(ジン=フリークス)

今の季節は寒くなったとしても長袖一枚程度で過ごせる季節のはずだ。
しかし雨で濡れた身体は冷えるばかりで、震えることをやめてはくれない。

「(……………………寒い)」

寒さに怒りがこみ上げ、何も無い暗闇を睨みつけてみるものの、反応も無ければ身体が暖かくなることも無かった。
どうしてこうなったんだろう、と膝をかかえる腕に力をこめる。
食事を作るために森へ入って目的のものを手にすることは出来たものの、降ってきた雨に気をとられて崖から足を滑らせてしまった。
下はふかふかの土だったため怪我はしなかったが、自分でそこから上がれるわけもなく、雨も酷くなってきたのですぐ傍に見つけた洞窟に入って雨が止むのを待っていたわけだけど。
耳に入る凄まじい豪雨の音に、洞窟からすぐには出られないのだろうとわかって溜息しか出てこない。

「…………………」

せっかく見つけた食材も崖から落ちた際にどこかに行ってしまったようで、洞窟には本当に1人だった。

「(心細い、っていうのかな…)」

自分は一人っ子で、両親も一日中家にいるわけではないので1人に慣れていないことはない。
怪我もしていないし雨にも打たれていないのだから、空腹を少し我慢すればこんな洞窟で1人、待機していることなど造作も無いと考えていた。
しかし時間が経つにつれ、その自信は不安へと変わっていく。
雨の音は凄いものに変わっていくし、外からの光も既に無くなりつつある。
此処がどこかもわからない。
私が此処にいることなど、誰も知らない。
両親は心配しているだろうか。近所の人は騒いでいるだろうか。彼は―――ジンは、どうしているだろうか。

「……………見つけた」

「、………え?」

いつの間にか俯いていた顔が、その声に自然と上がった。
その際に頬に温かい何かが伝った気がしたが、そんなことよりも、今聞こえた声に驚きを隠せなかった。

「…………………ジン?」

「なんだよ。俺の名前くらいちゃんと覚えとけ」

ニィ、と笑う彼の笑顔から目が離せない。

「なまえ」

森へ行くことを誰にも言っていないのに。此処にいることは誰も知らないのに。

「な、んで……」

上手く言葉が出ないのは、寒さのせいか。それとも違うなにかのせいか。
出てきた言葉は酷く震えていたのに、目の前の彼はいつも通りに笑うだけ。

「それはこっちの台詞だ。お前がいなくなったって聞いて、どんだけ焦ったと思ってんだ」

「……ジンでも、焦ることなんてあるんだね」

「減らず口を叩いてる場合か」

「え?」

腕を引っ張られた痛みに顔を歪める前に、突然の温かさに身体が硬直した。
後ろに回された腕が、痛いくらいに身体を締め付けてきて。

「ジ、ン……!?」

「冷たいな、お前」

「え、ちょっと、」

「最初見たとき、もしかしたら死んでるのかと思って言葉が出てこなかった。声をかけて、返事が返ってこなかったらどうしようって。でも、良かった。本当に」

おかしい。
震えているのは私のはずなのに、自分を抱きしめてくれているジンが震えている気がして、どうしたのだろうと顔を見ようとした。
しかし力強いジンの腕は解けず、顔を見せようとはしてくれない。

「…どうして、ここがわかったの?」

どうすれば良いかがわからず、抱きしめられたまま疑問を口にする。
自分でも気付かないうちに寒さに体力を奪われていたのかジンに会えた安堵からか、身体に思ったより力が入らないのでこれでもいいかと身体を預けた。

「そりゃあわかるさ。俺はハンターになるって言っただろ?」

「ああ……そうだったっけ」

「お前はまだ不満なのか」

「別に…………」

しかしその口調で、不満に思っていることはバレバレだっただろう。
それでも、今はそのことについては言及する気は無いらしかった。

「……そろそろ温まったよ。ありがとう」

こうして抱きしめてくれたことに、きっと深い意味はない。
こうすれば震えが止まるだろうということを知っていて、彼はそれを行動に移しただけ。
だけどそれを認めたくなくて、彼から言われる前に自分からそれを口にした。

「……………ジン?」

しかしジンは何も言わない。
それどころか背中に回る腕の力は強くなっていて、少し息苦しいくらいである。

「俺にはわかる」

「え?」

それが感謝の気持ちに対する答えでないことくらい、私にもわかった。

「お前が料理を作るために食材を取りにこの森に来るのも。どの道を通るかも。そして雨が降り出せば冷静には動けないだろうということも」

「え……?」

「だからお前が怪我をしないように崖下の土は柔らかくしておいたし、洞窟だって少し広くしておいた。お前の行動パターンは、俺にとって簡単にわかるんだ」

「ジン…!!?」

ジンの言葉を理解する前に、彼の両肩を掴んで引き剥がす。
今度は驚くほどすんなりと背中に回っていた腕は解け、彼の笑顔が視界に入った。
全て―――仕組まれていたことなのか。
森に入ってから、彼がここに来るまで。
全てが、彼の手の平の上だったとでもいうのか。

「……怒ったか?」

そう不安げに訊いてくるものの、ジンの表情から笑みは消えない。
コイツ、とつきそうになった悪態を飲み込んだ。
どうせここで怒ったとしても、それすらもジンの予想通りのことなのだろう。

「でも、泣くとは思わなかった。悪かったな」

「別に泣いてない」

「いいや泣いてたね」

「だから泣いてないってば!」

そう怒ってみても、彼の余裕の笑みは崩れない。
洞窟の外ではまだ雨が降っているようで、その声は雨音にかき消され外に出ることは無かった。
洞窟内に、虚しくその嘘が木霊する。

「悪かったって。だから、お返しに温めてやるって」

「もう温まったって言ったでしょ」

「――――いいや」

ゾクッ、と背筋に悪寒が走ると同時、再び腕を引っ張られた。
しかし今度は彼の顔が見える位置で止まり、何かを企んでいるときの笑みを浮かべたジンと目が合う。

「遠慮するなよ。なまえ」

黒い罠


(まんまとハマってしまった罠から脱出する術を私は知らない)


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