(黒神真黒)

わからないことばかりだ、と彼女は笑う。
わかることだらけの世界だ、と僕は笑う。

「黒神くんは、頭良いのに変態だよね」

「頭がいい奴なんてものには変態しかいないよ」

「そういう意味で言ったわけじゃないよ」

そう困惑する彼女に、「わかってるよ」と理解しているフリをする。

「反対に、僕はめだかちゃんやくじらちゃんを見て萌えないということが理解出来ない。まあ、別にしなくても構わないんだけどさ」

「確かに二人とも可愛いと思うよ。まあ、ちょっと個性的かもしれないけど」

教室で二人、そうやって笑いあった。
入学したてではあったが、彼女は自分の妹のことも、妹好きの自分のことも知っている。
それでもわからないと、彼女は考える。

「でも、じゃあどうして?」

「それは―――まあ、妹萌えと好きという感情は別物だったってことなんじゃないかな」

彼女の両手を優しく包んで、笑みを浮かべた。
彼女は相変わらず困ったような笑みを浮かべていたが、それでもここで引くわけにはいかなかった。

「僕は君のことが好きだよ。なまえちゃん」

頭を撫でようと手を伸ばせば、驚かれて後ろへ下がられてしまう。
それでもいいと、更に手を伸ばして頭を撫でた。
さらさらとした髪を指でといてみれば、なんとも心地良いものである。

「でも、私はわからないよ」

「何が?僕が、君を好きな理由かい?」

なまえからの返事を聞いていないというのに、真黒は至極嬉しそうな表情を浮かべていた。
そして、そんな真黒の問いに首を横に振り、「違う」と小さく呟く。

「私が、黒神くんをどう思ってるか」

そんなことだろうと思った、と真黒の目が細まる。

「ああ。それでいいよ」

「え?」

「僕だけが"わからない"というのは随分と不公平だ」

彼らはまだ高校一年生なので1つ下の公平すぎる少年のことなど知らないが、もし知っていたら『彼ではないけれど』、という言葉が付け足されていたことだろう。

「僕がなまえちゃんのことが好きだということを知っていてくれればそれでいい」

「……?それ以外に、私は何をすればいいの?」

「何もしなくていい。こうしてこのまま、朝学校に来て夕方家へ帰っての毎日の繰り返しさ」

それで十分すぎると真黒はなまえの手を再度両手で握りしめた。
そんな手を見下ろすなまえを見ている自分は、随分と嬉しそうな顔をしているだろう。

「まあ僕はなまえちゃんの写真集とかフィギュアとかぬいぐるみ作りに忙しいわけだけど」

「……今のは言わないでほしかったかな…」

「あはは。ということで僕は早速家に帰って作成に取り掛かるから、また明日ねなまえちゃん」

「うん…出来れば作ってほしくないけど、また明日」

両思いでもなければ付き合ってもいないので、真黒は一緒に帰るという選択肢を放棄して教室から出て行く。
そしてそのまま玄関を出て家へ帰る予定だった。
はずだったのだ。

「この中に入っているサイコロを振ってください」

目の前に座る男―――不知火袴は、世間話でもするかのようなノリでそう言ってきた。
黒神真黒は観察する。
それだけで、彼女とは違い、この男のことは大体理解した。

「………あなたの考える計画か何かに参加することになったら、僕に何かメリットがあるんですか?」

「…ほう。そこまで既におわかりですか」

白々しい、と悪態をつくのも面倒だった。
頭の中にあるのは、彼女のことだけなのに。

「まあそうですね。色々あります。しかしそれはあなたに"適正"があった場合の話なので…とりあえずは」

どうぞ、とサイコロが入ったワイングラスをこちらへ指で押し出した。
恐らくこの理事長が考えていることは自分にとってとても面白いものだろう。
しかし、登校義務を免除されている十三組のことだ。
"それ"を行うのが放課後ということもあるまい。
目の前にあるワイングラスを握り、黒神真黒はゴミをゴミ箱へ捨てるかのようにワイングラスをひっくり返した。

「おはよう、なまえちゃん」

「あ。おはよう黒神くん」

後日、なまえへ挨拶した真黒もその挨拶に答えたなまえも相変わらずであった。
しかしそんな真黒に何か言いたいことがあるのか、ボーっとなまえは真黒を見つめている。
その視線が少し居心地悪かったのか、真黒は「どうかした?」と話を切り出した。

「いや…真黒くんこそ、どうかしたの?」

「え?あー…いやあ、今日もなまえちゃんのことが好きだなあって」

「ふぅん。そっか」

「冷たい反応にビックリしたよ…」

真黒は一度座った椅子から立ち上がり、こちらを見上げるなまえへと近付いていく。
そしていつもと違った風に、ゆっくりとなまえを抱きしめた。
なまえが何かを言う前に、後頭部を力強く押して自分の胸板に押し付ける。

「く、黒神く……」

声は酷くくぐもっていたが、自分の名を呼んだことくらいはこの距離だ。聞き逃すはずもない。
しかしその声に反応するでもなく、真黒は小さくなまえの名を呼んだ。
なまえはその声に真黒の言葉を待つことにしたのか、押し返そうとしていた手から力を抜く。

「しばらく会えないかもしれないけど、僕が君のことを好きなのは変わらないから、それだけはちゃんと覚えててね」

真黒が閉じた瞼の裏に、転がったサイコロの異常な結果が焼き付いていた。

転がした運命


(賽は投げられ、退路は断たれた)


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