(鶴喰鴎)


「鶴喰鴎!」

「………………」

名前を呼ぶと、物凄く不機嫌な顔をしながらそのダークヒーローは振り返る。
普通にしてればカッコいいのにな、とか思ったけどそんなこと言ったら彼の顔が妖怪じみたものに変化しそうだったからやめた。

「……なんですか」

わー、低い声。
普段からも低い声を更に一段階低くしてる。
それほど不機嫌だということだろう。

「相変わらず不機嫌だねー、何かあった?」

「いえ。あなたに呼び止められたこと以外で不機嫌になることなんて今日もありませんでしたよ」

相変わらずの毒舌をはき、スタスタと歩き出してしまう。
私は、追い越さないように早歩きでそれに続いた。

「……ダウト」

「え?」

私の呟きを拾った鶴喰鴎が、立ち止まる。
それからこちらを振り返った。

「なんです、それ」

どうやら私の言葉の意味を求めているようだった。

「トランプのゲームだよ」

「あぁ…そうですか」

興味の無さそうな鶴喰鴎はそう呟いたあとで眉間に皺を寄せた。
相変わらずその目は私を見ようとはしていなかったが、それでも彼の感情を伺うには十分だった。
ていうか、一応私先輩なんだけど。
もしかしてあれか。
目上と年上は違いますよ的なノリか?

「私が何か嘘を言ったとでも?」

「うん。言ったね」

「何を根拠にそんなことを」

「おおかた、お父さんを倒そうとして完敗したってところかな?手も足も出ずに」

「…………………」

鶴喰鴎の質問を遮って言った私の見解が鶴喰鴎にはつまらないものだったようだ。
睨み…というかもはや殺気に近いそれがどんどんと強まっている。

「見てないよ」

訊かれる前に答えてみた。
鶴喰鴎はため息をはく。

「どうせ私は父には勝てませんよ」

「それもダウト」

鶴喰鴎の言葉を切り捨てるように鋭く呟いた。
驚いたようにこちらへ向けた顔。
見開かれた瞳と私の瞳が視線で合わさると、鶴喰鴎は決まりの悪そうに再び顔を背けた。

「……適当に言わないで下さい」

私は何も言わない。

「あなたに何がわかるんですか………あなたには、関係無いでしょう!」

鶴喰鴎が珍しく声を荒げた。
それはまぁ想定の範囲内ではあったので、私の表情は崩れない。
………鶴喰鴎。
それを言われてしまったら、ね。

「そうだね。私は何もわからないし何も関係ない。ましてやあなた達みたいなスキルがあるわけでもない。だけど鶴喰鴎。あなたには可能性があるってことが私にはわかる」

鶴喰鴎はもう私の話を聞きたくないのか、完全に私に背中を向けてしまった。
握りしめている拳が震えている。

「だから、そんな勝手なこと…!」

「勝手でもなんでも、期待に応えてみせるくらいのことはするべきだよ鶴喰鴎」

私はゆっくり歩いて、鶴喰鴎の前へとまわりこむ。
悔しさか悲しさかわからない表情を浮かべた鶴喰鴎をただ見つめていた。
ねぇ、鶴喰鴎。

「だってあなたは主人公になるんでしょう?」

声にならない言葉が鶴喰鴎の口からこぼれた気もしたが、私はただその瞳を見つめていた。
鶴喰鴎も、今度は逸らさない。

「何もかも背負って、それでも気高く生きるんだ。主人公というのは、そういうものだよ」

かつて主人公になれなかった男。
ダークヒーローと呼ばれる彼は、一体何を思っているのか。

「私はあなたを応援するよ。鶴喰鴎」

憂いを帯びた表情が消えて、自嘲気味に鶴喰鴎は笑った。

「私はあなたが嫌いです」

今度は私が驚く番だった。

「気にかけてくれる。答えに導いてくれる。道を示してくれる」

愛しいものを呼ぶように、優しく鶴喰鴎は呟いた。
もう、先ほどの不機嫌な表情は伺えない。

「だから、なまえさん。私はあなたのことが大嫌いだ」

目を閉じ、口端をあげた。
どうやら鶴喰鴎はすっかりゲームのことを忘れているらしい。
私の前で、嘘は無意味。

「ダウト」


(あなたは私を好きだ)



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