(トラファルガー・ロー)
三日ほど前、面白いものを拾った。
拾ったというよりは無理矢理連れて来たのだが、こうして観察していると特にそこらへんの一般人と変わらない。
「死神だと聞いていたんだが……」
「そうだけど、顔的にはあなたの方が死神っぽいよね」
「そういう軽口を叩けるところは可愛げがあっていい」
「話せば話すほどよくわからない…」
なまえは勿論煽るつもりで言っていたのだが、ローはそれすらも嬉しそうに笑みを深くするだけ。
そんなローに、なまえは呆れたように溜息をつくしかなかった。
「いいじゃねェか。似た者同士、仲良くするに限る」
「似た者同士……?」
顔について言ったことを表情に出さないだけで実は気にしているのかとなまえは眉間に皺を寄せるが、どうやらそうではないらしい。
ここ数日、ローの顔しか見ていないためなまえはローの表情の些細な変化を読み取れるまでにもなっていた。
そんなことが出来ても嬉しくはないのだが、と溜息を吐くのも忘れずに。
「おれは"死の外科医"。あんたは"死神"。そんな"死"が付く者が二人もいるなんて、随分と物騒じゃねぇか」
至極楽しそうに、ローは笑う。
しかし、なまえは全然面白くないようだった。
「おれに死神屋と呼ばれないだけマシだろ?」
「………まあ、確かに」
それじゃあまるで死神を売買しているみたいじゃないか、となまえはローに同意した。
これは数少ないローに対する同意であるが、だからといって心を許したわけではない。
「にしても、死神ねえ…」
「っ!?」
ゾクッ、と危機感を悟ったが、既に遅い。
そののんびりとした雰囲気からは想像が出来ないほどに、彼の行動は素早かった。
壁に寄りかかっていたなまえの腰に左腕をまわし、逃げられないよう固定する。
空いている右腕は肘を曲げた状態で壁についていて、ローの顔が息もかかりそうなほどに近かった。
しかしなまえは驚きに歪んだ表情をすぐに戻し、そんなローを睨みつけるように見上げる。
「少しくらい抵抗してもらったほうが、男としちゃ興奮するんだけどな」
「身体をバラバラにされるのはあんまり好きじゃない」
なまえは思い出す。
ローに連れ去られた日も、この部屋でこうして彼とにらみ合っていた。
勿論抵抗したし、逃げようともした。
しかしここは彼の範囲内であったのだ。
なまえは自分の肘から先が無くなったことを思い出し、首を横に振る。
ローの左腕を離そうとローの腕を掴んでいるのは、正真正銘の自分の腕だというのに。
「死神にもおれの能力が効くのかためしてみたかったんだ。元に戻したんだから拗ねるな」
「拗ねてない!」
見た目は同年代くらいとはいえ自分はローよりも年上なので、子供扱いされたことになまえは声を上げる。
しかしそんな表情もローには子供じみて見えたのか、可笑しいとでもいうように少しだけ笑みをこぼした。
「しかしこうして触れるところを見ると、幽霊とかそういった類のものとは違うんだな…」
「………"死神"と呼ばれるだけで、あなたとそんな大差ないよ」
この世界では、という単語をなまえは意図的に飛ばした。
「ふぅん…。"二つ名"みたいなもんか」
その言葉に納得したのか、ローはもう"死神"という単語に興味を持たなくなったらしい。
ならば解放されるかと思いその場から動こうと身体を動かしたが、すぐに強い力で引き戻された。
「なっ………」
「どこへ行く?死神屋」
「屋……なにって、戻ろうと思って」
「おれはなまえ、あんたが気に入った。そう簡単に白ひげ屋に返すわけにはいかない」
「………よく意味が」
わからない、と言おうとして、唇に暖かいものが触れる。
それが何かを理解する前に、その温かみは消え去った。
「こういう意味だ」
なまえ、とローはもう一度名前を呼ぶ。
ニヤリと上げられた口端。
何か言葉を発しようと考える前に、腰にまわっているローの腕がなまえを再び力強く引き寄せる。
先程よりも密着した身体。
近づけられたローの顔に、なまえはビクッと肩を鳴らした。
しかしその顔はなまえの顔を過ぎ、ローの唇はなまえの耳へ触れる。
「おれはあんたを逃がさない」
それに逃げられないだろう、とローが耳元で笑ったのがわかった。
「"死"からは誰も逃げられない。常識だよな、死神屋」
死の概念さえ見失う
(死を共有しよう、死を司る神よ)