いたことあるか?」
「なにそれ」
クロロはどうしても宝石の名前が思い出せないのか、私が雰囲気で言った宝石の名をイルミへ伝える。
しかしイルミは表情一つ変えずにその質問を言葉で地面に叩きつけるとクロロと話をするため私の横へ座った。
「なに、なまえも来るわけ?」
「なに、一体何の話?」
「意味わかんない。なんでいるの」
ぼんやりとこちらを見下ろす闇みたいな瞳。
不気味だとは思わないが、まあ、夜中に山奥とかで出会ったら大声を上げて泣き叫びながら逃げる自信はある。逃げ切れる自信はないけど。
「クロロがゾルディック家に行くって言うから、ついてきたの。お菓子目当てに」
「クロロ」
「俺を責めるな。なまえを甘やかしてるのはお前のとこのじいさんだろ」
コーヒーも飲めなくはないが、今は出された紅茶にミルクをいれてお菓子と一緒に口に入れる。
どこで売ってるのかわからないような美味しいお菓子を食べられるのがゾルディック家のいいところだが、遊びに来たくはない。私だって命は惜しいのだ。
「なまえ」
「なに?」
「いいの?このあとヒソカも来るけど」
「うっ」
口に運ぼうとしていたお菓子を持っていた手が自然と止まる。
ヒソカ。奇術師だと訂正する妙なプライドを持った変態。一応クロロが団長をつとめる蜘蛛のメンバーであるが、何度も私を殺そうとしてくる。しかもそれが愛情表現だというから厄介だ。というか厄だ。
「ていうか、三人で何企んでるの?世界征服とか?」
「楽しそうだな」
「馬鹿じゃないの」
私の質問に、二人がほぼ同時に答える。
クロロは冗談と捉えてけらけらと笑っていたが、イルミはそんな冗談を言うのが信じられないとでもいうような目でこちらを見てきた。
「なまえも来るか?それなら教えてやってもいい」
「俺、分け前を減らすつもりはないよ」
「なまえには宝石でも盗んでやるさ」
「薔薇色ローズダイヤ?」
「だからそれは絶対に盗まない」
クロロが首を横に振ったあとで、先ほどイルミが入ってきた扉がガチャリと音を立てて鳴る。
私はピクリと過剰に反応してそちらを向いたが、何故かイルミはこちらを向いていた。
何故だろうと開きかけている扉ではなくイルミのほうを見ていたら、目視できないスピードで彼の腕がこちらへ伸びて。
「遅かったなヒソカ」
「遅かったねヒソカ」
「え、ヒソカ?」
「……痛いじゃないか◆」
開いた扉とは逆の、窓があったほう――つまり私の背後から、聞き覚えのある声がした。
クロロのあとにイルミが続き、そのあとで私が振り返る。
そこにはいつもの笑顔のヒソカが、顔面に針を3本ほど突き刺した状態で存在していた。
「酷いなあ。ボクはなまえに挨拶をしようと思っただけなのに」
「何を言ってるんだヒソカ。針を刺すのはイルミなりの挨拶……いや俺にはしなくていい」
両腕を広げたままのヒソカの言葉からして、恐らく私が扉に気を取られている隙に後ろから抱きしめようとでもしていたのだろう。
しかし流石というべきか、イルミとクロロはそちらに引っかからず、近くにいたイルミが先ほど腕を伸ばしてヒソカの顔に針を刺したらしかった。
クロロの冗談が気に障ったのかイルミは再び針を何本か手に持っていたのでクロロが慌てて首を横に振る。
ヒソカはいつの間にか顔から針を抜いていて、窓の側へ寄りかかっていた。
「なまえがいるって知ってたらもうちょっと早く来たのにな」
「ヒソカが来るって知ってたら私は来なかったよ」
「だと思ったから言わなかったんだ」
「クロロ」
「だから俺を責めるな」
クロロはどうやらもうコーヒーを飲むのはやめたようで、カップには半分ほどコーヒーが残っている。
ゾルディック家のものが美味しくないはずがないので、恐らくこれから"仕事"の話が始まるのだろう、とお菓子の最後のひとかけらを口に放りこんだ。
「なまえがいたら二人のやる気も出るかと思ったんだ」
「出すぎてクロロのこと殺すかも」
「うわびっくりした。イルミが冗談言った」
「俺が冗談言うように見える?」
イルミならば本当に殺しかねない、と苦笑いを浮かべる。
当の本人であるクロロは相変わらず余裕の笑みを浮かべていた。
「なまえも俺がいない部屋で留守番するのはいやだろ?」
「クロロの部屋に住んでないし、なんだったらキルアとかと遊ぶから寂しくもないし」
「は?」
「え?」
横から低い声が飛んできたので何事かとそちらを向く。
漏れる殺気を隠そうとしないイルミを見上げ、しまったと口を閉ざしたが既に遅い。
彼の前で弟の名は禁句だった、とどうしたものかと目を泳がせた。
「なんでなまえとキルが遊ぶわけ?」
「い、いや、ほら、ゾルディック家にお菓子食べに来れるし」
「別にキルじゃなくても来れるでしょ?」
「そ、それは、そうだけど」
あくまで目的はお菓子でありキルアではないことを伝えようとするが、イルミは殺気を強めるだけ。
クロロは飲むのをやめたはずのコーヒーに手を伸ばしていたしヒソカはイルミの殺気にうっとりとしていてどいつもこいつも使えない。何が幻影旅団だ一回殴らせろ。
「なまえ。イルミは自分に会いにきてほしいんだよ」
「え!」
「違う。勝手なことを言うなヒソカ」
ジロリ、とイルミの殺意のベクトルが私ではなくヒソカへうつる。
ホッとしたのもつかの間、イルミの手にいつの間にか握られていたお菓子(食べ終わったはずなのにどこから持ってきたのだろう)が私の口に突っ込まれた。
「ほふんふほおほほ!」
「ちょっと黙ってて」
「んーーーーーーーーー」
イルミにぐいぐいとお菓子を口に突っ込まれながら、息苦しさを感じる前に食べ終わろうと必死に口を動かす。
まあ針では無かっただけ有難い、と口の中のお菓子を必死に噛み砕いていった。
「なまえが食べ終わる前に話を終わらせよう」
「何の話だっけ?◆」
「薔薇色ローズダイヤ」
「なにそれ」
単独お菓子パーティー
(知らないのか?薔薇色ローズダイヤ)
(なにその頭痛が痛いみたいな名前の宝石)
(イルミも知ってるぞ)
(ボクだけ知らないの?教えてよイルミ)
(いいからさっさと話進めるよ)