私の安全最優先続編
(ハーバー)
右手に走った痛みで、手にしていた武器を落としてしまった。
武器である彼女は私のことを心配してくれていたけど、ここは戦場。
武器から人間へ戻るわけにもいかない彼女を、私は利き手ではない左手で握った。
「……っ、………」
右手を見下ろせば、切れた服の下から血が驚くくらい流れていて。
血を見ることは苦手ではないし、後方で支援している私でも前線で怪我をしている職人達を見ることは何度かあった。
しかし、こうして自分が怪我をするのは見ているそれとはわけが違う。
痛みよりも、恐怖が大きかった。
今までで一番、身近に死を感じた。
こんな傷では刃物に毒が塗られていない限り死ぬわけでもないのに、何でか無性に怖かった。
後方へと逃げてきた敵に斬りつけられたものの、その敵はもうどこかへ逃げてしまったらしくここには血を流す私とこちらを心配して声をかけてくるパートナーだけ。
「………大丈夫」
そう呟いて、今度は武器を両手で構えた瞬間だった。
「っ―――――!!」
戻ってきたらしい敵と、目が合った。
そしてそのまま、敵は間髪入れずにこちらへ走ってくる。
大丈夫。大丈夫だ。敵だって負傷してる。こっちには武器がある。訓練通り、授業通り、動けばいい。練習した。成績だって上がった。大丈夫。大丈夫だ。大丈夫だってば。どうした。私の腕。動け、動け。動け。大丈夫だから動けって言ってんだろ!!!!!
「なまえ!!!」
気付けば保健室に居た。
いや、あのあとどうなったかはきちんと覚えている。
だけれど、自分がちゃんと動けるようになり、頭で考えられるようになったのは保健室に来てからだった。
左手にある温もりに少しだけ反応を示せば、嬉しそうな表情を浮かべて彼は私の名前を呼ぶ。
「なまえ!」
「……ハーバー…」
ぼんやりと彼の名を呼べば、「良かった」と安堵の溜息が漏れた。
あのとき私の名を呼んで助けてくれたのは、右腕を槍に変えたハーバーだった。
自分のパートナーを一番に考えているはずの彼が、私を助けに来てくれていたのだ。
だけどそれは、許される行為ではない。
武器は自分のパートナーの職人を守らなくてはいけないし、私を守るためにオックスを戦場に1人残してきたとしたらそれは褒められた行為ではない。
しかし、私に今彼をそうやって責めることなど出来なかった。
「…オックスくんには、なまえを助けに行けと言われたんだ。後方に敵が逃げたと聞いてから僕の魂が不安定だったことに気付いたらしい」
流石パートナーだよな、とハーバーは少し恥ずかしそうに笑う。
「でも、良かった。もしもあそこでなまえが敵にやられていたら、僕はきっと、もう二度と武器として死武専にはいられなかった」
「え…………?」
「結婚式の話し合いもこうして出来なくなるんだから」
「だ、だからそれは……」
こんなときにでもそんなことを言ってくる彼に、どう対応すればいいのか困惑した。
彼なりの冗談なのだとしたら、言う冗談を選んだほうがいいと忠告するべきなのだろう。
しかしそれよりも、私は彼に言うことがある。
「ハーバー」
「なんだい?なまえ」
ハーバーは、前のように私の手を優しく握りしめていて。
そのバイザーの奥の熱を持った視線がなんだか居心地が悪く目線を逸らした。
「……助けてくれてありがとう」
そう静かに言えば、彼からの反応は無い。
聞こえなかったのかと不安になったが、これだけ近くにいるんだ。どれだけ小さくても聞こえるはずだろう。
ふと気になって目線を上げてみれば、彼はバイザーの向こうで目を見開いていた。
「え、今……」
「に、二回は言わないからね……!」
「好きって言った!?」
「言ってないけど!?」
どんな耳をしてるんだ、と右手が動くものならそのバイザーを叩き割るところだった。
危ない危ない。
「い、いや…そんな……なまえからそんなことを言ってもらえるなんて、僕…」
「だから言ってないってば!!」
何か知らないが1人でときめいている彼は普段通りだと溜息も出ない。
だけれど、そんな彼を見て安堵する自分もいた。
あのとき戦場で味わった恐怖も、ハーバーといれば何故か和らぐ。
「僕も好きだよ。なまえ」
「あー、ほら、もうすぐ授業始まるから、オックスが探してるかもよ?」
「なまえと大事な話をしてるんだからオックスくんは関係ないだろ」
やはりどこまでもドライな奴だった。
というか自分のパートナーをほっぽりだしたくせに心配じゃないのかコイツは。
「そういえば新居の話はしたっけ?」
「ちょっと一回黙って欲しい」
言いそびれた「格好良かった」は、墓場まで持っていこうと決意した。
命知らずな恋心
(厄介すぎてどうにもならない)