(人吉善吉)
「『めだかちゃんめだかちゃん』」
「……?なんだ球磨川。貴様が楽しそうにしているのを見る限り、あまり良い話では無いようだが」
「『失礼だなあ。生徒会長であるめだかちゃんなら、なまえちゃんの好きな人くらい把握してるかと思って』」
ガタン、バタン、ガシャーン、と生徒会室のあちこちで凄い物音が鳴り響く。
生徒会メンバーは皆それぞれ生徒会室で作業をしていたのだが、それぞれが手にしていたものを床に落としたり本棚に頭を突っ込んでいたりした。
それを振り返って見た球磨川が、呆れたように鼻で笑う。
「『なんだよベタベタな反応しちゃって。見苦しいぜみんな。な?めだかちゃん』」
「…………………」
「『めだかちゃん?』」
首だけで彼らを振り返ってた球磨川がめだかへ視線を戻し、めだかへと同意を求める。
しかしめだかは無表情のまま椅子に座っていた。
しばらく球磨川が見つめているとその視線に気付いたようで、ゴホン、と咳払いをするといつの間にか持っていた扇子をバッと一瞬で開く。
「はははは!名字三年生の好きな人だと!?も、ももも勿論生徒会長である私にわからないわけがないだろう!ではちょっくら名字三年生に告白でもしてくるとするか」
「『言ってることが滅茶苦茶だぜめだかちゃん』」
そう豪快に笑っためだかに、球磨川は少しばかり引いたように後ずさった。
「ってことがあったんだけどよ、バーミーって名字先輩に付きまとってるだろ?なにかそこらへん知らねぇ?」
「あー。知ってる知ってる。誰とは言わないけど知ってるよ。ていうかそんなことを気にするだなんてヒートーもまだまだ子供だね」
「んだよ。じゃあバーミーは気にならないのか?名字先輩の好きな人」
「気にならない気にならない。そういうのが気になる人間ってのは自分に余裕が無い奴だけだろ?私は余裕たっぷりだからね。そういうのは気にならないんだ。大人だから」
必死にあれこれと喋っていく鶴喰に、人吉は静かに溜息をつく。
完全に気になってるんじゃないか、と。
そして、鶴喰鴎もなまえの好きな人は知らないらしかった。
朝登校してくる時間や昼食に食べるおかずの順番すら知っている鴎が知らないのなら、これは誰に聞いてもわかりそうにないな、と考えて。
「へえ。なまえちゃんに好きな人、ねえ…」
「あ。安心院さん」
「どうも善吉くん。元気にしてたかい?」
善吉の向かいで「それに私はなまえ先輩に付きまとってなんかいない」と必死に弁明している鴎を無視し、音も無く現れた安心院に意識を向ける。
その口元にはいつも通り笑みが浮かんでいたが、目はいつも以上に楽しそうである。
それがなまえ絡みだからか、それとも別の理由だからかなのかは善吉にはわからなかった。
「安心院さんは知ってるんですよね?名字先輩の好きな人」
「ん…?どうして僕がなまえちゃんの好きな人を知ってると思ったんだい?」
「え……いや。ほら、スキルとかで」
「なんだ。仲良しだからってことじゃないのか。それに、僕は人の秘密をスキルで勝手に覗き見たりはそんなにしないんだぜ」
「(そんなに…………)」
多少はしているのか、と思い善吉から苦笑いが零れる。
向かい側に座っている鴎は必死になまえに付きまとっていないという言い訳を並べていて、善吉たちの会話を聞いている余裕は無いらしかった。
そんな鴎にも苦笑いがこぼれ、そのままの表情で安心院へと向き直ってみると、安心院さんは何か言いたそうにニンマリとした笑みを浮かべているではないか。
聞きたくはなかったが、聞かなければ夢にまでその笑みで出てきそうだったので善吉は仕方なくゆっくりと口を開いた。
「……なにか?」
「いやあ…ふぅん……」
楽しそうに。
それはもう、これ以上なく楽しそうに、安心院さんは口の端をひくひくと痙攣させるように笑みを浮かべるのを我慢している。
「まさかここまで皆が球磨川くんの嘘に動揺させられてるなんて思わなかったぜ。いやあ、愛されてるねえなまえちゃん」
「え……………」
「おいおい善吉くんも知ってるだろ?球磨川くんはああ見えて、とんでもない嘘つきなんだぜ」
それだけ言うと、安心院は似合わず大笑いしながら善吉たちから離れていく。
残された善吉は唖然としていたが、遠くで壁に激突しながら歩いていく動揺しまくりのめだかを視界に入れて、まるで自分を見ているようで顔を真っ赤にしたまま頭を抱えた。
混乱と波乱を呼ぶ
(『なまえちゃんなまえちゃん』)
(何?球磨川くん。あんまり良い話じゃなさそうだけど)
(『なまえちゃんに好きな人がいるってことにしておいてあげたから、頑張ってね!』)
(?よく言ってる意味が…)
(『いやあ、僕ってばキャラに似合わず良いことしたなあ』)
(うーん。よくわからないけど、良い話じゃないことだけは確かだね)