(都城王土)
「こんなところにいたのか」
後ろから聞こえた声に、なまえは静かに振り返る。
「ここは、学校が見渡せるから」
「そうだな」
ここは学校を見下ろせる。
「風が強いな」
「そうだね」
高く聳える時計台。
その屋上で、なまえは都城から視線を学校へと戻した。
都城は静かになまえの隣へと足を進め、同じように学校を見つめる。
都城の言葉の通り風は強かったが、なまえは風に靡く髪を押さえようとはしていなかった。
「都城くんって、雨を降らせたり出来るの?」
「雨は嫌いだ」
「そっか」
空は暗く、雲が太陽どころか空を覆いつくしている。
都城の指先で電磁波がバチッと軽く音を鳴らしたが、なまえはそちらを気にすることなく昼間にしては暗い空を見つめていた。
降り出しそうではあったが、天気予報は曇り。
降水確率は見ていないが今日は雨ではなかったはずだ。
「雨が降ってほしいのか」
「そしたら都城くんの髪おろしたところ見れるかなって」
「雨の日は傘をさすものだ」
「知ってるよ。ささないと風邪引くもん」
「………まあ、お前らしいな」
呆れるような、それでいてどこか嬉しそうな都城の溜息。
隣に並ぶなまえを見下ろすと、そんな表情も硬くなる。
「お前は、よく他人のことを考えているのか?」
「うん?どうなんだろう」
「いや。考えているだろうさ。自分のことよりも他人のことを。だから俺にはそれが理解出来ない。俺は俺のことしか考えたことがない」
方法も知らないしな、という言葉を都城は飲み込んだ。
「だからこそ俺は他人のことを理解する真黒くんのことを同等と認めた」
「行橋くんは?」
「あいつは真黒くんとは違う。何が違うのかなど考えたことは無いが、偉大なる俺に付きまとうことは仕方の無いことだろう」
「ふぅん。そうなんだ」
都城の言葉に何を言うでもなく、なまえは不覚頷いて納得した様子を見せる。
そんななまえの反応を受けて、都城は再度質問を投げかけた。
「そうだな…じゃあ、なまえ。お前は行橋のことをどう思っている?」
都城は他人のことを考えない。
考えていることは自分自身のこと。
偉大なる俺に、それ以外のことは必要無い。
「羨ましい、かな……」
「羨ましい………?」
そのなまえの解答が意外だったのか、都城が珍しく驚愕の表情を見せる。
なまえはそんな驚きの表情を見せる都城へ身体ごと向き直ると、いつものように歳相応の笑みを浮かべた。
「だって、行橋くんは都城くんが何を考えているか、わかるんでしょう?」
「な……………」
笑顔の少女に、言葉が出てこない。
自分が、何を考えているか?
そんなものは先ほど言ったとおりのことだけだ。
それなのに、彼女は自分が何を考えているかを気にするだなんて。
「………そういえばお前はバカだったな」
「…?頭が良かったらわかるものなの?」
「そういうところがバカだと言うんだ」
都城の表情はいつものような表情に戻っていた。
先ほどの空気など無かったかのように、二人はそう会話をしている。
空は相変わらず曇ったままだ。
「でも、都城くんは何かを考えてるよ。私と話すときは、いっつもそう」
「……………………」
「でも私は都城くんが何を考えているかなんてわからない」
「……そうやって他人のことを考えるのを控えたらどうだ」
図星だったのか、的外れだったのか。
それを表に出さないまま、都城はなまえへ忠告をする。
「都城くんがそうして欲しいなら、私にそうやって命令して?」
「……………あのなぁ…」
都城はなんだか溜息をつきたくなった。
こんなものはいつもの自分ではない。
彼女といると、自分の中の何かが崩れていく気がする。
"俺"という思考に混ざるノイズ。
それが何なのかを考えるのは、とっくの昔に放棄した。
「死ねと俺が言ったら死ぬのか?お前は」
「都城くんが死ぬと思ったら、そうなんじゃない?」
綺麗に笑うなまえが言ったその言葉が冗談ではないことくらい都城にはわかっていた。
そんな冗談を言えるほど頭は良くない。
都城は口を開く。
笑みをその端に携えて、混ざるノイズを排除するため言葉を発した。
「【ならば死ね。名字なまえ】」
言いたい言葉を飲み込んだ俺が、窒息死をする前に。
良くも悪くも君の虜
(俺にそんな力が無いことを、果たしてお前は知っているのか)