あとは括弧を外すだけ続編
(球磨川禊)
カリカリと筆が進む音が止まらない。
パチパチと計算する指が止まらない。
そんな生徒会室ではあったが、1人のだらけ具合のせいでその生徒会室はなんだかいつもの覇気が感じられなかった。
しかし流石生徒会長というか、そんなだらけ具合にも感化されず手元に山積みになっている書類を人間業とは思えないスピードでこなしていく。
そうして数十分が経った頃、書類をこなし終えた生徒会長がそんな生徒会室のだらけ具合にようやく気付いたとでもいうように元凶へと首を傾げた。
「どうした球磨川。最近だらしがないぞ」
「『僕がだらしなく無いときなんて無いだろ…気にすることなんてないさ……』」
「もしかしてなまえ先輩にでも振られたの?」
「「ちょっと喜界島さん空気読んで!!」」
生徒会長――黒神めだかの言葉にもこれでもかといったようにだらけた球磨川禊が反論するが、未だにそろばんで計算をしていた喜界島はそんな球磨川をチラリとも見ることなく言葉を発する。
それに対し、過剰に反応したのはいつも以上にだらけている球磨川をチラチラと気にしていた善吉と阿久根が必死に声を荒げた。
「『ひどいな二人とも…それじゃあ僕が本当になまえちゃんに振られたみたいじゃないか……』」
「(違うのか……)」
「(違うんだ……)」
「『君達は本当に顔に出やすいね…』」
心外だとでもいうように言う球磨川だが、その発言にいつものような覇気が無い。
普段も覇気があるとは言えないような男ではあるが、それにしてもどうしたというのだろう。
「面倒な奴だ。業務に支障が出るようなら空元気で励むべきだろう」
「いつも以上に鬼だなめだかちゃん」
めだかは既に業務を終えているので(というか1日で終わる量ではない業務を数十分で終わらせてしまうのが黒神めだかである)のんきに花へと水をあげていた。
「『違うんだよ…最近なまえちゃんが可愛すぎてどうしたらいいのかわからなくなってきたんだ……』」
「(ただの惚気かよ)」
腐っても先輩。
人吉善吉はその突っ込みを自分の心の中にしまいこんだ。
「『普段なら裸エプロンがどうとかパンツがどうとか女の子相手でも喋れるのになんだかなまえちゃんには話せなくて…僕ってばもうすぐ死ぬのかな……』」
「これ、頭が病気ですねって忠告したほうがいいんですか?」
「無駄だと思うよ…」
窓の外に見える赤みがかった空を見上げる球磨川のことを横目で見ながら、喜界島と阿久根がそんな会話をする。
それが耳に入っているのかいないのか、球磨川はその遠い目のまま小さく溜息をついた。
「あー…そうだな。球磨川、今日はもう帰っていいぞ。なんだか気色が悪い」
「めだかちゃんがこうもハッキリと悪口を……!!」
「『うん。そうさせてもらうよ。ありがとうめだかちゃん』」
「球磨川さんがめだかさんに感謝の言葉を……!!」
「明日世界が滅んでもおかしくない……」
めだかと球磨川の会話に、他の生徒会メンバーは戦慄して後ずさる。
そんな彼らを通り過ぎ、球磨川は肩を落としたまま生徒会室を後にした。
「あれ?球磨川くん。今帰り?」
「『……なまえちゃん』」
2階へ到達しようとしたとき、廊下を曲がってきたなまえと出くわす。
なまえはいつも通り球磨川を笑顔で見上げたが、球磨川は少しぼんやりとなまえを見つめていた。
「…?どうかした?球磨川くん」
「『ああ…いや。なまえちゃんは今日も……その、』」
球磨川は口ごもる。
首を傾げるなまえが視界に入ったが、首を傾げたいのはこちらだった。
普通に、いつも通り、平然と、嘘のように、ただ『可愛いね』と言えば会話は終わるというのに。
彼女だって、いつものように笑って流して、それで終わりなのに。
「…………………」
「球磨川くん?」
球磨川は、意図的に括弧を外した。
そうだ。
平凡に、いつも通り、当然と、軽口のように、ただ『可愛いね』と彼女に言いたいわけじゃない。
彼女に、いつものように笑って流してもらいたくない。
自分の気持ちを、自分の存在のように嘘だと思われたくない。
「なまえちゃん」
名前を呼ぶ。
自分の目の前の彼女を。
格好付けない、ありのままの自分で。
「うん?」
なまえは、じっと球磨川の言葉を待った。
その表情はいつものような格好付けたものではなかったが―――それも一瞬。
球磨川の顔には、いつもの嘘みたいな笑顔が張り付いていた。
「『今日も可愛いね。そういうところ、好きだぜ』」
「あはは。球磨川くんこそ相変わらず格好付けてるね」
球磨川は綺麗に笑うなまえの元へ軽い足取りで階段を降り、駆け寄る。
そして隣に立つと、人さし指でなまえのことを指差した。
「『好きな人の前じゃ、格好付けたいのが男ってものなんだよなまえちゃん』」
やはり括弧は必要だ
(『だからそんな僕を見ててくれ』)