(屋久島)
「屋久島くんは、溺れ死ななそうだね」
プールサイドに腰掛けて、水の中にある両足で水面を揺らすなまえは、突然そんなことを口にした。
自分の身長でも足が届かないほどに深いこのプールで、俺はそんな水面を見下ろしながらゆっくりとなまえの元へと泳いで行く。
「突然どうした?」
まさかあのとき十一組に沈められたことを思い出してプールが怖くなってしまったのかと思ったが、バシャバシャと水面を揺らすのをやめないのを見る限りそうではないらしい。
なまえはこちらを見ることなく、揺れる水面を見下ろしながら口を開いた。
「いや、私は、多分溺れても死んじゃうんだろうなって」
「俺も溺れたら死ぬだろうよ」
「でも屋久島くんは溺れないよ」
「そうだな」
だからこその特例組だ。
両手でプールサイドを掴み、腕の力だけで自分の身体をプールサイドへあげる。
そのまま身体を捻りなまえの横に腰掛けてみれば、プールの底よりも深いなまえの瞳と視線が合う。
俺はそのまま微笑むと、なまえの濡れた頭を軽く叩いた。
「俺は、プールを札束で埋め尽くそうと思ってる」
「………強盗でもするの?」
「誰がするか」
乾いた笑いを零してみれば、なまえは安心したように再び水面を揺らし始める。
本気で言ったのか、と驚いてはみたものの、なまえらしいかと口元を緩めた。
「俺は金が好きだ」
「知ってる」
「金のために泳いでる」
「知ってる」
忘れてなかったんだなと笑ってみれば、忘れたら慰謝料請求されそうという冗談が返ってくる。
「もし札束のプールが出来たら、お前はそこで泳げばいい」
「え?」
「そうしたら、溺れ死ぬ心配はねぇだろ?」
水じゃないしな、と普通の学校よりもかなり大きなプールを見渡した。
誰も居ない放課後のプールに、高校生2人。
なまえは泳ぎが最初の頃より様になっているとはいったものの、普通ではない自分は他人の"普通に泳げるレベル"だなとはわからない。
だからどこまで教えれば良いのかわからないと言えば、鍋島は笑って「それでもええで」と即答だった。
あのときはどうしてそんなことを言ったのかと不思議に思ったが、今となってはどうでもいい。
"特例組"の自分と、"異常組"のなまえを繋ぐものはこれくらいしかなかったのだ。
鍋島には感謝をしてもしきれないが、それを悟られれば何を要求されるか考えるだけでも恐ろしかったので、この思いは墓場まで持っていくことにしよう。
「札束のプールかあ…」
「ああ。絶対に、実現してみせる」
「私、窒息死するかも」
「なりそうになったら助けてやるよ」
「いくらで?」
「無料で」
ふーん、という返事は、こちらの言葉を信じていないのか、それとも。
ずっと水面を見つめたままのなまえになんだか少しだけ苛立って、腕を引っ張りそのまま体ごと水面へ。
「えっ……!!」
驚くなまえを抱きしめる形で、俺の身体は水に包まれる。
プールにまで嫉妬するようになるとは、と声が聞こえないのをいいことに水中でそんな愚痴を小さく零した。
「っ、や、屋久島くん。危ないよ!」
「悪い悪い。でもさ、やっぱりなまえは溺死がいいと思うぜ。窒息死なんかよりも、断然な」
水着越しの体温を感じ、離すものかと力を込める。
なまえが痛みに顔を歪ませても、それすら愛しいとその額に口付ける。
「俺の愛に溺れ死ね」
溺れるまで側にいて
(欲しいものは、手に入れる)