(球磨川禊)

中学二年生。
安心院さんはやはり可愛らしいし、めだかちゃんは素敵な人間だった。
しかしそれでも、僕の目は二人ではない彼女に行っていた。

「『おはようなまえちゃん』」

「おはよう。禊くん」

彼女はあまり笑わないが、それでも何故か心引かれる。
僕に心なんてものがあるのかと突っ込まれればそれで終わりのようなものだが、ここは嘘でも心があると思って頂きたい。

「へえ。球磨川くんってば僕のような可愛い子を差し置いてなまえちゃんを狙っているわけだ」

「『確かに安心院さんも可愛いけど、それを自分で言うのはどうかと思うぜ』」

「事実なんだからいいじゃないか」

そうからかう安心院さんにももう慣れた。
めだかちゃんは相変わらず善吉くんにベッタリだし(いや、逆か?)、真黒くんは妹であるめだかちゃん一筋である。
そういえば奈布とかいうかなりモテモテの子もクラスメイトだったけれど、他の人よりはかなり可愛いというだけで僕の心が惹かれるほどではなかった。
何故かは知らないけど、そしていつからかわからないけれど、僕はなまえちゃんと付き合っているわけだ。

「『なまえちゃん。僕はなまえちゃんのどこが好きなんだろうね?』」

「うん?それは、安心院さんに訊いたほうがわかるんじゃないの?」

「『それはそれで面白く無さ過ぎるよ』」

「私に訊かれても困るよ」

本当に困ったように彼女は笑う。
あまり笑わない彼女の、貴重な笑み。
よく笑う僕とは違ったそれは、見ているだけで十分だった。
しかし疑問は止まらない。
僕は本当に彼女が好きなんだろうか?
人の気持ちも勿論わからなければ、自分の気持ちですらわからない。
なまえちゃんを好きだという気持ちは、本当は嘘じゃないのか。
括弧付ける僕には、何が本当なのかなんてものはわからない。

「ふぅん?で?なまえちゃんは球磨川くんのどこが好きだって言ってたんだよ」

「『何言ってるんだよ安心院さん。そんなこと、僕がなまえちゃんに訊くわけないだろ?』」

「なんだそれ。普通、訊くだろ」

「『人外のくせに"普通"なんてものを知ってるなんて随分世俗的なんだね』」

安心院さんとそんな会話もした。
僕はなまえちゃんが好きだ。
そう言った瞬間は、本当にそういった気持ちが自分の中にあるとわかる。
しかし次の瞬間には、それが本当かどうかが信じられなかった。
僕はなまえちゃんの何が好きだ?
安心院さんみたいな人外でもない。
めだかちゃんみたく完璧でもない。
愛嬌も愛想もない、何を考えているかわからない彼女を。

「『…………………』」

それに、安心院さんに言われた通り彼女が僕の何が好きなのかを訊こうとも思わなかった。
彼女が僕のことを嫌っていると思っているわけではなく、好きなのだと知っているからこその結果。
それすらも、僕の嘘だとでもいうのか。

「おはよう禊くん」

「『……ああ。おはようなまえちゃん』」

笑顔を返す。
こんな気持ちを、なまえちゃんは知っているのだろうか。
いや、人外な彼女と違ってなまえちゃんが知るはずも無い。
彼女だって僕と同じで人の気持ちなどわからないのだ。
不安が募る。マイナスになる。
確かに僕は彼女が好きだ。
でも、僕は本当に彼女が好きか?
こうして一緒にいると好きだと思える。彼女と話していると好きだと思える。
だけど、それは彼女の人柄や中身が好きだからといえるのか?
結局は僕も、そこらへんの奴らと同じで彼女の顔が好きなだけなんじゃないか―――とまで考えて。

「『な、なにふるんはお!』」

「いや、なんか禊くん笑わないなって思って」

なまえちゃんは、僕の両頬を思いっきり引っ張った。
痛みと驚きで涙目になる僕を見ても、彼女は笑わない。
しかしそれでも、彼女の言葉に僕は彼女が好きだと言えた。

「『何言ってるんだよ。少なくとも僕はなまえちゃんより笑ってるぜ?』」

「それはこっちの台詞だよ。私も、ちゃんと笑ってるんだから」

そう言って、彼女は綺麗に微笑む。
なんて綺麗で可愛らしいんだろうとその頬に触れた。
僕は彼女が好きだ。
だから、試してみればいい。
嘘か本当かわからないのなら、この可愛らしい顔を剥がしてしまえばいい。
だけど、今はもう少し、この笑顔を見ていたいと彼女を見つめた。

来年から本気を出す


(『思い立ったが吉日ではなかったわけだ』)


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