(トビウオ三人衆)


「だから、そうじゃないって言ってるじゃないですか!」

「教わってる私が言うのもなんだけど、種子島君って人に教えるの下手だよね」

「どこがですか!」

「……先輩達、またやってるんですか?」

放課後、水着に着替えてプールサイドへと行けば、二人の会話が聞こえてくる。
随分と近くに行くまでこちらへ視線をやらなかったのは気付いていなかったからなのか、それとも自分たちのことで精一杯だったのか。
後者ではないという否定は出来ないが、別に自分にはどうでもいいことであった。

「あ。こんにちは喜界島さん」

「こんにちは。名字先輩」

濡れた髪が頬にまとわりつくのも気にせず、名字先輩はこちらへ笑顔を向ける。
名字なまえ。
三年十三組の生徒である彼女が、夏の体育以外は水泳部しか使用しないこの室内プールにいるのは屋久島先輩のせいというかおかげというか。

「…?でも、なんで種子島先輩が名字先輩に?」

「え?ああ。屋久島さんは今コーチに呼ばれて席を外してるんだ。屋久島さんに怒られたくないから手出ししないようししてたが、この人が今にも溺れ死にそうだったもんでな」

「溺れ死ぬって…大丈夫だよ。足を適当に動かすことは出来るようになったんだから」

「……余計に心配ですよそれ…」

さっきのはその行動をしていたのか、と種子島先輩は名字先輩がいることも気にせず盛大に溜息をついた。
しかし名字先輩はそんなことを気にする人ではないので、大丈夫だろう。

「まあ、名字先輩のことは俺に任せて喜界島は準備運動でもしとけ」

「えーっと…」

種子島先輩の提案は有難かったが、このまま名字先輩を放っておくのも気が引けた。
屋久島先輩は教えるのも教わるのも上手だった。
それこそ特例スペシャルとして完成されているというか。
種子島先輩は勿論水泳としてのスペシャリストだし、速さだけでいえば屋久島先輩をも凌駕する選手だ。
そんな種子島先輩のスピードに25m程度なら合わせられるといった屋久島先輩も屋久島先輩だが、それよりも。
そんな水泳界で最速ともいえる種子島先輩は。

「だから、そうじゃなくてスイスイって感じなんすよ。先輩のはグイグイっていうか…いやだから、ほいって感じで……」

「……………………」

教えるのが壊滅的なくらいに下手くそだった。
大体、特例スペシャルといっても異常アブノーマル組のように得手不得手が極端ではないのだ。
水泳が出来る自分たちはある程度の競技であれば普通以上には出来る。
勉強が出来る者もいれば、出来ない者もいる。
どこかの風紀委員長が言っていたように、特例スペシャルというのはある種万能型ともいえた。
しかしそれでも、出来ないものは出来ないのだ。
種子島先輩に限っては、"教えること"がそうなのだろう。
いくら名字先輩といっても、困惑した表情を隠せないらしかった。

「よっ喜界島。早かったな。生徒会の方はいいのか?」

「屋久島先輩……」

どうしたものかと準備体操もせずボーっとしていた自分に声をかけたのは、水泳部部長の屋久島先輩だった。
その笑顔はいつもと変わらず爽やかなもので。

「って種子島。何してんだ?」

「あ。屋久島さん」

必死に名字先輩に水泳というものを教えていた種子島先輩が、少し驚いたようにプールサイドから見下ろす屋久島先輩を見上げる。
名字先輩に教えることに必死で、どうやら屋久島先輩の登場に気付かなかったらしい。

「なんだ。名字。種子島に教わってたのか?」

「うん。今、ズガガガッ!って感じの泳ぎを教わってるんだ」

「そうか。良かったな。……種子島。ちょっといいか」

「…………はい」

爽やかだった屋久島先輩の笑顔がなんだか一瞬黒がかったような気がしたが、今日はコンタクトの調子が悪かったのだろうと準備体操を終える。
種子島先輩が視界の後ろへと移動するが、何も知らないと平常心を保った。
ふとプールを見下ろしてみれば、名字先輩が溺れそうな人の真似みたいなことをしている。
恐らく種子島先輩の言う『ズガガガッ!』って感じの泳ぎを習得しようとしているのだろう。
全く、二人ともこの人には甘すぎる。
お金も取らないでこんなことをして、何の得になるんだか。

「………………………」

何も言わずに足を進める。
話をしている二人がこちらを見た気がしたが、気付かないフリをして通り過ぎて。
名字先輩の前に立ち、彼女を見下ろした。

「…………………?」

何も言わずにこちらを見下ろしていることを不思議に思ったのか、名字先輩は微かに首を傾げる。
ああ、なんだか二人がこの人に甘い理由がわかった気がした。

「そうじゃなくて手は真っ直ぐです。指先を曲げないで下さい。バタ足をするときは膝は曲げないで。いいですか、最低でも30秒は息を止めれるようにして下さい」

「え……えーっと、」

「水泳部に教わるからには大会で優勝して賞金でも貰って帰ってきてくれないと困ります。もし出来なければ売り飛ばしますからそのつもりでよろしくお願いしますね名字先輩」

会計係の独占欲


(十三組ってなんだか高く売れそうですし)


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