(ヴァリアー)

いつもの登校経路。
人通りがいつもより少ないが、特に気にするでもなくなまえはいつも通りに学校までの道を歩いていた。
しかし、瞬間。
手の甲に鋭い痛みが走り、何事かと立ち止まる。

「え………?」

痛みを感じた右手の甲を見てみれば、そこからうっすらと血が滲み出ており、なまえが驚いている間にもそれはどんどんとなまえの手の甲から溢れ出てきていた。
唖然と見下ろしていると、突然右手首を掴まれた。

「!?」

「あれ?何、お前人間なの?」

驚いて、手の甲の痛みも気にせず後ろへ下がろうとしたが、思ったよりも強い力で手首を掴まれていたようでなまえは一歩後ろへ足を下げただけで止まってしまう。
その手首を掴んだ少年の目はその長い前髪で隠れて見えないが、その不思議そうに首を傾げる仕種は幼さを垣間見せていた。

「あっぶねー。またフランの幻覚だと思って殺すとこだった。一般人殺すと流石に王子でもボスに怒られっからな…」

そう後頭部を掻いて反省(といってもそんな色は微塵も見られないが)を示す少年は、未だになまえの手を離そうとはしない。
なまえの手の甲からは未だに血が流れていて、今手当てが出来なくともハンカチくらいは当てたいなまえであった。

「あ、あの…」

「え?ああ。俺、ベルフェゴール。さっき殺そうとしたけどまあ生きてるからいいよな。俺、王子だし」

「はあ………」

ししし、と笑うベルフェゴールの頭上へ視線を動かしてみれば、なるほど王子と名乗るに相応しい王冠がそこに君臨しているではないか。
しかし王子というものは人を殺すような存在だっただろうかと幼い頃に読んだ絵本を思い出そうとする。
結果的にそれは失敗に終わったのだが、そんなことよりもなまえは今すぐ耳を塞ぎたい気分であった。

「何してやがんだテメェは!あぁ!?」

「相変わらずうっさいな鮫は……」

ベルフェゴールの後ろからやってきた銀髪の男は、その長い髪を鬱陶しく思わず揺らしながらやって来ると、既に近距離にいるにも関わらず近所迷惑なその大声で怒鳴りだす。
ベルフェゴールは慣れているのか少し身体を屈めるだけでそう軽口を返すが、なまえは今すぐに右耳も塞ぎたい気分だった。

「そんなことより見てよコイツ!フランの幻覚か本物か、わかる?」

「はぁ?……どう見ても本物だろうが!さっさと行くぞテメェ!!」

「ちょっとつまっただろ今!」

ぎゃーぎゃーと騒ぐが、ベルフェゴールは一向になまえの手首を離さない。
血はそんなにドバドバと流れているわけではないものの、手首を掴んでいるベルフェゴールの手にまで流れて行ってしまっている。
気持ち悪くないのだろうか、となまえはその手を見下ろした。

「んまぁ!二人とも、アタシがいるというのにその女の子の方がいいってわけ?」

「………妖艶だ」

「チッ。面倒なのが来た」

「あー…あの、えっと」

なまえのことを話しに出したものの、彼らは彼らのペースで会話を進めていく。
また増えた新たな登場人物に戸惑うが、今のなまえに何が出来るわけでもなかった。
ただ、ベルフェゴールが手を離してくれるのを静かに待つことしか出来ない。

「ていうか、血!血が出てるじゃない!ちょっとスクアーロ。女の子になんてことしてんのよ」

「オレじゃねぇ!!!」

なまえは再び耳を塞ぎたくなったが、後から来た2人もやはり大声に慣れているようで平然としていた。
一体何なんだ、と周りに助けを求めようとしたが、人っ子一人いやしない。

「孔雀だ……」

パァアア、と何かが光ったかと思うと、なまえが見ていない間にどこからやってきたのか孔雀が羽を広げて光っていた。

「なんで孔雀……」

「ふふふ…孔雀のようにアタシが美しいということよ!」

「気持ち悪いしどうでもいいんでオカマは黙っててくれませんかねー」

「まあ!相変わらずねフラン。ボスは見つかった?」

「知りませんよー。ていうか誰ですかその女」

いつの間にか孔雀の後ろにいた蛙の被り物をしている少年と目があった。
相変わらずベルフェゴールはなまえの手首を掴んでいたが、既に手の甲の痛みは消えている。
だるそうなフランと呼ばれた少年の視線に、なまえは何を言うでもなくその黒いコートを着た彼らを見渡した。

「えーっと…私、これから学校なんで行っていいですか?」

「えー。お前もボス探すの手伝えよ」

「ボス?」

「そんなことより誰ですかその女」

「え。フラン。お前の幻覚じゃないのか?」

「どっかの変態みたいな趣味してないんでそんな濡れ衣やめてくれますか」

「このガキ言わせておけば……!!」

孔雀の後ろでギャーギャーと騒ぐ二人を放り、ベルフェゴールはなまえの手首を先程よりも強い力で握る。
反射的に手を引っ込めようと動いたものの、やはりそれも無駄だった。

「そんな一般人連れてどうするってんですかー」

いつの間にか地面に付していた男の背に乗ってしゃがんでいたフランは、そんなことを言いながらなまえを見つめる。
ふとなまえの近くにシャボン玉がふわふわと浮かんでおり、なまえはそれに触れようと手を伸ばした。
その瞬間。

「!?」

「ドカスが」

物凄い銃声と共に、なまえの指先を風が掠める。
勿論シャボン玉は破裂し、なまえの顔にその雫が飛んだ。
何事だと振り返ってみれば、視線だけで人を殺せそうな男がやはり黒いコートを羽織ってこちらへ歩いてくる。

「一般人に何幻覚見せてやがる」

「…はぁい。すいませんボス」

「………ボス?」

「なんだ」

ふと周りを見てみれば、なまえの周りには先ほどと同じようなシャボン玉がいくつも浮かんでいて。
しかし先ほどのことがあったので、なまえはそのシャボン玉に手を伸ばそうとはしなかった。
すると、複数の銃撃音。
左耳は被害を免れたものの、やはり右耳はその騒音に晒されている。
なまえの周りのシャボン玉が全て割れると同時、なまえの頭に暖かい感触。

「うちの部下が迷惑をかけたようだ」

「ベルフェゴール。てめぇいつまでそいつを掴んでるつもりだ。行くぞ」

「えー。つまんねぇの」

どうやら、ボスと呼ばれた男がなまえの頭に手をのせているらしい。
チラリと見上げた顔はやはり怖かったが、彼なりの謝罪なのだろうとなまえは大丈夫だという意味で静かに頷いた。
ベルフェゴールは銀髪の男の言葉を聞いて不満そうにしていたものの、しぶしぶなまえから手を離し、歩き出す。
それに続いて、地面に伏していた男たちも歩き出し、フランは最後にチラリとだけなまえを見て完全に背を向けた。

「…………………」

ボスと呼ばれた男も、何も言わずになまえの頭から手を離すとなまえに背を向ける。
なまえはしばらく唖然と彼らの背中を見つめていたものの、ふと思い出したように腕時計を見下ろすとくるりと踵を返して歩き出した。
瞬間、なまえの後ろに彼らの姿は既に見えなかったが、フラリとなまえの目の前に1つのシャボン玉が現れる。
ふわふわと空中を漂うそれをなまえは立ち止まってじっと見つめた。

「…………………」

そして、何を考えるでもなくそれに手を伸ばし、人差し指でシャボン玉をつつく。
パチン、という音と共に、シャボン玉は弾けて消えた。

しゃぼん玉は死んだ


(彼らの知らなくていい物語)
(彼女の知りようもない物語)


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