(球磨川禊)
なんとどうやら京都で起きた連続殺人事件の犯人である零崎人識は生きていたようで、先日何の前触れもなく連絡が来た。
というかよくあの最強から逃げることが出来たな、とそのときばかりは少しだけ感心した。
それとも未だ逃亡中なのか。
どうでもいいが、ぼくが請負人の仕事で東京に来ているときを見計らうだなんてぼくのことをよくわかってるじゃないか。
殺人鬼のストーカーだなんて笑えない冗談を自分で思って、悪寒が走る。
「………………」
待ち合わせ場所はまたカラオケだった。
前回の凄まじい歌声を聴いたあとでは少し億劫だったが、こちらの返事も待たず電話を切られてしまったので仕方が無い。
しかし4階についてみれば酷く静かで、休日にも関わらずどこの部屋にも人がいないらしかった。
仕方が無いので連絡のとおりの部屋番号を探す。
405。
その扉の前に立って、何も考えず勢い良く扉を開けた。
「………………」
学生服を着た少年が死んでいた。
「………………はあ?」
電気がついていない部屋の中のむせ返る臭いに、彼の血がそこら中に飛び散っていることを悟る。
少年は机の上に仰向けで大の字になり、死んでいた。
脈を確認するまでも無い。
少年の胸と机を、一本の大きな螺子が貫いていたのだから。
「っとわりぃ。ちょっとトイレ行ってた―――」
「―――零崎」
呆然としている僕に声をかけたのは、ハンカチで手を拭きながらこちらへ歩いてくる零崎人識。
裏世界。序列第三位『零崎』。殺し名の中で最も恐れられ、忌み嫌われる存在。――――殺人鬼。
「って、なんだこれ!?…お前、とうとう……」
「ぼくなわけないだろ。君が人を殺したところは実際見たことなかったけど、こんなにもむごいことをするとは知らなかったよ」
「は、はあ!?なんで俺がやったみたいになってんだよ!ちげぇよ!」
殺人をやってないと弁明する殺人鬼もおかしいが、零崎の慌てようを見るとどうやら本当に零崎がやったわけではないらしい。
ぼくはもう室内を見てはいなかったが、室内を眺める零崎は珍しく表情を歪めていた。
しかし、その表情もこちらへ駆け寄ってくる足音と気配に無くなる。
どうやら階段を駆け上がってきているようで、誰が来るのだろうとぼくたちはじっとそちらを見つめる。
「っはあ…あ」
4階まで全力疾走してきたのか、ぼくたちと目が合った少女は息を切らしながら何の躊躇いも無くこちらへ歩いてきた。
平々凡々な大学生であるぼくだけなら不思議ではないが、今は隣に零崎がいる。
まだらに染まった銀髪に、これでもかと主張する顔面の刺繍。
そして、死体に触発されたのか、微かに漏れ出る少しの殺意。
それでも尚、少女は何とも思っていないかのように戸惑うことなくぼくたちの目の前に立った。
「あの、ここら辺で性格悪そうな高校生見ませんでした?」
「…………………」
なんだその人の探し方はとツッコミたかったが、初対面なので開きかけた口を再び閉ざす。
隣の零崎と顔を見合わせてみるものの、ここにくるまでそんな高校生には会わなかったようで首を横に振った。
ぼくも勿論会わなかったので首を横に振る。
その対応に困惑したのか、少女は少し考えると再び口を開いた。
「もしかしたらその人、螺子が突き刺さってるかもしれないんですけど…」
「…………………」
普段のぼくならそんな人がいたら全力で逃げ出してるだなどと戯言を言っていたかもしれないが、今は違う。
だっているじゃないか―――すぐそこに。
「『酷いじゃないかなまえちゃん!僕は性格も悪くないっていうのに!!』」
「っ!?」
「やべっ………」
突然聞こえた第三者の声に、柄にも無く驚いて後ずさってしまった。
しかもその声は零崎の隣―――405号室の中から聞こえたというのだから尚更である。
そして驚いたのは零崎もだったらしく、後ろへ跳躍してからやばいという声を出した。
その身軽さは流石殺人鬼というか、それよりも。
先程まで螺子が突き刺さっていた少年の胸に、ナイフが深々と突き刺さっていた。
「あ……………」
「零崎…お前ってやつは」
「だ、だってビビるだろ普通!!」
お化け屋敷で驚かされたあとの子供のように、零崎は涙目で訴える。
前にもあったな、と水着の上に白衣を着ていた女性を思い出していたら、ナイフが胸に突き刺さった少年は地面へと倒れこむ。
即死だろうな、と目の前で人が殺されたにも関わらずぼくは酷く冷静だった。
普通に会話をしていようがカラオケで歌を歌っていようが、零崎は殺人鬼―――相手を殺さないわけがない。
動揺するかとなまえと呼ばれた少女を見るが―――しかし。
少女は静かに溜息をついて、少年をじっと見下ろすだけだった。
「殺したことは謝るぜ―――でも、そっちが驚かすから悪いんだ。心臓に悪いことはするもんじゃねぇぜ。かはは」
「『僕は悪くない』」
「なっ――――!?」
しかし、少年は立ち上がる。
胸に突き刺さっていたナイフはいつの間にか抜けていて、それを地面へと投げ捨てて。
何が起きたのだと、思考回路が混乱と困惑で埋め尽くされる。
「『それにしても初対面で人を殺すなんて酷い奴だな君は』」
「………人が借りた部屋で死んでるふりなんてしてたら、何されても文句言えないと思うけど」
「え、何。球磨川くんまた死んでたの?」
「『なまえちゃんを驚かそうかと思ってさ!』」
ぼくは自分でそう言って、それは嘘だと理解する。
あれは"死んだふり"ではない。
実際に、彼はあの瞬間、そして先程零崎に殺された瞬間、死んでいたのだ。
それなのに生きている事実に、背後で零崎の警戒心が高まるのがわかる。
しかしそんなぼくらのことなど気にしていないかのように目の前の高校生は飄々としていた。
「球磨川くん。案内された部屋は地下の方だよ」
「『あれ?そうだっけ。なまえちゃんのバカがうつっちゃったかな』」
「口も悪いね」
「『だから僕は悪くないってば』」
・・・
「なんなんだ―――お前ら」
後ろで零崎が零した言葉に、ぼくも同意する。
勿論黒い学ランを着た少年は見るからに異常だったが、隣にいる少女は、彼とは別の意味で異常すぎた。
そしてその質問に、少年が目を細める。
「『それはこっちの台詞だよ』」
「あ、私は名字なまえです。よろしくお願いします」
「『なまえちゃんちょっとは空気読んでよ』」
零崎の警戒を自己紹介をしろという風に捉えたのか、なまえと名乗る少女はなんの躊躇いもなくこちらへ微笑んだ。
「――俺は零崎ってんだ。零崎人識。で、お前は誰よ?ゾンビ野郎」
「『どうも。週刊少年ジャンプから転校して来ました球磨川禊です。よろしく仲良くしてくださいっ!』」
「かはは。傑作だな」
そう、零崎が笑った瞬間だった。
瞬間、先程の少年のように―――零崎の胸に、螺子が。
「っと、あぶねぇな何すんだ!」
「『人の冗談を笑うなんて人として最低だぞお前!』」
「なんだよ不安定な奴だな面倒くせぇ…」
二度目だが、流石殺人鬼。
子供が乗る三輪車にすら跳ねられるぼくとは違い、あの螺子を避けるだなんて。
にしても、確かにどうやら面倒な人たちとぼく達は出会ってしまったようだった。
カラオケの利用時間もあるわけだし、さっさと地下に行ってほしいものだけど。
「あなたは?」
「え?」
突然、なまえちゃん――初対面で名前を呼んだら嫌がられるかもしれないが、そう呼ぶのが相応しいような容姿をしているから仕方ない――に声をかけられ、ぼくは驚いたように目を見開く。
なまえちゃんの言葉に球磨川も驚いたのか、零崎と対峙することをやめて振り返った。
自己紹介、ねえ。
「自慢じゃないけどぼくは他人に本名を教えたことがないんだ」
「自慢じゃねぇか」
的確なツッコミだった。
早く紹介して終わらせろという零崎の視線が痛いので、慌てて言葉を続ける。
「うん。まあ、不便なら"いっくん"でも"いの字"でも"いーちゃん"でも"いーたん"でも"いのすけ"でも好きに呼ぶといいよ」
そうは言ったが、もう彼らと関わることは無いだろう。
それはお互いわかっていることだし、それで誰が困るわけでもない。
さあ―――それじゃあ、そろそろ幕引きといこうか。
傑作でも、戯言でもないただの出会いを。
「じゃあね。縁があったら、また会おう」
「『うん。またね』」
球磨川禊の持つ螺子が、意図も簡単に地面を突き刺した。
戯れた零は嘘となる
(『"大嘘憑き"』)
(『結ばれた縁を、無かったことにした』)