(人吉善吉)


今日はなまえ先輩が俺の愚痴をきいてくれるということで食堂に来ていた。
少し授業が長引いてしまったので急いで階段を降り、先生がいないことを確認して廊下を走る。
一応生徒会の人間なので良い目では見られないだろうな、だなどと自分の立場を再確認しながら角を曲がったところで。
お目当ての人物が視界に入り、ほっと息をはいた。

「遅くなってすいません。なまえ先輩」

「ん?大丈夫だよ。私も今さっき来たばっかりだから」

そう笑みを浮かべたなまえ先輩の前に置かれたパンは手をつけられておらず、俺を待っていてくれたということに意識しないでも笑みがこぼれる。
生徒でざわめく食堂で、俺は当然のようになまえ先輩の目の前に腰をおろした。
自分が持っていた弁当を開き、「いただきます」と手を合わせてからなまえ先輩へと向き合う。
それで、と会話を切り出そうとした瞬間。

「よっ」

「あ。屋久島先輩」

肩をポン、と叩かれ、振り返ってみれば水泳部の屋久島先輩が良い笑顔でこちらを見下ろしていた。

「あの…何か?」

「いや。喜界島が世話になってるなってことを言いに来たんだ。それと」

ふと、屋久島先輩の視線が俺から俺の後ろへと移動する。
その先にいる人物の心当たりは1人しかいないので、釣られてなまえ先輩の方を振り返った。
案の定屋久島先輩はなまえ先輩のことを見ていたらしく、なまえ先輩は屋久島先輩をじっと見上げている。

「てっきりお前はあの生徒会長とくっつくのかと思ってたが、まさか先約がいたとはな」

「そんなんじゃないですよ」

「ふぅん?」

首を傾げながら口端をあげる屋久島先輩に否定の色を示してみるものの、納得したわけではないようだった。

「どうも。俺は三年の屋久島っていうんだけど、お前は?」

「あーっと。三年の名字です。どうも」

「こいつ、うるさいけど結構いい奴だからさ。よろしくな」

「屋久島先輩!!」

「……………?」

あまりの驚きに勢い良く立ち上がってしまい、暫し周りの視線を集めてしまう。
申し訳なさと恥ずかしさに小さく咳払いをしてから再び席につく。

「まあ同級生なんだし、俺ともよろしく頼むぜ名字」

「………………」

「うん。よろしく屋久島くん」

差し出された手を何の戸惑いも無くとり、屋久島先輩へと微笑むなまえ先輩。
なんだかあまり見ていて面白いものではなかったので、綺麗にならべられたおかずを一気に口へと運んだ。
屋久島先輩は本当にそれだけの用事だったようで、じゃあなと言って楽しそうにその手に持った食べ物を抱えて教室へと戻って行く。
はあ、と息を吐いて、ところで、と話を切り替えようと口を開いて。

「ケケケ」

「…………………」

聞き覚えのある声に、顔が歪むのが自分でもわかった。
振り返って、目線を少し下げてみれば。

「このオレがいながら挨拶も無しに三年生と食事とはいい度胸してんじゃねーか。人吉善吉」

「……雲仙委員長」

苦虫を噛み潰したような表情で振り返ってみれば、そこには人を見下すような目でこちらを見ている雲仙冥利が立っていた。
辺りをチラリと見渡してみるが、どうやらいつもの取り巻きである女子生徒たちはいないようであった。
というか。

「なまえ先輩と知り合いなんですか?」

「知り合いもなにも、十三組が登校してきてるっていう状況で風紀委員がそれを知らねぇわけねぇだろ」

なあジュウサン、と雲仙はなまえ先輩に同意を求める。
どんな反応をしているだろうかとなまえ先輩を見てみれば、普段通りの表情で口の中のものを飲み込むと、ゆっくりと口を開いた。

「風紀委員なんてあったんだこの学校」

「あのなあ…」

その言葉におれはずっこけるが、雲仙は呆れたように愚痴を零すだけ。
自身が十三組の人間だからなのか、どうやら俺よりもよっぽど十三組の扱いを心得ているらしい。
しかし、なまえ先輩はニヒルに笑う雲仙冥利を見下ろしながら首を傾げていた。

「どうも先輩。俺は風紀委員長の雲仙冥利だ。早速訊くが、なんでアンタは学校に登校してきてんだ?」

なまえ先輩のことを先輩と呼ぶくせに、1ミリも敬意というものが感じられない。
しかしそんなことをなまえ先輩は気にしないようで、相変わらずの可愛らしい笑顔を浮かべた。

「人吉くんの愚痴をきくためだよ」

「え!?」

「そういう雲仙くんは、どうして学校に?」

「………風紀委員のことを知らないわりには、委員長の俺のことは知ってんだな」

ふふふ、と含み笑いを浮かべる先輩はどこか自分の知らない先輩のような気がして、今度はご飯を思いっきり口に入れる。
先程の「愚痴をきくため」というのもきっとなまえ先輩のいつもの冗談か何かだろうと驚いた自分を忘れようとした。

「俺ってば超有名人なのな。ケケケ。まあアンタが問題起こさない限り俺の出番はねぇから安心しときな。先輩」

「忠告ありがとう」

それだけ言うと、雲仙はひらひらと手を振って歩き出す。
その先にはどうやら会話が終わるのを待っていたらしい風紀委員の人たちがいて、彼は笑顔で迎えられていた。

「人吉くんって、顔が広いんだね」

そんな雲仙を複雑な気持ちで見送っていたら、なまえ先輩から声がかかる。
その声に弾かれたように振り返り、笑顔の先輩を見つめて、眉間に寄った皺を振り払うように首を小さく横に振った。

「いえ、顔が広いのは俺というよりめだかちゃんで…」

「ああ。黒神さん?まあ、生徒会長らしいもんね」

「らしい…って」

そういえばめだかちゃんとなまえ先輩は接点が無かったんだっけか、と思い出す。
生徒会でなまえ先輩と知り合いなのは俺だけで、全校生徒の顔と名前を把握しているめだかちゃんなら先輩の名前くらいは知っているかもしれないが、直接の接点はないのだ。
その事実を確認し、自然と顔が綻ぶのがわかった。

「でも、そうだね。そうなると、1つくらい疑問が出るんだけど」

「疑問?」

1つ目のパンを食べ終えたらしいなまえ先輩が2つ目のパンの袋を開けながら、俺の後ろの生徒達を観察する。
先程振り返ってわかったが、結構俺の友人たちがこの食堂で食事をしていた。
しかし俺は振り返ることなくなまえ先輩の疑問とやらを待つ。

「どうして人吉くんは、他の友達じゃなくて私と一緒にお昼ご飯を?」

「…………あー…」

不知火にも宗像先輩にも。そして生徒会のメンバーやクラスの奴らにも昼飯に誘われたりしていたが、大抵は断ってなまえ先輩と食事をしている。
そしてその質問の答えを自分の中で出し、顔に熱が集まっていくのがわかった。
箸を持たない方の手で自分の顔を抑え、赤くなったことに気付かれないよう下を向く。

「それは、その。一番仲が良いのが、なまえ先輩だからですよ」

適当に思いついただけの嘘をつけば、先輩は「そっか」と嬉しそうに笑うだけ。
そんな笑顔に期待してもいいのかと一瞬心が揺らぐが、この関係を壊したくないと臆病な自分が顔を出した。

どうか決して気付かないで

(好きだからなんて言える筈もなく)



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