(雲仙冥利)
「いたっ!」
頭に、というか背中にも足にも何か硬いものが当たったので、痛みと共に声を出す。
振り返ってみれば、予想通り。
ちっちゃい二年生が不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。
「……雲仙委員長」
「テメェ…なまえ。これで何回目だ?」
どうやら相当怒っているらしい。
何かしただろうか、と地面に転がっているスーパーボールを拾いつつ彼の言葉を待つ。
「風紀を乱すな」
再び飛んできたスーパーボールは喉元に連続でぶつかり、痛みに顔を歪ませた。
「私が何をしたっていうの!」
「廊下で菓子くってんだろうが!」
「はっ!」
「はっ!じゃねえ!」
飛んでくるスーパーボールも、爆発するそれらも、手にしているお菓子を廊下に落とされては困ると頑張って避ける。
しかしそのスピードは凄まじいもので、足やら肩やらにバンバンぶつかってきた。
「あのね、雲仙委員長。これ私じゃなかったら病院行きだからね?」
「病院どころか墓場送りにしてやりてぇ気分だ」
「物騒!!」
ダイヤモンド並の硬度を持つなまえに、雲仙の攻撃は勿論、誰の攻撃でさえ通るわけもない。
多少の痛みは感じるものの、なまえが本気を出せばそれすらも感じなくなるほどの彼女の体の硬度は増す。
攻撃してくる相手が、たとえあの生徒会長であったとしても。
「なんなのもう。雲仙委員長もお菓子食べたいの?」
「それは子ども扱いしてんのか?」
「大人だってお菓子食べるよ」
「だとしても廊下で物を食ってんのは粛清対象だ」
「ケチ」
「あ?鉄球で押し潰すぞ?」
「それお姉ちゃんの方!」
既に、廊下には大量のスーパーボールが転がっていた。
もしこれら全てが火薬入りのものだとしたら、なまえの横にある教室が吹っ飛ぶくらいではすまないだろう。
そして、もしこの校舎が吹っ飛んだところで、雲仙の目の前の少女は無傷である。
それがわかっているからこそ、雲仙はスーパーボールを投げるもののそれら全てを爆発させようとは思っていなかった。
「わかったよ。ごめんね雲仙くん。お菓子はあとで風紀委員のみんなで食べていいから、没収していいよ」
「……随分と素直じゃねぇか」
「えーっと、チョコにポテチに…あと……」
「四次元ポケットかテメェの服は」
次々と出てくるお菓子に呆れるものの、雲仙はその行為を黙って見ている。
そしてふと、先ほどのなまえの言葉が気にかかった。
「…………………」
「どうかした?雲仙くん。眉間に皺が寄って、妖怪みたいな顔してるよ?」
「化けて出んぞ」
そして、雲仙冥利は確信した。
「なまえ。お前、何か隠してるだろ?」
「え?もうお菓子は全部出したよ」
「お菓子の話はしてねーよ」
溜息をつきたかった雲仙だが、その溜息を飲み込み、思いっきり口端を上げる。
その様子になまえは驚き、一瞬だけその笑みに怯んだ。
雲仙の人をとことん見下す視線はなまえへと一直線である。
「テメェが俺をくん付けで呼ぶときは、何か隠してるときだけだ」
「……そんなわけないじゃん。雲仙委員長?」
「ケッ、今更遅いっつうんだよ」
スタスタと歩いてくる雲仙に、なまえは動けない。
しかしお菓子を踏まないようにして歩いて来てくれるところを見ると、食べ物を粗末にする人間では無いらしかった。
「で?何を隠してやがる」
「女の子には秘密の1つや2つ……」
「テメェのスリーサイズなら知ってんだよ」
「なんで知ってんの!?」
驚いたように胸の前で手をクロスさせるなまえだったが、雲仙は相変わらずただ静かに笑みを浮かべるだけ。
ケケケ、という笑い声がなまえの耳に張り付く。
「えーっと、そんな言いがかりで粛清されても困りましてね…」
「そうか?いつにも増して随分と素直だったのも引っかかる」
「そ、そんなの推測でしょ!冤罪だよ!風紀委員としてあるまじき行為だ!」
「火薬入りのスーパーボール投げてる奴に何言ってやがる」
そうは言うが、なまえはここで引き下がるわけにはいかなかった。
確かに硬度を上げれば痛みは感じないが、それでも恐怖は感じるのである。
モンスターチャイルドと呼ばれる彼は、伊達に十三組に在籍していない。
「そ、そんなこと言ってもし私が何も違反してなかったらどうするつもりかな?」
「そんなことはねぇから安心しろ」
何を安心するんだと叫びたかった。
論より証拠を見せてみろ
(オレが出張ってきた時点でテメーの悪は決定済みだ)