(球磨川禊)


ピピピッ、という短い音をきいて、ボーっとした頭のまま体温計を手に取る。
霞む視界の中、必死に目を凝らしてそこに表示されている数字を読み取った。

「28度………」

なんだそりゃ、と壊れてたらしい体温計を机の横にあるゴミ箱へと投げる。
ボッシュート。

「………………」

見事に外れて体温計が地面に落ちたが、それを拾って捨てなおす気力も無い。
それを見なかったことにして再び目を閉じた。

「――――――?」

しかし、すぐ近くでカラン、という音がして、なんだろうと顔だけをそちらに向ける。
球磨川禊がゴミ箱を見下ろしていた。

「『ダメじゃないかなまえちゃん。ゴミはちゃんとゴミ箱に入れないと』」

「……えーっと。人の部屋に勝手に入る方がダメだと思うけど…」

「『僕は悪くない』」

お決まりの台詞を言って、球磨川はなまえに許可を貰うこともせずベッドへと腰掛ける。
球磨川の体重によってへこむベッドに、なまえは首を傾げた。

「一体どうしたの球磨川くん。まだ学校は終わってないでしょ?」

「『その言葉、半分だけそのまま返すぜ』」

ベッドに腰掛けたままなまえを顔だけで振り返り、その細長い指でなまえを指さす。
その口元にはいつも通りの笑みが浮かんでいて、なまえはなんだか嫌な予感しかしなかった。

「『一体どうしたんだよなまえちゃん。バカは風邪を引かないっていうのにさ』」

「…………………」

なんとも失礼な奴だった。
しかしなまえは少し黙り込んだものの、球磨川の言葉には触れず、原因を思い出すように窓の外を見る。
天気のいい外に、なまえは体調の悪い自分を恨んだ。

「…雨の中帰ったせいだと思うよ」

「雨?」

「うん。火鉢をひっくり返したような」

「『バケツだろ』」

それはもはや災害だとばかりに球磨川は真剣に突っ込むが、なまえは普段と違う体調に困惑しているらしい。
起き上がることもせず、ただ球磨川との会話を続けていた。

「『というかなまえちゃんは無理をしすぎなんだよ。生徒会でもないくせに遅くまで残ってめだかちゃん達の手伝いなんかしちゃってさ。その雨にだってどうせ誰かに傘を貸したんだろ?なまえちゃんが置き傘をしていることくらい知ってるんだよ』」

「……えーっと。ストーカー?」

「『失礼だな』」

心外だとでも言うように怒る球磨川だったが、数秒後にはそんな感情など無かったかのように笑顔を作る。

「『なまえちゃんはどうしてそこまでするんだい?』」

君には無関係だろう、と球磨川は心底不思議そうな顔をした。
なまえはあまり働かない頭で言葉を一生懸命に選ぶ。
そして笑顔で、なまえは球磨川を見上げた。

「球磨川くんが普段してることが知りたかったんだ」

「『っ――――!?』」

なまえのその言葉に、球磨川は自分の顔に熱が集まっていくのがわかった。
それをバレないように勢いよくなまえから顔を逸らす。
上がる口端を必死に抑えようと口を左手で覆い、くぐもった声で球磨川は言葉を零した。

「『……別に僕が君の体調の悪さを無かったことにしても良いんだけど、それだとちょっと面白くないみたいだ』」

「私に面白さを求められても…」

「『いや、普段も十分面白いけどね』」

そう笑いをこぼし、一時は手にしていた螺子を消失させる。
しかしなまえは球磨川がこの体調の悪さを"無かったこと"にしてくれるとは期待していなかったのか、静かに目を閉じた。

「『でも僕に看病は期待するなよ?そんな虫のいい話は少年ジャンプだけにしてくれ』」

「じゃあ、その手に持った氷枕は球磨川くんが使うの?」

「『……………………』」

球磨川は手に持った氷枕を見下ろし、机の上に置かれたビニール袋を見上げた。
そのビニール袋からは頭痛薬とスポーツ飲料が顔を出していて、球磨川はしばらく黙り込む。
なまえがそんな球磨川に首を傾げていると、唐突に立ち上がり口を開いた。

「『こういうシチュエーションは男子の夢なんだよ。逆も然りだ』」

追い詰められた犯人のように、球磨川は一人で開き直る。

「『なまえちゃんが体調を崩してるだなんて聞いたから優等生だけど授業をサボってコンビニで色々買ってきたんだよ!僕は料理が出来ないからレンジで作れるおかゆとスポーツ飲料と薬と氷枕!そして看病をしている途中であわよくばなまえちゃんと大声じゃ言えないことを色々と…』」

「下心出まくりだね球磨川くん」

病人には優しくしようよ、と危機感ゼロでなまえは乾いた笑いを零した。
しかしそんななまえの反応はどうでもいいのか、球磨川はビニール袋をガサゴソと漁り、スポーツ飲料を手に取る。

「『じゃあほら、僕が口移しとかで飲ませてあげるから大人しくしててね!』」

「そんなこと言われたら大人しくしないよ……っ!?」

上半身を起こそうとするなまえの周りに、螺子が突き刺さった。
なまえの着ているパジャマをベッドに縫い付けるように、それは深々とベッドに突き刺さっていて。
後で"無かったこと"にしてくれるのだろうとは思ったが、あまり良い気分ではない。
なまえは眉間に皺を寄せて球磨川を見上げた。

「球磨川くん…」

「『大丈夫だから安心しなよ。きちんとジャンプで予習してきたんだ』」

感謝の言葉は必要ない


(球磨川くんこそ火鉢を浴びるべきだよね)
(『え、何なまえちゃんってば僕の看病してくれるの?』)
(看病っていうか墓参りになりそう)



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