(長者原融通)
「長者原くん!好きな人が出来たって本当!?」
「え………えぇぇえ!?」
突然、教室への扉が開いたと思ったら、駆け込んできたのは三年十三組である、1つ先輩の名字なまえだった。
突拍子の無いことを叫ばれた長者原は、普段からは想像できないような間抜けな顔で声を荒げてしまった。
「な、なんですかそれ!誰からきいたんですかそんなこと!!」
「大刀洗さん」
「な………」
「そんなことより、どうして私に相談してくれなかったの?」
「どうしてって……」
何の因果で好意を持っている本人に相談しなければならないんだ、と頭を抱える。
まだクラスメイトである雲仙冥利が教室に来てないから良いものの、彼に聞かれていたら大爆笑されていただろう。
彼が大爆笑をするというのは自分には想像がつかなかったが、自分でもこの気持ちが信じられないというのだから、衝撃的な真実に彼は面白がるに違いなかった。
「言ってくれたら黒神さんの目安箱に投函したのに」
「……………は?」
先程とは違う意味で、間抜けな声が出た。
なんでそこで、あの一年生の名前が出てくる?
「でも黒神さんとなるとライバルいっぱいいそうだよねー…いっそのこと宗像くんにライバル達どうにかしてもらう?」
「やめて下さい」
……じゃなくて。
「というより、どうしてそこで生徒会長である彼女の名前が出てくるのですか?」
「いや、出てきたのはライバル殲滅作戦だけど」
「おっかないことをサラリと言わないでもらえますか…。いいですか、一旦落ち着きましょう」
「落ち着けないのが恋心?」
「少し黙って下さい」
長者原に言われたからかもう話すことが無くなったのか、なまえは静かに長者原を見ている。
長者原は目を隠すように布を纏っているため、なまえに長者原の瞳は見えない。
しかしそれでもこちらの心を見つめるようなその瞳に、長者原は目を逸らせなかった。
長い綺麗な黒い髪に、綺麗な黒い瞳。
可憐で清楚で、言うことや考えは少し通常よりはズレていて―――自分と同じ十三組で。
それでも、……いや、それだからこそ、だろうか。
「………好きだ」
「え?」
「え、あ…え!?」
ボソリ、と自分の口から出てきた単語。
頭の中で呟いたはずが、目の前で驚いたように目を見開いているなまえの表情を見る限り、口に出してしまっていたらしい。
長者原の頭の中が、一瞬で真っ白になる。
「え、あの、その、い、今のは…」
「長者原くんって……」
長者原は恥ずかしさと共に、恐怖を覚えた。
何故恐怖を覚えたのか―――それを考える前に、なまえは言葉の続きを口にする。
「敬語使わないことってあるんだね」
「………………え?」
ふふふ、と目の前のなまえは笑っていたが、長者原にはなまえが何故笑っているのか理解することが出来なかった。
「なんか新鮮な気分」
そう笑うなまえを見て、長者原は感じた恐怖の意味を知る。
自分の気持ちが彼女にバレること。それ自体が、長者原には恐怖であった。
彼女が自分のことを嫌っていないことはわかっているが、その気持ちは自分のとは種類が違う。
だからこそ、自分の気持ちに応えてもらえないことは長者原にとって恐怖でもなんでもなかった。
万が一、彼女が首を縦に振ってしまった場合。
それは、公平でもなんでもない。
「………もし良かったら、なまえさん」
「?」
「私の相談を、これから暇なときにでも聞いてもらえますか?」
なんだかイカサマをしている気分だった。
なんだかズルをして勝利した気分だった。
だって、自分は知っている。
こんな風に困惑してみせれば、彼女は笑顔で頷いてくれることを、不公平にも知っている。
「うん。私でよければ」
そう。だからこそ、彼女は自分の気持ちに気付かなくていい。
自分は彼女が好きだけれど、彼女は自分を好きになってはいけない。
そうすれば――――残酷なまでに、自分は公平だ。
「ええ。ありがとうございます」
そう笑ってみた自分の胸に走る痛みが、何なのかなど知るよしもない。
不幸平
(そうすれば公平に救われない)