(球磨川禊)
「球磨川くん。君はあと十三回嘘をついたら死ぬぜ」
「『……なんだよ安心院さん。久々に僕に話しかけてきたと思ったらまた暇つぶしのゲームか何かかい?』」
これが夢だということはすぐにわかった。
周りの景色を見てみる限りどうやら箱舟中学の教室らしい。
黒板をチラリと盗み見てみれば(と言ってもスキルか何かでその行動は安心院さんにはバレバレなのだけど)、日直のところに"安心院"と書かれていた。
しかし、月日のところに記載は無い。
「ああ。まあゲームではあるが、残念ながらこのゲームにはやり直しもリセットボタンも無い。君はあと十三回、嘘をついたら死ぬんだ。復活の呪文も勿論無い」
「『………ふぅん。へぇん。そっか。いやあ、安心院さんが思いつくゲームにしては実に面白いゲームだね』」
ビリ、という、硬い紙が避けたような音が、頭の奥でした。
何事だろうと振り返ってみるものの、そこには誰もいない教室が広がるだけ。
困惑した表情を浮かべて前を向いてみれば、その安心院さんの笑顔にゾクリとした。
口元にはしっかりと笑みが浮かんでいる。
しかし、その目はそこらへんの消しゴムでも見るかのような、何の感情も無いもので。
そして、そんな安心院さんの手元には、1枚のトランプが存在していた。
「あと十二回だ。球磨川くん」
ヒラヒラと地面へ落ちる、2枚のトランプ。
否。それは、元は1枚だったトランプだ。
――――スペードの1。
真っ二つに破かれたそれは、非情にも球磨川を見上げるだけ。
「『……………………あは』」
目を覚まし、起き上がる。
そこに破かれたトランプは無かったが、なんとも酷い―――とても酷くマイナスな気分だ。
「『僕は黒神めだかが好きだ』」
試しに適当に言葉を口にしてみる。
ビリッ、と頭の奥で再びトランプが破かれた。
どうやら僕は彼女のことが好きではないらしい。なんだ、こういうシステムなら自分のことがわかって丁度良いじゃないか。今度会ったら安心院さんには感謝の言葉でも述べるとするか―――とまで考えて、再びビリッとトランプが破かれる。
あと十回。
学校に着いてみれば善吉くんがいたので「『今日は昨日よりも格好良いね』」などと言ってみればスペードの4が破かれる。
放課後になる頃には、トランプは10まで破かれていた。
いつも一人で誰とも話さないマイナスだった自分がこんなにも人と関わって嘘をついていただんて、と感動すら覚える。
「『…………………』」
ビリッ、と騎士が破かれた音が頭の奥でした。
口にしようが頭で考えようがこの音が鳴るので、一体なんの嫌がらせだと安心院さんに微かな苛立ちを覚える。
今度はトランプは破かれなかったので、これは僕の本当の気持ちなんだろう。
だとしたら。
「『あと2回かあ…』」
学校の屋上で、空を仰ぐ。
安心院さんの言葉は信じられなかったが、信じるしかないのかもしれない。
なら最後につく嘘はどんな嘘にしようかと考えて。
「球磨川くん?」
聞き覚えのある声に、ドクン、と心臓が波打った。
「良かった。こんなところにいたんだ」
「『なまえちゃん』」
振り返れば、予想通り。
箱庭学園の制服に身を包んだなまえちゃんが屋上への扉を開けていて。
僕の顔を見るなり笑顔を零し、こちらへ歩いてくる。
「『今日も可愛いね』」
トランプは破かれない。
「『なまえちゃんに会えなくて寂しかったよ』」
トランプは破かれない。
「『声をかけてもらえて、僕はとっても幸せだ』」
トランプは破かれない。
「どうしたの球磨川くん。ほら、いつもの笑顔」
びよーん、となまえちゃんは出会ったときのように僕の頬を引っ張る。
思ったより伸びた自分の頬に、自然と笑みが零れた。
「うん。球磨川くんは笑ってるほうがバカっぽくて良いよ」
「『一言余計だし、なまえちゃんにだけは言われたくない』」
ビリッ、とクイーンが破かれる。
もう何が嘘で、どれが本当なのかなんてわからなかった。
自分の本音がわからない。
だけどもし、これが最後なら。
目の前にいる彼女に、最後の嘘を使いたい。
「『なまえちゃん』」
「何?」
名前を呼べば、嫌がる素振りも見せず、嬉しそうに彼女は笑う。
僕は今、どんな表情をしているのだろう。
「『好きだぜ、君のこと』」
目を閉じる。
キングが破られるそのときを、僕は今か今かと待った。
「……球磨川くん?」
しかし、耳に入ってきたのはトランプが破かれる音ではなく、なまえちゃんの声音だった。
目を開けてみれば、彼女は不思議そうに僕の顔を覗き込んでいて。
自分の両手を見下ろして、螺子を握りしめる手を存在していることを確認する。
そしてもう一度目の前のなまえちゃんを見て、なまえちゃんの頬に触れた。
「『―――生きてる』」
「?どうしたの、球磨川くん。今日、ちょっと変だよ?」
「『生きてる…生きてる』」
壊れてしまったようにただただ自分の生を確かめる。
すがるように触れる手を、なまえちゃんは困惑しながらも受け入れてくれて。
自分の頬を生暖かい何かが流れた。
なまえちゃんは驚いたように目を見開き、僕の頬に触れる。
「どうしたの、球磨川くん。大丈夫?」
心配そうな顔でこちらを見つめ、頬に流れた涙を拭って。
僕は泣きながら、そして笑いながら、ようやくわかった自分の想いを口にした。
「なまえちゃん、僕は君が好きだ」
なまえちゃんを抱きしめ、心の底から言葉を必死に搾り出す。
「嫌だ。死にたくない……僕は―――!!」
幸せになりたいんだ、と口にしようとして。
なまえちゃんの後ろで、最後のキングが破かれた。
不幸せが相応しい
(綺麗なままのジョーカーが、嘘つきだけを嘲笑う)