(都城王土)(行橋未造)
「行橋くん!ほら、ここならお面がいっぱい売ってるよ!」
「うわぁ……凄く嬉しいよありがとう………」
「せっかくなまえがお前のために探してくれたんだ。もっと喜んだらどうだ行橋」
「わーい…嬉しいなあ……」
行橋未造のつける仮面は口元に笑みを作っていたが、その下で行橋は呆れを通り越してどうしていいかわからず思考停止していた。
空は真っ暗で、月が綺麗に輝いている。
そして、遠くから聞こえてくる祭囃子。
「なんだって祭りに誘ってくると思ったらこういうことね……」
「どうした行橋。迷っているのか?」
「私はこれがいいと思う!あ、でもこっちもいいかな」
仮面のせいで行橋が何を考えているかがわからない二人は(都城に限っては相変わらず「俺」としか考えていなかったが)行橋がたくさんあるお面の中から選べず沈黙しているのだと思ったらしい。
なまえは目を輝かせながら視線をあちらこちらへ動かし、遠めにお面屋を見ていた子供がそれを見て少し引いていた。
「あ、あの…僕別に新しいお面はいらないんだけど……」
ていうかこれ仮面だし、という言葉を行橋は飲み込む。
都城は「いいから買え」と言うだろうし、なまえに限っては「どう違うの?」としつこく訊いてくるだろう。
色々と面倒になった行橋は適当なものを選んでこの場を切り上げよう、と手を上げようとして。
「(『つけろ』とか…言われないだろうか……)」
いや、絶対言われる。
なまえは今たくさんの仮面に夢中であるが、自分がお面を決めたらこちらに気が向くだろう。
それだけは避けたいと、指差そうとしていた子供向けアニメのヒーローの仮面から視線を逸らした。
「あ、あのさ、お祭りって初めてだから色んなお店見てみたいんだけど…」
それは嘘では無い。
普通に外を歩いていても人に会うのだ。
自分の異常性に耐えることが出来ている行橋であるが、人の大勢いる場所に好んで行くわけもない。
それは都城と会ってからもそうだったし、行きたいとも思わなかった。
だけれど今回はなまえからの誘いであり都城もいるということで来たのだ。
結果的に来なければ良かったかもしれないと思ったのは内緒であるが。
「うん?あー、そうだね。私もお祭りって初めてだし」
じゃあ行こうか、と歩き出すなまえに都城は何も言わずに続く。
ということは彼も賛成ということだろうな、と行橋も慌てて彼らの後をついていった。
「で?どれがいいんだ行橋」
「え?あ、え、えっと…」
後ろも見ずに行橋へ訊ねる都城。
その質問に慌てて行橋は辺りを見渡した。
あのお面屋が店じまいをするまで、どこかで時間を潰さなくては。
「あ、あれとかどうかな?」
「どれ?」
指を差した先には、棚にたくさんの景品が並ぶ射的コーナー。
射的ならば二人ともそんなに上手くは無いだろうし、取れるまでやるとなるとかなりの時間を費やすだろうと行橋は射的コーナーへ小走りで駆け寄った。
「射的か…」
「都城くんやったことある?」
「いや。この偉大なる俺でもやったことは無い。なまえはあるのか?」
「ううん」
「あ、あの!この人が射的やりたいって言ってます!」
「ん?行橋、お前がやりたいんじゃないのか?」
「僕はこういうの得意じゃないからさ…王土なら出来るだろ?」
店の人に行橋が声をかければ、不思議に思った都城が疑問を口にする。
しかし行橋は自分がやるよりも都城がやった方が時間がかかるだろうと踏んでいた。
電気が通ったゲームをするわけでも無いし、もし彼が出来てしまったとしてもなまえに頼めばいいことだろう。
カウンターに置かれた説明文をチラリと読んだだけで都城はルールを理解したのか金を店員へ払うと玩具の銃を受け取った。
「うむ…なまえ。この偉大なる俺にどれを撃ってほしいか請うていいぞ」
「え!ちょっと王土、ここは僕に訊くんじゃないの!?」
「欲しいなら自分で取れ」
一番落としにくそうな、携帯ゲーム機が入った箱を指定しようと準備していた行橋が驚いたように都城を見上げる。
しかし都城は行橋のことなど見ておらず、隣で物珍しそうに射的コーナーを見渡しているなまえへと声をかけていた。
「うーん…じゃああのぬいぐるみがいいな」
「ぬいぐるみ?随分と子供っぽいのを選ぶんだな」
「だって、大きいから当てやすいでしょ?」
「ふん…この偉大なる俺を気遣うとはな。まあ良い」
行橋は、結果的にはホッと胸を撫で下ろすことになった。
なまえが指定したのは行橋が選ぼうとしていた携帯ゲーム機の次に落とし辛そうな熊のぬいぐるみだったのである。
しかし都城はそんなこととは露知らず、それを狙おうと適当に銃を構えた。
そして、銃声。
「ん?」
しかし都城は疑問の声を漏らす。
行橋となまえが銃声のうるささに耳を塞いでいる前で、熊の眉間に穴が開いていた。
「店員。早くそのぬいぐるみを渡してくれないか」
第三者の声と共に、都城は口元に笑みを浮かべたまま構えていた銃を机の上に置く。
「どうした殺人鬼。大量殺人でもしに来たのか?」
「物騒なことを言うもんじゃない。僕はただ、お祭りを楽しみに来ただけだよ」
ゆっくりと歩いて来た宗像の手に、玩具の銃と同じような外見をしたライフルが握られているのを行橋は仮面の下から見てしまった。
その銃口から微かに煙が立ち上っているのを見て、恐る恐る熊のぬいぐるみを見上げる。
眉間に穴の開いた熊は、その純粋な目でこちらを見つめていた。
「テメェ宗像!本物で景品撃ってんじゃねぇよ!!」
「…なんでお前がここにいるんだ?」
「バイトだよ。つーかマジふざけんな!ぬいぐるみ即死じゃねぇか!」
「元々生きて無いだろう」
「そういう問題じゃねぇ!!」
先ほどの店員と丁度交代の時間だったのか、エプロンをつけていたのは行橋がお金を渡した店員ではなくクラスメイトの高千穂千種であった。
そのことに少しばかり宗像は驚いていたようだが、手に持っているライフルをしまおうとはしない。
高千穂は穴が開いてしまったぬいぐるみを残念そうに眺めながら盛大に溜息をついた。
「……なまえ。穴が開いたのは嫌か?」
「え?うーん…絆創膏とか貼ればなんとかなりそう」
「ならねぇよ!!」
「待て殺人鬼。それをなまえにやるのはこの偉大なる俺だ。横取りはいくら貴様でも見過ごせないな。貴様は泥棒ではないだろう」
「泥棒するもなにも、それは僕が撃ったのだから僕のものだ」
「そういうゲームじゃないみたいなんだけど…」
一気に騒がしくなったな、と溜息をつくと共に、行橋はこれでしばらくあのお面屋に行くことにはならなそうだと安堵した。
お祭り騒ぎ
(初めての祭りが今日で良かったと仮面の下で静かに笑った)