(零崎双識)

「……………………」

なまえは普段登下校に使っている道の途中で、ふと立ち止まる。
普段と全く変わらない通り道。
住宅街の、誰も居ない、何も無い道が何故か気になり、じっとそこを見下ろした。
目を凝らして見てたところでその違和感の正体はわからない。
しかし何故か足を進めることが出来ず、なまえは人気の無いそこでただ1人、立ち止まっていた。

「………おや。君は……」

「?」

なまえは振り返る。
確かにここにはなまえ1人しかいなかったし、人の気配など感じなかった。
しかし、そこにはきちんと人間が存在していた。
彼を"人間"と評していいものかが躊躇われるような存在感ではあったが―――その随分と日本離れした背の高い男は口元に優しい笑みを浮かべてなまえを見下ろしている。
その痩せた身体のせいか大柄という印象は与えず、その手足の異常な長さも相俟ってまるで中学校の美術室に飾ってある針金細工のようなシルエットであった。
背広にネクタイ、オールバックに銀縁眼鏡という登校中に見ることもある当たり前すぎるファッションが驚くくらいに似合わない男を、なまえはじっと見上げる。

「………もしかして、黒神くんの知り合いですか?」

「黒神?赤神の間違いかな」

なまえの第一声は、男とは噛み合わなかった。

「君は、そうだね。見る限りこれから学校へ登校しようとしている最中なんだろうね。うん。学校をサボるというのは実に『悪いこと』だからそのまま君の通う学校へ向かうのをオススメするよ」

「はあ……」

そこまで言われても、なまえは動こうとはしない。
というより何を言っているんだこの男はと、首を傾げながら男を見ていた。
男の言うとおり確かに学校へ行く途中ではあるのだが、先ほどまで見下ろしていた場所が気になって仕方が無い。

「ふぅむ…しかし君は―――ええと、名前はなんと言ったかな?」

「名字なまえ」

「なるほど。そういえば初めましてだったね。なんだか―――っと。長話をしている時間は無いんだった。学校へ登校するはずの君がどうしてこんなところで立ち止まっているのかな?」

「あー…なんだか気になって」

顔ごとその箇所を見下ろし、目を凝らす。
先程よりも何かが見えそうで―――しかし、何が見えそうなのかがわからない。

「"気になる"ね…君はそんな感じではあるけれど、ギリギリ"表"の人間だろう?弟くらいなら勘違いしてしまうかもしれないが、それでも君が"気になる"ことなんてそこにあるわけがない」

なまえの視線の先。
針金細工の男の目には、それがしっかりと、そしてはっきりと映し出されていた。
名前も知らない。顔など見てもぐちゃぐちゃに潰れたそれでは判別が出来ない。細切れにされた身体のせいで体格もわからない。それでも、それが"死体"だということはわかる。
そんなものが、針金細工の男の目に映し出されている。
コレを殺した奴が"結界"をしいたおかげでコチラではない人間は見えないはずのそれ。
それを見ても顔色一つ変えず、なまえと同じく何も見えないといったように視線を死体からなまえへうつした。

「それとも―――その素質があるのかな?私としては君みたいな可愛い子が妹になるなら嬉しすぎてスパッツを履かない美学について丸3日ほど講義出来るのだけど、君が生きていたいと思うなら―――人として、生きていたいと思うなら、うん。私のことを『お兄ちゃん』と呼ぶのはやめておいた方が賢明だろうね」

「(変態だ………)」

なまえはクラスメイトの彼を連想する。
纏っている雰囲気や見た目の年齢は異なるものの、こういった発言には似通ったところを感じた。
本当に親戚か何かではないのかと疑うくらいな発言に、なまえはまじまじと男を見上げる。

「そんななまえちゃんにせっかくだし一応訊いておこうか。私は人を探していたりするんだ」

「人を?」

「ああ。髪を染めていて、耳に携帯電話のストラップをつけて、顔面に刺青をした男の子を見たことはないかい?」

「男の子…?携帯電話じゃなくて?」

「ストラップをつけているからって、それが携帯電話とは限らないんだよ」

そんな感じの携帯電話なら見たことがあると自信満々に言い放ったなまえに、男は少し呆れたように言葉を返した。

「身長は150cmくらいで、ちょっと可愛い顔つきをしている。勿論なまえちゃんほどじゃないけどね。それに刺青のせいでその顔も台無しだ。髪は大抵後ろで縛っていて、サイドを刈り上げている感じだ。ああ、そうだな、ひょっとするとサングラスをかけているかもしれない」

「乗るなら早くしろ」

「でなければ帰れ。……じゃなくて。ああそうそう、これも本人はお洒落のつもりらしいのだが、身体のあちこちにナイフを仕込んでいるのだ」

「転んだら痛そうですね」

「ああ。弟じゃなければ痛そうではすまないだろうね」

「弟?」

「ああ。私は弟を探してる」

なまえの物真似にもノッた男は、なまえの疑問にすぐさま首を立てに振る。
特に探している人物のことを隠すわけでもなく言った男に、なまえはどんな弟なのだろうと想像し、先ほどの特徴をそれに当てはめて出来れば会いたくない種類の人間だなと心の中でこっそりと思った。

「その様子だと見たことは無いようだね。まあそれは君にとっても弟にとっても良いことだ。なまえちゃんみたいな可愛らしい女の子に出会ったら弟はビックリしていたかもしれないからね」

「えーっと…じゃあ、もう私は学校に行きますね」

「ああ。それは賢明な判断だ」

未だになまえはある箇所が気になっていたが、この男はなまえがここをどくまで動こうとはしないだろう。
それに、なまえも薄々わかっていた。
わかっていたというより、本能で感じるというか―――この違和感に、気付いてはいけない。

「もし弟に会ったら私の名前を出すといい。そうすればきっと君はギリギリそちら側に立っていられる」

「………………?」

「なまえちゃん。君は『不合格』だ」

そう宣言した男の目は、光の反射でレンズが光ってなまえの場所から見ることが出来ない。
しかし、すぐに男は最初と同じように優しそうな笑みを浮かべた。

「あはは。不満そうだね。そういった顔も実に可愛らしいけど、私の試験には『不合格』だよ」

「そうですか。それでは」

「君がもう少し頑張って生きれば、きっと『合格』するだろうよ。わかったかな?」

「………いえ。難しいことはわかりませんから」

「そうかい」

男に平然と背を向けて、なまえは学校への未知を歩き出す。
既にあの場所への違和感も興味も薄れており、今は学校の始業ベルに間に合うかどうかだけを考えていた。
そんななまえの背中に、男は声をかける。

「自己紹介が遅れたね。私は零崎双識だ」

二人の出会いは突然に始まり、当然のように終わりを告げる。
なまえは双識が弟に会えたのかを。
双識はなまえが合格出来たのかを。
それぞれ知らないまま、表と裏の世界で生きていくことになる。

合格的不合格


(もし君が"こちら"に来るのなら、私は喜んで歓迎するよ)


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