(鬼神 阿修羅)

鬼神が復活した忌まわしき夜。
魔女達の攻撃により教職員も生徒も、街の住人も―――そしてあの死神でさえも、被害を受けていた。
そして、ここにも1人、被害を受けた女子生徒が。

「俺のような存在と違って、お前は何か食べないと死ぬだろう?」

話しかけてくる男は目の前にいるのに、なまえはなんだか魂に直接話しかけられているような気がしていた。
目の前にはどこからか盗ってきたらしい食べ物が無造作に置かれている(彼のことだ、どこかで買い物をしたわけも無いだろう)。
ご丁寧に袋に入っているパンを1つ袋から取り出し、こちらへ差し出してきた。
確かに、お腹はすいている。
ここで断ったとしても彼は引き下がらないだろう。

「…………ありがとう」

静かに、しかし素早く彼の手に触れないようにパンを受け取り、口へ運ぶ。
それを彼はじぃっと見つめてくるので、耐えられなくなったなまえは顔を背けた。

「……………………」

「……………………」

しかし、彼は身を乗り出してこちらの顔を下から覗いてくる。
どうやってもパンを食べるところを見たいらしく、なまえは彼から目を逸らしたままパンを口へ運んだ。

「………………美味いか?」

そう、低い音が魂に響く。
返事をしないとずっとこちらを見てそうだったので、ただ黙って一度だけ頷いた。
すると男は嬉しそうな笑みを浮かべ、なまえの近くから身を引いて山積みになった食料を食べるでもなくいじっている。

「………………………」

パンを食べながら、少ししか無い明かりを頼りに自分のスカートを見下ろした。
死武専の制服。
あの夜、魔女の結界が解けたあのとき、バルコニーから外を見渡そうとして。
突然こちらを包み込んだ闇と狂気に、そこでなまえの意識は無くなった。
次に目覚めたときには、この男が目の前にいたのだ。
――――鬼神、阿修羅。
自分がそうだと、彼はなんの躊躇いも無くなまえへ名乗った。
最初は死神様か誰かに助けを求めようとしたが、ここにこうしている阿修羅を見れば、死神様の手から逃れられたのだということがなまえにも容易にわかった。
それに、今は自分に興味があるらしく下手に殺そうとはしてこないらしい。
自分に飽きるまでは、命の保障はされているのだろうと前向きに考えることにした。

「……そういえば、理由を話していなかったな」

「理由?」

「ああ。何も俺は、死神に対する人質のためにお前をさらったわけじゃない。元々俺は他人のことが滅茶苦茶怖くて物凄く嫌いだ」

だから鬼神と呼ばれるようになった、と阿修羅は一口飲んだジュースを後ろへ放り投げる。
その落下音が聞こえなかったことに、なまえは少しばかり恐怖を感じた。

「だから俺は武器を持ってない」

「…………?」

「怖かったんだ。恐ろしかった。あいつも所詮他人だった。だから怖くなって、あいつを食べた」

声も無い。
そう言う阿修羅の表情はあまりにも"無"で、なまえはその狂気に飲み込まれそうになる。
どこまでも深い瞳は、闇を映し出しているようだった。

「でも、やはり武器は必要だ。いなかったから俺は死神に一度負けた。今回はあいつの範囲外に逃れたから負けなかったが、また全身の皮を剥がされると思うと体中が痒くなる」

なまえには、阿修羅が言っていることのほとんどが理解出来なかった。
彼を復活させないために奮闘した彼らならわかったかもしれないが、なまえは阿修羅が復活するまであの謎の空間に閉じ込められていたのだ。無理も無い。
しかしそんな事情もお構い無しに阿修羅は喋り続ける。

「だけどこんな俺と波長が合うやつなんてそういない。こうなる前にだってあいつしかいなかったんだ。でも、見つけた。それがお前だ」

「――――私が」

「そうだ。だからお前は俺といても狂わない。いや、既に狂ってるのか?まあ、俺の魂に影響されない理由なんてものは波長が合うっていうのだけで十分だ。そんなことはどっちでもいい」

―――狂ってる。
その言葉が、彼には面白いくらいに当てはまった。
最早笑い事なんかではなかったが、なまえにはどうすることも出来ない。
こうは言っているが、ここでなまえが死んだら死んだで新しく彼は武器を探すに決まっている。
だからこその鬼神。それでこその阿修羅。

「でも、私はそんな」

「いいんだ。気にするな。死神に封印されてて、俺も少し考えが変わったんだ。なんたって何百年と1人だったんだからな。話し相手くらいは欲しい」

人嫌いじゃなかったのか、という言葉をなまえは飲み込んだ。

「(………パートナー……)」

なまえには、パートナーと呼べる職人がいなかった。
波長の合う職人は今までに何人もいたが、彼らは全員、自分よりも波長の合う武器とパートナーになってしまう。
なまえは武器とはいえ1人で戦えるような戦闘力も無ければ威力のある武器でもない。
だから普段の戦場ではいつも後衛であったし、出れないときだってあった。
しかし、今は違う。
彼が自分をパートナーにしたいと言ってくれ、波長も合っている。
――――それがたとえ、鬼神であったとしても。

「確かに俺は人が嫌いだし怖い。でも、久しぶりに波長の合う奴がいると大分楽だ」

阿修羅はそう言って、さきほど捨てたのとは違う種類のジュースをなまえへ差し出した。
なまえはそれをじっと見下ろし、こちらをじぃっと見つめてくる阿修羅を見る。
そして、ゆっくりとその震える手をジュースへと伸ばした。

「パートナーになるなら、そうだな。お前の名前を俺は知っておいたほうがいいのか?」

首を傾げる阿修羅の瞳は、暗すぎて目の前のなまえすらうつらない。
しかしそれでもいいとなまえは微笑む。

「……なまえだよ。よろしくね、阿修羅」

受け取ったジュースは、氷のように冷たかった。

犠牲者ゼロ


(きっと何かが狂ってる)


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