正解者と嘘憑き者続編
(球磨川禊)
「不幸自慢は楽しいか?球磨川禊」
そうやって首を傾げるななしの足元には、螺子が何本も横たわっていた。
それを踏むことなく、ななしは近くの机に腰掛け、後ろの壁にもたれかかる。
場所は、三年十三組の教室。
王座に君臨する皇帝の如く、名字ななしは球磨川禊を見下ろした。
「『他人の不幸自慢も許せないような心の狭い奴だとは思わなかったぜななしくん』」
「……いや。羨ましいんだと思うよ。俺は、お前が」
「『………羨ましい?』」
「お前とこうして話していて、球磨川禊という存在を見せ付けられて、俺は思い知らされたんだよ。釘付けにでもされたって感じか?」
球磨川禊は立ち上がる。
その際、ななしから受けた傷を"無かったこと"するのを忘れずに。
「"全問正解"。俺は間違えることが出来ない。何故なら俺こそが正しいからだ。生まれる前から死んだ後まで、俺はどこからもどこまでも正解者なんだよ。だから、羨ましい」
「『………そうかい。どこまでもエリートな奴だな。僕が間違った存在だから羨ましいと?』」
「ああ。そういうことだよ」
ガガガッ、とななしの服を壁へと縫いつけるように螺子が突き刺さる。
しかし、今度はそれらの螺子は床に落とされることなくすんなりとななしの服と壁に突き刺さった。
そのことに驚いたのは、螺子を投げた本人である球磨川だった。
「『なんだよ。僕に対する同情のつもりか?』」
「お前がそんな感情的な奴だとは思わなかったんだよ」
話は最後まで聞けとでもいうように、壁に縫い付けられているにもかかわらずななしは冷静に球磨川を観察する。
「全て正しいなんて、人間味も何も無い。完璧な奴なんてそれこそただの化物だろ。マイナスの方が、全く素晴らしく人間らしいじゃねぇか」
「『…………………』」
「誰だって、化物よりは人間の方がいい。まあかといってお前に対する嫌悪感が消えたわけじゃない。安心しろよ、人間」
球磨川は何も言わない。
何も言わずに、静かにななしへ歩み寄る。
そのままななしが腰掛ける机の上に乗り、膝立ちをして。
ななしを見下ろすように笑みを浮かべた。
「『僕の不幸自慢を批難しておいて、自分は幸せ自慢かよ。とんだご身分だな。プラス野郎』」
「また鼻で笑えばいいさ。それでも俺は間違わない。自分はマイナスな人間だと胸を張って自慢したいならすればいい。それがどれだけ格好悪くてみっともない行為なのかに気付かないうちは、お前はちゃんと人間だ」
息がかかりそうな距離に球磨川がいても、ななしの余裕は崩れない。
球磨川は笑みを浮かべていたが、それでも余裕は皆無だった。
ギリギリ触れそうで、触れない位置。
全てが正しいななしに、全てを間違えている自分が触れたらどうなってしまうのか。
考えるだけで、それは球磨川にとって酷くマイナスだった。
「何が怖い?球磨川禊」
ななしは、球磨川を呼ぶ。
「俺に正されるのが怖いか?」
「『………いいや』」
球磨川は反射的に首を横に振ったが、それが真実かどうかはわからなかった。
だからこそ間違えているのだと、自虐的な笑みがこぼれる。
「『そういう君は僕が怖くないのかい?どん底まで間違っている僕は、君の正しさをも捻じ曲げるかもしれない』」
「だから言っただろ。俺はお前を羨ましいと思ってるんだ」
放課後。
夕日に照らされるななしは、どこまでも綺麗だと思った。
それこそが正しいのだと。
彼だからこそ正解なのだと。
「『僕は君が嫌いだ』」
「だろうね。俺も俺が嫌いだ」
球磨川が笑えば、それに応じるようにななしも笑みを浮かべる。
「こんな奴が他にいたらお前のことなんて二の次で殺してるさ。だけど俺は自分だから。自分を殺すことは出来ない。だから代わりにお前を殺す」
「『僕と君じゃ、似ても似つかない』」
「ああ。そうだ。だけど俺は、お前みたいな人間が大嫌いだ」
ななしは、はっきりと言い切る。
先日殺し合いをしたときと、その感情は一切変化していない。
「まだ俺に腹を立てているなら、お前は何も変わっちゃいない。プラスだとかマイナスだとか、そんなものじゃないんだよ。お前はただの人間。球磨川禊だ」
「『そうかよ。だったら』」
何の躊躇いもなく、少しの不安もなく。
球磨川禊は、目の前の名字ななしの顎に触れた。
そのまま力にものを言わせてななしの顔をぐいっと上に向け、笑顔も余裕も無いその表情で、睨みつけるように見下ろす。
「『ぐっ…………』」
「無理をするなよ。俺に触れれば、そうなることくらいわかってたはずだ」
球磨川の口から、そのまま首をつたうように血が流れ落ちて。
先ほど感じたマイナスは、虚構にならず現実となる。
しかしそれでも笑みを浮かべる球磨川に、ななしは口元の血を自分の手で拭った。
それに少しばかり驚いた球磨川ではあったが、そのままななしの唇へと口付ける。
優しく、触れるだけの口付け。
数秒経ったあと、球磨川は口から血を吐くのと同時にななしから離れた。
ななしの口や服にも球磨川の血がついたが、ななしはそれを気にすることもない。
「その余裕も取っ払って、君の正解を不正解にしてやる」
括弧も無しに、球磨川は笑う。
ななしは呆れたように自分を壁に縫い付けている螺子を"正しさ"によって消失させ、球磨川の前からどこうとする。
「っ――――!?」
後ろへ引っ張られた感覚に、驚いて振り返る。
ななしを縫い付けていた螺子が、一本だけ。
これでもかと自己主張し、ななしの左腕を壁へと縫いつけていた。
後ろでダメージを"無かったこと"に出来ない球磨川の笑みが、深くなったことにも気付かない。
「最初の不正解だ化物。でも、僕は悪くない」
全問不正解
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