(不知火半袖)

「名字先輩。あなたが本当にどうしようもなくそうじゃなかったら、あたしはあなたのことなんて放っておいたんですよ」

教室を出たところで、見知った女の子に声をかけられた。
その小柄な身体の少女は自分と同じ箱庭学園の制服を着用していて、校則違反にも関わらず廊下で大きな飴を舐めている。
くるんとなった髪が少し跳ねたが、そんなことを気にしているとその少女はこちらを見上げた。
酷く擦れた目線ではあったが、一体全体何のようだろうと首を傾げる。

「誰もあなたと関わるべきなんかじゃないんです。めだかちゃんでさえ、それは当てはまる。あたしの手に負えるかどうかなんて知ったことではありませんけど、あなたはここにいるべきじゃない」

「……………ああ」

その様子と、"めだかちゃん"という言葉に何かを悟ったらしいなまえは頷く。
相変わらずその顔には笑みが浮かんだままで、敵意をむき出しにしている少女にですらそれを向けていた。

「人吉くんのことか」

「っ――――!」

なんで、という呟きはなまえには届かない。
少女は声を出したつもりだったのだが、あまりのことに声すら出なかったのだろう。

「私の存在が、許せない?」

なまえは相変わらず綺麗な笑みを浮かべていた。
それが不知火にとって気に食わないとはわかっているのだろうけど、彼女はいつも笑っている。
何がそんなに、可笑しいんだ。

「許せないか。それは大変だ」

「!!」

いつか自分が誰かに言った台詞が、なまえの口から出たことに不知火は驚く。

「許せないものがあると、人間、大変だよね」

「……………………」

そこまで、一緒だった。
まんま自分の台詞だった。
ふざけるな、と怒る気も失せる。
押し寄せてくるのは、逃げ出したくなるような恐怖と不快感。

「そうだね。難しいことはわからないけど、黒神さんが私に関わらない代わりに、あなたが私に関わろうとしてるのかな?」

「……ア、ヒャヒャ。よくわかってるじゃないですかぁ。さすが名字先輩☆」

一瞬、笑い方を忘れていた。
そこまでわかっていて、自分を邪魔するというのか。
それほどまでに、人吉善吉が大事だとでもいうのか。

「不知火さんって、私が言うのもなんだけど嘘が下手だね」

「………………へ?」

「私が邪魔なんじゃなくて、人吉くんのことを心配してるだけなんでしょ?」

「な、なにを…」

「友達想いって素敵だね。そのためなら、大嫌いな私のところにまでわざわざやってくる」

不知火半袖は混乱する。
この人は何を言っているのだろうと、わけのわからないものを見るような目でなまえを見上げた。
わからなかったし理解できなかった。
本当の意味で、なまえの言っていることがわからなかったのだ。

「不知火ちゃんは友達の味方だからね」

「あたしは――――」

そうだった。
その台詞も、自分が誰かに言ったものだった。
だけど、不知火はなまえの言葉に素直に頷けなかった。
違う。違かった。
この人は、間違っている。

「…………………」

人吉善吉だとか黒神めだかだとか。
そんなのは嘘だった。ただの言い訳だった。
黒神めだかと繋がるために必要なのが人吉善吉であるのなら、名字なまえと繋がるために必要なのはただの言い訳だったのだ。
それに選んだのが、友達。
友達を関わらせないためにした行為は、結局、友達を利用したものだということに、不知火は今更気付く。

「どうかした?不知火ちゃん」

入学して、人吉善吉という友達を作って。
その友達が楽しそうに愚痴っている相手に、不知火半袖は興味を持ったのだ。
どんな人物なのだろうと。
もしかしたら友達になれるかもしれないと、嫌悪でなく好意をもって近寄ろうとしていたのに。

「――――嫌いです、多分」

「私が?」

「はい」

すんなりと出てきた言葉は、"役"であるが故の言葉か。
彼女を嫌うことが"出来ない"あの人の代わりに。
自分が"嫌い"、"関わり"、影となる。

「そっか。残念。私は不知火ちゃんのこと好きだな」

「………アヒャヒャヒャ☆そんなこと言われると悪い意味で鳥肌が立ってしまいそうなんで、今後一切やめて下さい」

出てきた笑顔も、笑い声も、
全ては真実。
あたしはこの人が、とてつもなく嫌いだ。
「……難しいことはわからないけど、」

これは、彼女の台詞。

「どうすればいいかなんてものは自分で決めるべきだよ。不知火ちゃん」

腹の底まで見透かされている気がして、もっとこの人が嫌いになれそうだと笑みを深くした。

甘いのは苦手


(甘ったれるなと言われた気がして、もっとこの人が好きになれそうだと高らかに笑った)

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